一時の平穏、そして決意
ルドーさんに怒られてしまった私たちは目立たないように行動していた。
本当は悪魔の討伐に参加したいけれど、そんなことをすればまた何を言われるかわからない。
それに、ルドーさんの実力はやはり本物のようで、本当にオルトレイドの街は平和そのものであった。
そのため、私はもうすぐ魔神が現れるという焦燥感を覚えつつも、ラスティとオルトレイドでの生活を続けていた。
「おっ、リリーちゃんかい。ラスティちゃんといつも一緒だね」
私たちが店の前に行くと気さくに話しかけてくるこのスキンヘッドのおっちゃんは、肉屋のデイルさんだ。
ラスティの作ってくれる料理は美味しいから、私にしてみれば食材を仕入れるのは必須項目である。
最初この店を見つけたときは、デイルさんが筋骨隆々なのに加えてスキンヘッドなので面食らったものだが、見た目に反して優しいおっちゃんなので今ではここでお肉を買うことにしていた。
なお、デイルさんはラスティのことを女の子だと思っているようだ。
別に困ることはないので訂正していない。
「あー! リリーにラスティだ!!」
「こらこらセレス、呼び捨てにしたら失礼だろう!?」
「えーと、リリーとラスティお姉ちゃん!」
「いいんですよ、別に」
店の奥から出てきたのは赤毛の小さな女の子セレスだ。
セレスちゃんはデイルさんの娘であり、こう言ったら失礼だが、いかついデイルさんの娘とは思えないほどに可愛らしい。
その上、母親はセレスちゃんを産んだあとに病で亡くなってしまったらしく、デイルさんが一人で育てているとのことだった。
なお、デイルさんがラスティを女の子だと勘違いしているのでセレスちゃんも同じ勘違いをしている。
ラスティはお姉ちゃんと呼ばれるたびに複雑な顔をしているが、それほど気にはしていないようだ。
「ねーねー、戦いごっこしようよ!」
「リリーちゃんもラスティちゃんも忙しいから迷惑かけちゃだめだぞ」
「今はお休みなので大丈夫ですよ」
セレスちゃんが私のローブを引っ張って遊びたいという意志を示す。
セレスちゃんは最初に会った時、私たちが傭兵だと知ると何故か「カッコいい!」と目をキラキラさせながら近寄ってきた。
それからというもの、会うたびに”戦いごっこ”なるものをせがまれているのだ。
「じゃーお父さんが魔神の役やって!」
「お父さんはお仕事中だから!」
「えー」
デイルさんは私に手を合わせてアイコンタクトを送ってくる。
きっと、「お肉安くするから、セレスの面倒を見てくれないか」とでも言っているのだろう。
デイルさんも大変だろうし、私たちも今やることがない。
それならと、私はセレスちゃんと手を繋ぐ。
「あっちの広場で戦いごっこしようか」
「わーい!」
私は空いている手で申し訳無さそうな顔をしているデイルさんに親指を立てると、セレスちゃんとラスティと一緒に広場に向かった。
*
しばらく私が魔神役をやったりラスティが悪魔役をやったりしながらセレスちゃんと遊んであげた。
もう夕日が差し込む時間だ。
散々走り回って疲れたのか、セレスちゃんは広場の噴水の縁に座って休憩している。
そのとなりに私たちも座っていた。
「ねーねー、どうしてリリーお姉ちゃんたちは魔神と戦ってるの?」
「例えば、セレスちゃんのお父さんが突然居なくなったら嫌だよね?」
「うん、家族だもん」
「私も同じ。自分にとって大事な人が居なくなるのは嫌。だから、そうならないために戦ってるの」
「ふーん……」
セレスちゃんはよくわかっていないようだったが、私は自分の思いを再確認する。
私が、みんなを守るんだ。
「じゃーさー、リリーお姉ちゃんたちは魔神が来たらわたしのこと守ってくれる?」
「もちろん」
「えへへへ」
満面の笑みを浮かべるセレスちゃんを見ていると、こっちまでつられて笑ってしまう。
