オルトレイドの長、ルドー
リリーが必死に呼びかけてくれたが、間に合わない……!
これはさすがにまずいと思ったその時、現れたのは予期せぬ闖入者だった。
「"|女神なる大地・怒髪天の章”」
その瞬間、大地が怒りに震えたのを感じた。
次々に地面から隆起した岩の棘が悪魔を貫き、葬る。
悪魔の数は約七十、そして岩の棘の数も一瞬にして約七十。
悪魔のすべてを正確に貫いたのではないかと思うほどに高速かつ正確無比な攻撃魔術が悪魔に襲いかかっていた。
「怪我はないですか?」
そこに居たのは緑のローブに数々の装飾を身に着けた長身の若い男の人だ。
その顔は中性的で優しい笑みを携えており、美男という言葉が似合いそうな雰囲気である。
被っているフードや手に持った杖には物々しい複雑な柄が描かれているが、この人が持てば一気にオシャレにさえ感じられてしまうだろう。
「あ、ありがとうございます」
「ラスティ、大丈夫だった!?」
リリーが急いで駆け寄ってくる。
「あなたは……」
「ああ、名を名乗っていなかったですね。私はルドー・オルクィアヌと言います。オルトレイドの”長”をやっている者です」
“長”……その言葉には聞き覚えがあった。
オルトレイドの統治者であり、絶大な力を持つ魔術師……
「長って……もしかして……」
ボクは思わず遠くにそびえる不自然な形の山を見てしまう。
あのとき聞いた話が本当なら、あれはこの人が……
そんなボクの視線に気づいたのか、ルドーさんが口を開いた。
「おや? 旅の方とお見受けしましたが、私のことを知っているのですかな?」
「凄腕の魔術師で……偉い人って聞いています」
それを聞いてルドーさんが少し笑いながら答える。
「ははは、そんなにかしこまらなくても結構ですよ。確かに私はオルトレイドの長ではありますが、自分のことを偉いなんて思っていませんから。それに、私が一番活躍を期待されているのはこちらですしね」
そう言ってルドーさんは杖で横たわる悪魔たちを指した。
すでに岩の棘は消えているが、悪魔の身体に空いた大きな穴がその破壊力を物語っている。
「見たところ、あなたたちは悪魔を狩ろうとしていたのでしょうか?」
「はい、そうです」
リリーがそう答えた瞬間、ルドーさんは笑みこそ崩していなかったが、明らかに纏う雰囲気が変わった。
これまでの柔らかい雰囲気から一転、鋭く獲物を狙うような張り詰めた空気である。
ルドーさんはボクたちを威圧しているようにすら感じられた。
「そうですか……余計なことはしなくて結構です。傭兵の方でしょうか。しかし、この地域では悪魔を狩ったところでお金にはなりません。悪魔の討伐はすべて私と魔術師団で行っているからです」
「私たちはお金のために悪魔を狩っているわけじゃないんです。これを見てください」
リリーが次元の門の出現データが書かれた紙を取り出す。
ルドーさんはそれを見て手を顎に置いた。
「そろそろこの地域に魔神が現れる可能性が高いんです! 私たちは魔神や悪魔の犠牲者を少しでも減らしたいだけで……」
「その心がけは立派です。しかし、私たちへの手助けは不要。私が居る限り、オルトレイドの平和は守られます」
そのルドーさんの回答からは、余所者の手は借りないという確固たる意志と自信が感じられた。
言い方自体は丁寧だが、ボクたちは明らかに拒絶されている。
「でも、魔神が来たら……」
「大丈夫です。私たちは魔神に対しても対抗手段を持っています。部外者は手を出さないでください。無論、そのデータを喧伝するような真似もよしてくださいよ」
「……」
これにはリリーも黙るしかなかった。
ボクからもこう言われては言い返すことはない。
「それでは、私はまだやることがありますので、失礼します」
いつの間にかルドーさんの纏う威圧感は霧散していた。
そのままルドーさんがその場を去っていく。
残されたボクはリリーと無言で見つめ合った。
そして、しばらくして……
「怒られちゃった……」
「仕方ないよ。それに、ルドーさんの実力があれば本当に魔神への対処法を編み出しているのかも」
「うーん……」
その歯切れの悪い様子は、いかにも納得がいっていないという感じだ。
「とりあえずは大人しくしているしかないか……。ルドーさんほどの実力者がいれば悪魔に関しては大丈夫そうだしね。……だけど、魔神が現れたら私たちも戦いに参加する」
「うん、リリーはきっとそうすると思ってたよ」
リリーは失う痛みを知っているからこそ、そうならないために戦い続けている。
仮にこの街で一番偉い人に止められたからと言って、それで大人しくしていられるほどリリーの決意は脆くはないのだろう。
「魔神が来る可能性が高いのは、今からだいたい一ヶ月後……」
リリーの持っているデータによれば、魔神がこの地域に現れるのは一ヶ月後ということだ。
仮にルドーさんが実力のある魔術師と言っても、魔神が現れたらどうなるかはわからない。
ボクたちの力が必要になるかもしれない。