魔術機関アルバステア支部のファルヴァ
リリーが魔神を倒す決意を新たに固め、ラスティとともに旅立ってから三年の月日が流れた。
魔術機関では魔神に対抗できないと考えたリリーは二人で街を渡り歩き、魔神の眷属である悪魔の討伐に参加することでお金を稼いで生活していた。
魔神は不定期かつすぐに消えてしまうために出会うことはなかったが、悪魔との戦いを経て確実に実戦経験を積んでいっている。
悪魔を倒し続ければ、いずれ魔神が来るのではないかという算段もあった。
そうして、少女死霊術師と少年強化術師の二人はその強さからまたたく間に噂となり、今では悪魔殺しの傭兵と呼ばれている。
「リリー、一体そっちに行ったよ!」
「ありがと、ラスティ」
リリーとラスティは今日も悪魔と戦っていた。
悪魔とは魔神の眷属だと言われている存在であり、様々な見た目をしている。
だが、悪魔たちの見た目は違えど共通しているのは人間を襲い、食らうということだ。
悪魔や魔神は空間に空いた穴のような場所から出てくることが知られており、その穴は”次元の門”と呼ばれていた。
次元の門は空間に亀裂が走ってしばらくしてから開き、悪魔や魔神がそこから出てくると、いつの間にか消えてしまう。
今回は次元の門が街の外れに現れたという報告を受けて、リリーとラスティがやってきたのだ。
いつも前衛を務めるラスティは自身の身体に強化効果を与える強化術という魔術を使って戦っているが、完全に悪魔の群れを止めきることは出来ない。
そのため、今回のように後衛であるリリーのもとに悪魔が漏れてしまうこともあった。
今回の場合は、羽の生えた一体の悪魔がリリーに向かって突進してきている。
――雑魚一体なら対処は簡単ね。
リリーが頭蓋骨のついた杖を掲げる。
これは決してリリーの趣味が悪いわけではなく、死霊術を使うのに適した触媒だからだ。
この大陸では一般的な死霊術師用の杖である。
「"魂の開放”」
リリーがそう言って杖で地面を叩く。
次の瞬間、地面から大量のエネルギーが爆発的な勢いで放出された。
黒と紫のオーラのようにも見えるそのエネルギーの正体は”霊魂”だ。
死霊術では死して自我を失った魂を操ることができる。
様々な場所に霊魂は漂っており、その霊魂に働きかけることで物理的な事象を引き起こすことも可能だ。
この場合、大量の霊魂を大地から放出することで強烈な衝撃波として利用している。
「グガギャァァァ」
羽の生えた悪魔はそれを受けてボロボロになっていき、ついには羽がもげて地に落ちていった。
「ラスティ、あともう少し時間を稼いで。お願い!」
「任せといてよ」
次元の門から出てきた悪魔はざっと五十体ほどだろうか。
ラスティは数年前から全く容姿が変わっていないので小さな少年のままだ。
しかし、その五十体の攻撃をその小さな体で次々に受け流していく。
それどころか、ときたま、受け流すだけでなく悪魔を仕留めてもいた。
ラスティは強化術を使って自身の身体を強化しており、見た目に反して強固な攻撃力・防御力を誇っているのはこのおかげだ。
もちろんラスティは武術の達人というわけではないが、この三年間で戦いにおける動きは随分と様になっていた。
「ラスティ、ありがとう! そろそろ退いて大丈夫だよ」
リリーがそう言うとラスティが大きく下がる。
「"亡者の祭典”」
リリーが杖を振ると、変化はすぐに起こった。
すでに倒していた何体かの悪魔が起き上がり、他の悪魔たちに襲いかかったのだ。
そこから先は早かった。
悪魔が悪魔を殺し、殺された悪魔もまた蘇って悪魔を襲い始める。
またたく間に悪魔は同士討ちでリリーに操られた者ばかりが増えていき、最後にはすべての悪魔がリリーの術の支配下となった。
それを確認するとリリーは杖でトンッと地面をたたき、その瞬間に悪魔の群れは糸の切れた人形のように地面に横たわる。
「いつ見てもリリーの死霊術はすごいもんだね」
「ラスティが止めてくれているおかげだよ。これを使うには結構時間がかかるから」
リリーとラスティの常套戦法はいつもこれだった。
ラスティが悪魔の攻撃を受け止め、リリーが大規模な死霊術の準備に入る。
