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戦いを終えて

「ハァ……ハァ……ハァ……」


 死闘を終えて、ファルヴァさんが地面に左の手と膝をついた。


「ファルヴァさん……ッ!」


 私はよろよろとファルヴァさんの元に近寄っていく。

 脚はまだ痛むが、衝撃波を受けた直後と比べれば少しは回復している。


「ハァ……ファルヴァ”さん”じゃねぇ……。”大将”……だ」


 いつものような軽口を言うファルヴァさんに少し安堵を覚える。


 だが、ファルヴァさんに近づくにつれて、その安堵は消え失せていった。


 身体につけられたいくつもの傷は、もはや傷というより穴と形容したほうが適切なほどで、そこから血がドクドクと流れ出している。

 すでに私が死霊術を解除した右腕はだらりと垂らすことしかできないばかりか、骨も肉もグシャグシャになっており、もはや腕としての原型を留めていない。


「すまないが、葉巻に火をつけてくれないか……。右手がこんなんじゃ、火もつけられなくてな」


 ファルヴァさんは衝撃によって隆起していた地面の壁によりかかると、懐から葉巻を取り出し、続けてライターを渡してきた。

 それを私は受け取って、代わりに着火する。


「ふー…………助かったよリリー……。お前が居なかったら、アタシは魔神に負けていた……。ラスティは……無事か?」


 ラスティの方向に目をやると、ラスティはこちらに軽く手を振った。

 まだ立てないようではあるが、大事には至っていなさそうである。


「ラスティは大丈夫です。それより、ファルヴァさんは……!」

「あー……心配すんな…………平気だ……」


 口ではそう言うファルヴァさんだったが、荒い息遣いと真っ赤に染まった身体を見れば、むしろなぜ生きているのか不思議だと感じるほどだった。


 急激に胸が締め付けられる。


 ――また、大切なものを失うのではないか。


 そんな小さな恐怖が私の心に芽生えると、心は一気に侵食されていった。

 最悪の想像が脳裏に浮かんで離れなかった。


「……そんな顔、するなよ。アタシは大丈夫だって……言ってるだろ」


 ファルヴァはそう言って左手を私の頭の上に乗せた。


 その拍子に、不意に私の目からは涙がこぼれだしてしまう。

 大丈夫だと言われても、心に巣食った不安は消えなかった。


「おい……泣くなって……アタシは、失う痛みだって、よく知ってるんだ……絶対に、お前たちに、それを背負わせたりしないさ……」


 ファルヴァさんは左手で私の頭を撫でる。

 私はその力の弱々しさに、息が詰まりそうになる。

 ファルヴァさんがどこか遠くへ行ってしまうような、そんな錯覚を覚えたからだ。


「リリー、今回はほんと、助かったよ……。でも、少し……疲れた……。休憩させてくれ……」

「ファルヴァさん……!」


 そっと目を閉じて身体を壁に預けるファルヴァさん。


 本当に目を覚ますのだろうか。

 

 ファルヴァさんの顔を見ていると不安はどんどんと心を蝕み、涙が止まらなくなる。

 視界は(にじ)み、過呼吸になって息がうまく出来ない。

 大切なものを失う恐怖だけが、私を支配していた。


 ……だが、そんな私を優しく抱きしめる存在が居た。


「泣かないで、リリー」


 いつの間にかラスティは私の後ろまで来ていたようだ。


「落ち着いて、ボクたちに今、できることをしよう」


 ラスティの温かい言葉は、私の心を巣食う闇に差し込む光だった。

 呼吸は落ち着き、思考に冷静さが取り戻される。


「私たちができることって何があるのかな……」

「作戦通りに進んでいるなら、街から救護部隊がここにやってくるはず。それまでにファルヴァさんの傷の手当てをすれば助かる確率は上がるかもしれないよ」


 確かに、次元の門が確認されたあとすぐ、一部の人員はハルテアの街にそれを伝えに行く手はずになっていた。

 街には救護部隊が用意され、魔神との戦闘で出た負傷者を迅速に看護し、街に運ぶように準備が整えられているはずだ。


「でも、これだけの傷を手当てするなんて……」


 ファルヴァさんの全身の傷は、もはや素人ではどうしようもないほどだ。

 いや、医者だろうと匙を投げるのではないかと思いたくなる。


「リリー、自分の力と覚悟を信じるんだ」


 ラスティが私の背中にそっと手のひらをつける。

 それだけでも、私は力が湧いてくるような錯覚を覚えた。


 そうだ、私は覚悟してここに立っていたはず。

 絶対に死なせない……って。


 自身の強い気持ちを思い出すと、必死に何か方法はないかと思考を始める。


 私にできることと言えば死霊術くらいだ。


 私はずっと、すでに失ったものを動かすだけの死霊術の才能に目覚めたことについて思い悩んでいた。

 死霊術が操れるのはあくまで死んでいるものだけ。

 でも、私に本当に必要なのは、生きている者を守るための力だ。


 確かに死霊術だって間接的に誰かを守ることはできるかもしれないが、今回だってラスティは私を守るためにボロボロになってしまったし、ファルヴァさんも魔神にこそ勝てたが右腕はもはや動かないだろう。


 だからこそ……今度は私がファルヴァさんを守らなくてはいけない。


 これ以上、大切なものを失うわけにはいかない。


「……絶対に、死なせない……!」


 私は思考を加速させ、どうすればファルヴァさんを助けられるのかを考える。

 今、ファルヴァさんを助けられるとしたら私だけだ。


 ……死んでから術を作用させるのでは遅い。


 ……でも、死ぬ前に死霊術を作用させることはできない。


 ……それなら、さきほど右腕だけに死霊術をかけたように、死んでいく部位を次々に死霊術の対象にしていくのはどうだろうか。


 ……しかし、死霊術をかけるだけでは意味がない。


 そうだ。操った部位の傷を塞ぐ。

 やったことはないが、死んだ肉体を自在に操れるというのなら、傷を塞ぐこともできるのではないか。


 もちろん、死霊術で肉体を自由に変えたりは出来ない。

 しかし、傷を塞ぐくらいの変化ならば加えられるのではないか。


 生きている部分を治療できずとも、死んでいく部位の傷を塞いでいけば、血が通いその部位が生き返るということはあり得るかもしれない。


 ……はっきり言えば、到底できるとは思えない考え。

 あまりにも突飛で、あまりにも死霊術からかけ離れている。

 もはや屁理屈のような強引なこじつけだ。


 ……だけど、目の前で大切なものが失われるのはもうゴメンだった。



 ――私に残るすべての魔力を集中させていく。



 私は、ただファルヴァさんを救うことだけを考えていた。

 どんな方法でも良い。

 とにかく、自身の持てるすべての力を使って助けるんだ。


 そして……


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