元素の魔神の真の力
「ラスティ、無事?」
「うん、こっちは大丈夫!」
見ればラスティもしっかりと身を守ったようだ。
「ラスティ、セレスちゃんを安全なところまで送れる?」
「わかった。任せといて」
ラスティは小さい身体ではあるが強化術で力持ちだ。
私を抱えて移動するのだって、楽々とやってくれる。
ラスティはサッとセレスちゃんを抱きかかえると、高速で安全なところまで走っていった。
私は上空を見て状況の把握を優先することにする。
「いや、これ、あーしより街破壊してね?」
見れば、魔神の声はルドーさんの頭上から発せられたものだった。
魔神はルドーさんの頭上に飛んで逃げ込んでいる。
きっと、先程の岩による無差別破壊はルドーさんの頭上だけは避けて行われていたんだ。
唯一の安全地帯がルドーさんの周辺だった。
魔神は、それに気づいてしっかりと逃げ込んでいる……!
「魔神、お前は誘い込まれたと気づくべきでしたね」
しかし、ルドーさんの言葉で私はそれがルドーさんの作戦だったと気づいた。
ルドーさんは魔神を見上げて不敵な笑みを浮かべる。
「"女神なる大地・石檻折檻の章”」
地震のように大地が揺れた。
そして、私が見たのは、地面からせり上がる巨大な岩の壁だった。
ルドーさんを中心にして距離をあけて四方に形成されたその壁は、ところどころ少しの日が差し込む以外は完全に私たちを覆っている。
出来上がったのは岩の密室。
前後左右上下……そのすべてが大地で囲まれていた。
ラスティはセレスちゃんを連れて外に逃げられただろうか?
「これで周囲六面全てが大地です。この中で、私の魔術を避けられると思わないことですね」
「ふーん、面白いことすんじゃん」
「"女神なる大地・抱擁の章”」
ルドーさんが杖を振るのにあわせて、先程まで魔神が居た場所に岩の棘が高速で伸びていった。
その棘の数は六。
すべての面から魔神を正確に狙っている。
つまり、上下左右前後すべてからの同時攻撃というわけだ。
だが、ぼーっと見ているわけにもいかない。
この棘は魔神を狙っているが、棘の出現地点をルドーさんはいちいち確認したりしていないだろう。
万が一、棘が出現する地面を踏んでいたりすれば、貫かれるのは魔神ではなく私たちだ。
すべてが崩れ去った瓦礫を必死で走り距離をとる。
ある程度距離を離したところで魔神を確認するが、魔神は未だに棘を避け続けていた。
ひらひらと飛行して棘を避ける魔神、しかし、ルドーさんはこともなげに次の一撃を繰り出していく。
六の棘、六の棘、六の棘、六の棘……
棘は攻撃のあとに消えるわけではないので、たちまち魔神は逃げ場を失っていく。
――文字通り、このフィールドは”檻”なのだ。
獲物を捕らえ、逃さぬ檻。
ただし、確実に命を奪うための攻撃的な檻だ。
私は元素術についての知識を総動員して考える。
おそらく、ルドーさんのやっていることは前後左右、そして上下すらも擬似的な大地で覆うことで、土元素術の力を最大限に引き出すという行為だ。
元素術は無から炎や水を創ることもできるが、元からある炎や水を操ったり増幅させるほうが少ない魔力で魔術を行使できるし、なにより素早く術を扱える。
つまり、大地に囲まれていれば、あらゆる土元素術の威力や速度が上昇するというわけだ。
本来、このような使い方は燃費が悪すぎて成立しないはずだが、それを成立させているのがルドーさんの圧倒的な魔力と技術なのだろう。
「いやー、土元素だけなら私より上かもしんないね」
その凄まじさと言えば、元素の魔神ですら認めていた。
それでもルドーさんは攻撃の手を緩めない。
確実に魔神を仕留める気だ。
しかし、その猛攻を受けてなお、魔神は依然としてひらひらと岩の棘を避け、ルドーさんに問いを投げかける余裕まであった。
「でもさー、これって土元素だけじゃん? 他の元素は使わないんだ?」
「大地を象徴する女神クィアヌ様の力を授かっている私に、土元素以外の元素術など不要ですから」
「ふーん、じゃ、あーしが元素術の本当の使い方ってやつを教えてあげるよ」
魔神が動きをピタリと止めた。
「虚勢ですね。大人しく死になさい」
ルドーさんが岩の棘を顕現させる。
その棘は完全に停止している魔神の全身を貫く……はずだった。
しかし……
「"風化”」
魔神が杖を振り、魔神を中心にして放射状に何かが放たれる。
大して魔神は力を込めているようには見えなかったが、その魔術を前に、ルドーさんの岩の棘は……すべてが朽ちた。
魔神に向かっていって伸びていた棘も、その前から残っていた棘も、魔神の魔術の効果範囲内の棘はすべてボロボロと崩れ、砂となったのだ。
とはいえ、ルドーさんの魔術は相当なものだ。
それを相殺するような魔術を使ったとなれば、魔神もかなりの魔力を使ったと考えるべきである。
だが、「本当にそうなのか?」という疑念が私の中に芽生えていた。
「ふむ……さすがは魔神と言ったところですかね。私の力を無理やり相殺してくるとは」
「は? 勘違いすんな。あーしが込めた魔力はほんの少しだけど?」
「ふん、そういうことにしておきましょう」
ルドーさんは余裕の笑みを携えたまま、さらに棘を送り出す。
「私の魔力もまだまだ尽きませんよ。このまま続ければ私の勝ちです」
「はー、例えばさー、あんたのこの魔術に使ってる魔力を百とすんじゃん。あーしが今使った魔力はだいたいその半分の五十だけ。無駄なわけよ」
「くだらない虚言ですね。それができるのなら、この檻を壊せば良いのですから。そうしていない時点で嘘なのはバレバレです」
「分かった分かった。手を抜いたあーしが悪かったよ」
そう言って、魔神はひときわ大きく杖を振る。
その瞬間、魔神から放たれたのはさきほどと同じ魔術。
しかし、それはこれまでよりも大きな範囲に拡散し……
「バ……バカな……」
太陽の光が差し込んだ。
忘れていた眩しさに思わず目を覆う。
ルドーさんの作り上げた檻は、すでに朽ち果てていた。
ルドーさんが創り上げたすべての大地が、砂へと還った。
それどころか、ルドーさんが足元に作っていた足場も消え、ルドーさんは地面で片膝をついている。
パラパラと砂となって風に飛ばされていく大地の残骸。
魔神の周囲に存在していた岩は、建物も含めてすべて朽ちて崩れていた。
私やルドーさんも魔神の魔術の範囲内にいたはずだが、別にダメージを受けている感覚はない。
あくまで岩を破壊する魔術なのだろう。
「私の魔術が一瞬で……」
「土元素を使った岩系統の元素術は、風と水の元素を組み合わせて風化させることで簡単に対処できる……常識じゃん? 元素術の真髄は元素同士の組み合わせってこと知んないわけ?」