リリーは死霊術師の才能に目覚める
目を開けると、青い空が目に入った。
太陽の光が眩しい。
私はゆっくりと身体を起こして自分の状況を確認する。
「…………」
一言で言えば、私の周囲は凄惨たる状況だった。
見渡す限り一面、地面に魔術師や見習いたちが倒れ伏していた。
当然、そのどれからも命を感じることは出来ない。
一部の地面はえぐれ、ここで戦いがあったことだけは分かるのだが、魔神の姿はどこにもなかった。
おびただしい量の血が付着している地面もあり、その戦いの壮絶さが分かる。
そして頭が働いてくると、いちばん大切なことを思い出した。
「ラスティ……ラスティは……?」
私はラスティを助けようとしたはずなのだ。
慌てて周りを見るが、ラスティらしき人物を確認することは出来ない。
もしかして、この死体の山の中にラスティが混ざっているのではないかと思うと、怖くて確認することも出来なかった。
もしも、ラスティが死んでいたら……
そんなことを考えるだけで胸が締め付けられる。
私とラスティはずっと一緒に過ごしてきたし、半身のような存在と言っても良いほどだ。
ラスティが居なくなるなんてことは考えられなかった。
それでも、最悪の状況が脳裏から離れずに涙が出そうになったそのとき……
「リリー、良かった。意識を取り戻したんだね! 大丈夫? 怪我はない?」
「ラスティ……! ラスティこそ、無事だったの!?」
そこに立っていたのはラスティだった。
見た感じでは怪我もなく、元気そうにしている。
「ボクは平気だったみたい……って、本当に大丈夫!? 涙が出てるけど」
ラスティが無事だったことに安堵して、結局私の目からは涙がこぼれてしまっていた。
ラスティを心配させたくないのだが、どうしても止めることは出来ない。
仕方なく私はラスティの差し出したハンカチを受け取って涙を拭くことになったのだった。
「落ち着いた?」
「うん、ありがとう……。ラスティ以外にも助かった人っているのかな」
「……リリーは覚えてないんだ。ボクとリリー以外は全員死んでしまったよ……」
ラスティの一言で、生き残ったのが私とラスティだけなんだと実感する。
周囲に生き物の気配はなく、ただ静かに風が抜けていくばかりであった。
たくさんの倒れている死体の中に、見知った顔がいくつもある。
その顔は綺麗なままで、本当に死んでいるのかと疑いたくなるほどだ。
しかし、止まった心臓が、彼らがただのモノとなってしまったことを物語っていた。
そして、私はこのときどうすれば良いのか、直感的に理解していた。
「"死体の行進”」
私が手を振るうと、周囲の死体が一斉に起き上がる。
「リリー!?」
「大丈夫。私、死霊術の使い方、分かったみたいなの」
ラスティが驚くのももっともだろう。
私はこのとき完全に死霊術の使い方を理解していた。
それこそ、数年間ずっと死霊術を使い続けてきたかのように、自然とどうすればどうなるのかが理解できていた。
死霊術は「身近な人の死」といった死に関わる出来事を経験することで発現することが多いと言われているから、そういうことなのだろう。
私はすべての死体を歩かせて整列させると、仰向けに寝かせて目を閉じるように操っていく。
……これが今の私にできる精一杯の弔いだ。
「ラスティ、行こう」
「行くって、どこへ?」
私の心の中にはただたくさんのものを奪っていった魔神への怒りがあった。
大切なものを奪われる不幸に抗がわなければならない。
理不尽に何もかもが踏みにじられる今を変えなければならない。
魔神は誰かが絶対に倒さなくてはならない。
「分からないけど……魔神が倒せるところ」
「それは、リリーがやりたいこと?」
私はその問いに、力強く頷く。
「私は、魔神を倒したい。これ以上、なにも失いたくない」
「それがリリーのやりたいことなら、ボクはついていくよ」
こうして、私はラスティとともに魔術機関を後にした。
*
「まさか、このワタクシが怪我をしてしまうとは」
黒いコートに、黒いシルクハット……死の魔神が謎の空間で一人呟いている。
左手の甲には傷があり、小さな傷でありながら大量の血が溢れ出していた。
その空間の中は無重力のようになっているようで、血は落ちることなく宙を漂っている。
「魔術機関などと無駄なことだと思っておりましたが、あのような逸材も混ざっているとは……」
死の魔神はさきほどまで魔術機関を襲っていたのだが、最後の最後で思わぬ奇襲を受けてしまった。
……命を奪ったはずの者たちが一斉に動き出し、襲いかかってきたのだ。
それは死霊術の特徴だ。
如何せん数が多かったので魔神からしてみれば誰がどんな魔術を使うのかなど知る由もなかったが、これまで見てきたどんな死霊術よりも強大なものだった。
そして、それ以上に魔神が驚いたのは、それがたった一人の少女が起こしたものであったことだ。
魔術師をあらかた殺し尽くし、抵抗する気力を持った者などいないと思ったところで起きた事態だったので対処が遅れてしまった。
そのせいで小さな傷ではあるが左手の甲に傷をつけられてしまったというわけだ。
おかげで魔神が滅多にすることはない撤退という選択肢を取ることになってしまった。
「このようなことは二度目ですね……ワタクシとしたことが……」
魔神は苦い過去を思い出す。
たった一度だけ、奇跡と言えるような偶然の重なりのせいで、少女一人を相手に撤退という選択肢を取らざるを得なかった過去を。
あのときも、小さな傷を一つ付けられてしまった。
「全く、難儀な身体だ」
実を言えば、魔神の身体はそれほど強固なものではない。
圧倒的な破壊……死の魔神であれば死そのものとさえ言えるほどの力を使いこなすが、その反面身体は一般人と同等くらいのものだ。
もちろんここから魔神の力によって強化を施すことができるが、死の魔神は防御的な力を持たず、ただ敵対存在に死をもたらすことでのみ己が身を守る。
加えて、魔神は小さな傷ですら致命傷となりかねない。
実際、死の魔神はこうして傷のサイズと見合わない量の血を流していた。
「仕方がない……まずはこの傷を癒やすまでは大人しくしているとしましょう」
ついに死霊術の才能に目覚めたリリー。
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