あとはリリーの死霊術で群れを一網打尽にする。
魔神にこの戦法は通用しないだろうが、群れで現れることの多い悪魔を相手するにはとても効率的な戦法と言えるだろう。
……そんな風に二人が戦いを終えた頃、ゆっくりと歩いてくる複数の人影があった。
「ああ、クソ。もう終わった後か。だからいつも言ってんだよ。『もっと迅速に出動できるようにしろ』ってお偉いさんがたにな」
そこに現れたのは複数の魔術師を連れた軍服のような服を着た女性である。
魔術機関の制服を改造した服に後ろで結んだ赤い髪が特徴的だが、もっと特徴的なのは額から目の下まで続く大きな縫い傷だった。
「あ、ファルヴァさん、こんにちは!」
「ファルヴァ”さん”じゃない”大将”って呼べといつも言ってるだろ」
大将は大昔の軍隊に使われていた階級で今は当然使われていないのだが、ファルヴァはなにかこだわりがあるようでそう呼ばれたいらしい。
ファルヴァは服装が特殊なので分かりづらいが、魔術機関のアルバステア支部に所属する魔術師である。
当然魔術機関は制服の改造など認めてはいないが、ファルヴァは規律なんてクソくらえと言わんばかりに破っていた。
もちろん、制服の改造くらいであれば見逃してもらえると思ってのことだが。
「あー、ほんと、お前たちは素晴らしい腕前だな。だが、アタシが狩る獲物を残してないことだけ不合格だ」
「このくらいだったら私たちにまかせてくれていいですよ」
「それはそれでお偉いさんに怒られるんだよ。ほんと、お前たちは魔術機関に所属しなくてよかったと思うぜ」
ファルヴァが軽口を叩く。
リリーたちとファルヴァは協力関係にあった。
各地を渡り歩く傭兵として活躍していたリリーとラスティに目をつけた魔術機関は、魔術機関に所属するようにリリーに提案をしたが、当然リリーはそれを拒否した。
しかし、魔術機関の持っている研究施設や情報に価値があるのも事実で、協力関係という形で行動をともにすることがある。
その中でもアルバステア支部のファルヴァは魔神討伐に並々ならぬ執着を燃やしており、リリーたちの活動を手伝ってくれていた。
そして、その型破りな性格から本当は漏らしちゃいけない情報までリリーたちに渡してくれるのでリリーとしても大助かりというわけである。
実を言えば、この現状を魔術機関のお偉いさんも知ってはいるのだが、ファルヴァの魔術師としての実力は大したもので、さらには脳筋っぽい言動と行動に反して研究の分野でもそれなりの知識を誇っている代えがたい人材なので見逃していた。
リリーたちが悪魔と戦って独自に得た情報を魔術機関に提供しているというのも大きい。
「にしても、ラスティはいつ見てもちっこいまんまだな。よくそんな身体で戦えるよなぁ。ほんとにメシ食べてんのか?」
「ボクは大丈夫ですから」
リリーは三年で背が少し伸びたが、ラスティは全く変わっていなかった。
それがラスティの元来の性質なのか、それともすでに死んでいるからなのかは分からない。
だが、ラスティにしてみれば死んでいる身体だからこそ、こっそりと常人では出来ない動きをしたりもしているので、そこまで戦いで困ったことはなかった。
「ふーん……そういうならいいけどよ……。あー、そういえば、以前頼まれていた魔神の出現場所の調査だが……」
「なにか分かったんですか!?」
「まぁ、そう焦るなって。アタシもこの調査には力を入れてんだ」
実は、リリーはファルヴァに前々から次元の門の出現地点を特定できないかと打診していた。
ファルヴァもその意見に賛同し、魔術機関の力も結集しながら次元の門の次の出現場所を特定できないか調査していたのだ。
ファルヴァは懐から三枚の紙を取り出す。
「こいつを見てみろ。お前たちが三年間集めてくれた次元の門の出現場所と、魔術機関が集めた次元の門の出現場所をまとめたデータだ」
時が経ち、リリーたちは傭兵となりました。
そのデータを元に魔神の出現位置は特定できるのか?
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