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・わたしはヒロインじゃなくて


 無事、二号店を開店して色んな人からお花とかお祝いの言葉を貰った。


 真っ先にフラフィーグを見つけて、スポンサーになってくれたドロッセア商会のエイミさん。と、その婚約者さん。

 二人は二号店最初のお客様で、くるみパンを買ってくれた。ホントに二人とも、くるみパン好きなんだなぁ。


 それから二人の縁で、最近パシバルがよく来店してくれるようになった。

「朝飯買いに来た。ある?」

「はい。野菜サンドですね」

 パシバルの好物野菜サンド。わたしは今は空のトレイに、作ったばかりのサンドイッチ各種を並べていく。


 攻略キャラだけじゃなく、好感度の設定されたキャラはみんな『好きなパン』がある。エイミはくるみパン。パシバルは野菜サンドイッチ。幼馴染のアイクはバニララスクって感じで。隠しキャラの王子様が、一番手に入り易いバターロールなのが中々面白い。

 お店に並べるパン選択でキャラたちの来店頻度が変わって、それが好感度に直結する。店長自ら接客すると少しプラス補正があったり。

 経営者ステータスの上昇で、置ける場所も増えて必然的に品揃えも良くなる。それによって『パン屋さん』『プリン専門店』とかの称号を得たりして、本当に好きなようにベーカリーの経営が出来るんだよね。

 ただ、メインは乙女ゲーム。経営エンドもあるけどあっさりしたノーマルエンドで、基本的には朝の開店を終えたら従業員に任せて、街に出て会話とかイベントを発生させる、というのがセオリー。

