大いなる犠牲
私とラスティはルドーさんを追いかけてきたけれど、ルドーさんと魔神の戦いは凄まじいものだった。
もしかしたらルドーさんは魔神に勝つかもしれないと思うほどに。
それでも、私たちがやるべきことは一つだ。
――できるだけ多くの人を助ける。
ラスティの話が本当なら魔神は今、この西区で被害を拡大させようとしている途中にルドーさんに止められた形だ。
まだ逃げ遅れた人も居るに違いない。
それに、この区域にはデイルさんとセレスちゃんも居る……!
ルドーさんが”必要な犠牲”という考え方をするなら、それを私は否定できない。
だけど、それだったら私も好きにさせてもらう。
私は少しでもこの手で失われるものを減らすんだ!
「"|女神なる大地・山津波の章”」
ルドーさんは一気に畳み掛ける。
頭上に現れたもう一つの大地から、魔神に向かって破壊の奔流が顕現した。
魔術によって加速させられた岩はそれだけで絶大な破壊力を生む。
大小様々な岩が魔神の頭上から魔神めがけて降り注いだのだ。
その破壊力は地面に大きなクレーターを作るほどのもの。
しかし、魔神はそれを風を纏った飛行で避けていっている。
魔神を追尾するように岩が降り注ぐ位置が変わっていくが、魔神には当たっていない。
私はそれを見て、すぐ行動を起こした。
「"生体検知”」
私は魔力を集中させて周囲の生者の気配を探る。
死霊術は死者を操る魔術であるからこそ、周囲に魔力を走らせることで生きている者を検知することも可能だ。
効果の対象にならない者を検出するわけである。
……やはり、予想通り多くの人がこの区域には取り残されている。
中には、今にもルドーさんの攻撃に当たりかねない位置にも反応があった。
早く助けなくては戦いに巻き込まれてしまう。
「ラスティ、まだ残っている人たちを助けよう!」
私は反応が近い順に人々を助けて回ることに決めた。
未だにルドーさんの岩の雨は続いているから、私たちも巻き込まれる危険性は高い。
でも、少しでも、助けられる命を救う……!
「あっちに走れば良いんだな? ありがとう!」
「くそ……脚に怪我しちまってるんだ……そんな、俺を運ぶ気なのか!?」
「あんたらも逃げなくていいのか!?」
私はラスティと二人で残された人たちを少しずつ避難させていく。
おそらく、ルドーさんの岩の雨は上空に見える大地の範囲から外れれば降ってくることはないだろう。
できる限り中心から外に向かって住民たちを誘導していった。
その中に、見知った顔を見つける。
「リリーちゃんにラスティちゃん、セレスを、セレスを見なかったか!?」
それは必死に外を走ってセレスちゃんを探しているデイルさんだった。
「居なくなっちゃったんですか!?」
「ああ、一人で遊んでくるって言ってどっかに行ったままなんだ……! 探しても見つからなくてよ……」
デイルさんは息を切らして、いつもは見ない不安な顔をしている。
私にとっても、セレスちゃんは心配だ。
万が一、戦いに巻き込まれでもしたら……
それでも、私は冷静にデイルさんに声をかける。
「セレスちゃんは私とラスティで絶対に見つけます。だから、デイルさんは逃げてください!」
「で、でも! 俺も探したほうが」
「戦いに巻き込まれたら魔術師じゃないと身を守れません! 私の力でも対処できるかはわからないんです。デイルさんがいたら、その分私は守ることに力を使わないといけません。デイルさんはすぐに逃げてください!」
私はあえて強い言葉でデイルさんを逃がそうとする。
力の魔神との戦いで、下手に人が居ても被害が拡大するだけということは学んだ。
デイルさんは先に逃げるのが最良の選択だ。
「…………わかったよ。二人に任せるなんて情けないけどよ……。頼む……セレスを助けてくれ」
「絶対に守ります」
デイルさんはそう言うと、走って避難していった。
……これでいい。
あとはセレスちゃんを助けるだけだ。
「ラスティ、セレスちゃんを探そう」
「うん、急ごう!」
私はラスティと手分けしてセレスちゃんを探していく。
生体検知を利用して探していくと、女の子の泣き声が聞こえた。
「セレスちゃん!」
その瞬間、ルドーさんと魔神のぶつかり合いによって生まれた岩の破片が、セレスちゃんに向かって降ってくる!
このままでは、危ない……!
私はとっさに杖を地面で突くと、霊魂を召喚して岩の破片を弾き飛ばす。
「セレスちゃん!……大丈夫だった?」
「リリーお姉ちゃん、ラスティお姉ちゃんも! 本当に助けに来てくれたんだ……!」
私は屈んでセレスちゃんを抱きしめると、すぐに立ち上がって避難ルートを考え始めた。
この位置からなら比較的すぐに安全なところまで避難できるだろう。
そんなことを思っていた私は、このときルドーさんが恐ろしいことを考えていることに、気づいていなかった。
「ふむ……このまま続けていても埒が明きません。街への被害はやむを得ませんね。これは、必要なことです」
ルドーさんが杖を振るのが見えた。
その直後、魔神だけを狙って降り注いでいたはずの岩の範囲が拡大した。
いや……拡大したなんて生易しいものではない。
私は近くにいたラスティに向かってとっさに叫ぶ。
「ラスティ!! 防御を!」
「ボクは強化術で対処する! リリーはセレスちゃんと自分の身を!」
そう、ルドーさんの使った魔術の範囲は「頭上に作り出したもう一つの大地すべて」……あらゆる場所から岩が降り注いできたのだ!
もはや、逃げ場などどこにもない!
常識から外れたその破壊力は、もはや天災と表現しても良かった。
私はその一瞬で死霊術を唱える。
「"魂の開放”!」
地面からの霊魂の召喚。
もっと威力の高い死霊術を用意できればよかったのだが、岩が私のもとに降り注いでくるまでに大規模魔術は間に合わない。
この魔術で岩を相殺する……!
セレスちゃんを守るように私は覆いかぶさった。
霊魂の衝撃波で降り注ぐ岩を相殺することはできているが、それでも砕けた石の欠片は私に当たって、服や肌を切り裂いていく。
私は必死に魔術を使い続け、なんとか身を守った。
……そして、ようやく、破壊の雨が止んだ。
岩の雨はそんなに長い時間降り注いでいたわけではないだろうが、周囲を見れば一帯はすべてが破壊し尽くされて瓦礫が転がるのみとなっている。
私はそれを見て心が締め付けられた。
大切なものが失われていく心の痛み。
――この一帯には逃げ遅れた人も居たはずだった。
きっと、デイルさんはなんとか逃げられただろう。
そして、セレスちゃんもこうして助けられた。
……しかし、生体検知で残っていた反応は百人や二百人じゃすまないかもしれない。
ルドーさんは、それすらも必要な犠牲と割り切るつもりなんだ……
あまりに突然の出来事で、他の人を守る余裕なんてなかった。
私は、なんて無力なのか。
自らの無力さ、失われた命……私は石の破片でついた傷の痛みより、その事実にずっと心が痛んだ。
大切なものを取り零さないと決めたのに、大切なものほど手のひらをすり抜けて落ちていく……
「リリーお姉ちゃん……大丈夫……?」
心配そうなセレスちゃんの一言で、私は我に返った。
そうだ、私が今やるべきことは後悔なんかじゃない。
今、守れるものを守るんだ。
私は歯を食いしばり、気を取り直して、前を向いた。