……この平穏な日常を守るには、魔神たちを倒すしかない。
いつか私は、絶対に残りの魔神を倒してみせる。
「私が魔神なんか倒しちゃうから、セレスちゃんは安心してね」
私はセレスちゃんの頭をなでる。
決意を新たにして、私たちはデイルさんの元に戻るのであった。
*
デイルさんのところでお肉を買った帰りに、ボクはリリーに一つの質問をした。
「ねぇ、リリー」
「なに?」
「リリーが魔神を倒す理由は、これ以上大切なものを失いたくないからだよね?」
「そうだよ」
そう、リリーは守るために戦っている。
きっとリリーは目の前で困っている人が居たら誰だろうと助けるのだろう。
セレスちゃんやデイルさんのように知っている人は当然として、そうでなくても、困っている人には手を差し伸べるはずだ。
ときには、リリー自身が傷つくことになっても、おそらくは助けようとするだろう。
ボクは質問を続けた。
「それは、リリーの大切なものを守りたいから?」
「ラスティ、それは違うよ。それももちろんあるけれど、私は魔神によって壊される……誰かの大切なものを守りたいんだ。私と同じ思いをさせないために」
本当に、リリーは優しい。
世の中なんて自分のことしか考えていない人もたくさんいるというのに、リリーは自分以外の人を守るために戦っている。
でも、だからこそ、あの苛烈な魔神との戦いを経て、ボクは思っていることがあるんだ。
「そうだよね。リリーは優しいもんね。……でもさ、リリーはその分、大変な思いをするんだよ。他の人を守る分、リリーが傷つく。それでもいいの?」
「……私には死霊術っていう力があるけれど、この才能は誰でも持っているってわけじゃない。力を持っているのなら、私は少しでも抗いたいと思うの」
リリーの目は強い決意に満ちていて、ボクの質問はとても浅はかだったのではないかと不安になった。
それでも、ボクはリリーが大好きだから、自分の中の気持ちをリリーにぶつける。
「ボクにとってリリーは大切な存在なんだよ……! リリーはみんなを守るって言うけれど、リリーのことは誰が守ってくれるって言うのさ!」
「……」
リリーは俯いて考えると、少しして顔を上げ、口を開いた。
「ラスティが守ってくれるでしょ?」
夕日をバックに、リリーの美しい白い髪が風に揺れ、深紅の瞳がボクを射抜く。
その視線によって地面に縫い留められたかのように、ボクは歩みを止めた。
「私はラスティを守る。だから、ラスティは私を守って。そして、いつか二人で魔神を倒したら、どこか静かな場所で二人で暮らすのもいいかもしれないね」
そのリリーの言葉に、ボクは思わずドキッとしてしまう。
きっとリリーはそんな意味で言ったんじゃないとわかっているけれど、”二人で暮らす”なんて……そんなの、プロポーズみたいじゃないか!
プロポーズするなら男のボクから……って違う!
ボクは必死に自分を落ち着かせる。
「そうだよね」
……ボクはリリーがそんなふうに言ってくれることを嬉しく思う。
ただ、同時にボクは死んでいるという事実がそれに影を落とした。
悪魔を倒して、魔神を倒して、きっとリリーは大人になっていく。
だけど、ボクはきっと今のままなのだろう。
今はバレなくても、リリーが気づく日が来てしまうかもしれない。
そしたら……
「うん、ボクがリリーを守るよ。でも、リリーを大切に思っている人がいるってことも忘れないでね」
「ありがとう、ラスティ」
魔神はいずれ現れるのだろう。
そのときが来たら、ボクがリリーを絶対に守る。
リリーには、リリー自身を守る人が必要なんだ。
……前を見れば、リリーがボクの方に手を伸ばしている。
ボクはその手を握って、リリーと一緒に帰ることにした。
ボクはこの美しい夕日と、そして……それより美しかったリリーを忘れないだろう。