 まあ、セオリーから外れて妙なやり込みをする、わたしみたいなプレイヤーも多いけど。


 わたしは米粉ドーナツに目をやった。

 あれからあの子は一度、人の少ない時間帯に友達数人とやってきて米粉ドーナツと他色々買っていってくれた。ただのお客様として、何も言わずに。

 大好きなゲームに転生したあの子が、はしゃいでた気持ちもよく分かるんだよね。

 ただわたしの場合、主にプレイしてたハードサバイバル系ゲームに転生してたら――うん、考えないようにしよう。

 やっぱりゲームはゲームだから楽しいんだ。

 わたしとしては、もうゲームをやり込む事もないって思ったら少し空虚。ほんとに中毒気味だったんだなって。

 現実を見よう、わたし。


 今、トレイに野菜サンドを乗せてるパシバルとは、ちょっとした世間話から個人的な話まで、わりと細やかな会話をするようになった。

 幼馴染二人が結婚間近で、って言った時の彼は何となく寂しそうで、でも嬉しそう? というか安心した、みたいな感じが伝わってきた。

「いつもありがとうございます」

 カウンターにトレイが置かれた。

 いつも野菜サンドだけのトレイだけど、今日はフルーツサンドやドーナツも買ってくれるみたい。

「甘い物好きなんですか?」

 何気なく聞いたけど、パシバルは甘い物は苦手だって知ってる。こういう知識ほんとにいらないなぁ。知りたかったら直接聞きたいもんね。

「いや、これは家族の分。たまには買ってこいって言われたからな」

「そうなんですね。ありがとうございます」


 それぞれを包装紙に包んで会計をする間も。

「あんた、エイミに結婚式招待されたんだって? すっかり仲良しだな」

 さり気なく談笑が出来るくらい、パシバルとも仲良くなってると思う。

「はい。でもいいんでしょうか。わたしの方はエイミさんに大恩があるのでお祝いをしたいのは山々なんですが……」

「いいんじゃないか。仕事とは関係なくあんたの事友達だと思ってるみたいだしな」

 エイミさんの話をするパシバル、凄い優しい顔するんだよね。陰のない優男って感じで、これは確かにモテるだろうな。

 ほんとに仲の良い三人なんだなぁ。もしかして三角関係だったり、なんて。邪推はやめよう。

「いらっしゃいませ!」

 朝食を求めて次々来店するお客様に、わたしは元気よく挨拶した。




 エイミの結婚式で、わたしは多分、見ちゃいけないものを見たと思う。

 純白のドレスに身を包んだ幸せの絶頂にいるエイミを見る、切ない横顔。画面の向こうでよく見た、その陰の差す憂い顔。

 ほんの一瞬だったけど見てしまった。

 パシバルの、傷付いたような、諦めたみたいな顔。


 切ないなぁ。

 そっか。


 ゲームと照らし合わせるのは嫌だけど、『大切な人を亡くした』あの二人の関係を察してしまって、物凄く、胸が痛い。

『フラフィーグ』のパシバルは、ずっと後悔してたのかな。両想いの二人と一人になってから、残された一人と一人。

 もしエイミとフランツさんがその時恋人じゃなかったら、察しの良いパシバルが二人の気持ちを知ってて黙ってたとしたら――。

 完全に想像でしかないけど、変にゲームの知識があるせいで、どうしても色々考えてしまう。


 この世界のパシバルは二人を心から祝福できてるのかな。いや、できてないからあの一瞬の表情なんだってば。

 わたしは、見なかった事にした。

 パシバルも多分、他人に知られたくないデリケートな部分だろうし。


 笑顔のエイミに手を振られた。わたしが小さく手を振り返したら、彼女、わたしにあれを放ってきた。

 花嫁のブーケだ。

 飛んできたら受け取ってしまうのが人なのか。わたしはつい、前かがみに手を差し出してしまった。

 この世界、こういうジンクスも前世と同じみたい。つまり。

「次はあんたの番ってことだな」

 いつもの顔で笑うパシバル。

 わたしは、ぎゅうって胸が苦しくなってしまった。何でかわからないけど。


 こういうのが嫌だったんだよね、自分がプレイヤーだと。

 (つい)カップルの仲を裂くようで、私はあんまり乙女ゲーとしては気後れして楽しめなかった。経営パートは最高に面白かったんだけどね。

 そういえば、同じ世界が舞台の次回作はここより過去の話なんだっけ。確か主人公は定食屋さんの娘。対カップルシステムは不評だったみたいで無くなった。

『フラフィーグ』よりやり込めなかったのは、多分シミュレーションパートが前作より劣化してたから。二作目ってやっぱりハードル上がっちゃうよね。

 ただ、乙女ゲームとしては二作目のほうが断然出来が良かった。



「お疲れです、店長。え、今日くらい休んでも」

「いいの。何か気力が有り余ってる感じ」

「若いっていいですねぇ」

 幸せいっぱいな結婚式で、わたしも幸せをお裾分けされて、疲れながらも店に帰って従業員たちと夜の仕込みをする。

 今日の内に、設置したご意見箱の中身も確認してしまおう。

 ご意見箱って言っても、ほとんどがこういうのが食べたいっていうリクエスト。前にお試しで出してみたカレーパンが今の所、一番人気かなぁ。パン屋の常連だもんね。わたしも好き。

「うん、もっと頑張ろう」

 もしかして、順調にいけばゲーム通りに更なるお店展開もあるかもしれないもんね。

 仕事に、いつかするかもしれない恋に、わたしは将来への希望を膨らませた。

 一瞬頭を過ったのは、軽薄そうな優男の切ない顔。




 あれからより一層働いて、業績と評判を上げたフラフィーグ。仕事が充実して楽しいなんて前世では考えられなかったなぁ。

 そんなわたしにも少し変化があった。

 仕事が手につかない、なんて事態にはならなくて良かったと見るべきなのか。

 よりにもよってあの人が気になってきてるなんて、と嘆くべきなのか。


 パシバルだって毎日来るわけじゃない。でも、今日は来なかったな、とか妙に考えてしまって。彼もわたしが空けてる時に、「昨日は朝いなかったな」とか言われたりして。

 従業員たちからは、お互い意識してるみたいに思われてるのが、いたたまれない。

 わたしはともかく、彼はそんな感じじゃないし。簡単に次の恋を、なんてならないだろうし。

 何よりわたしが後ろめたい。

 自分とあの子に言い聞かせるみたいにして否定した、ヒロインと攻略対象っていう立場が、今更重く圧し掛かってくる。


 そんなわたしは、現在のラインナップを見回して確認しながら、疑問に感じた事がある。

 バターロールにくるみパン、野菜サンドイッチ、ラスク各種。

 好物に設定されてるパンを全て並べてる訳じゃないから何とも言えないけど、所謂ゲームのキャラって、パンを求めて毎日やってくる事はないんだよね。ゲームと違って、当たり前だけど。

 特にジードさん。なんたって彼は王子様。一区の大きくもないパン屋に毎日足を運ぶ程に暇じゃないんだろうし。

 あとはお医者様のテオ先生、役所勤めのルードニック。彼らに関しては未だ一度も会ってすらいない。

 あ、ルードニックの妹で、アイクの対キャラであるリメルさんは、この間初めて来てくれた。何と、アイクと一緒に。

 いつの間に、なんて、照れるアイクを存分にからかって、リメルさんとも仲良くなった。


 キャラとの初邂逅はほとんど強制イベント。

 対イベントの進行も、主人公が関与しないと進まない。

 ここは、ゲームじゃない。


 夜。静まり返った部屋で、一人。

「……いいの?」

 わたしはヒロインだけどヒロインじゃない。この世界も日本の価値観を元に作られた世界だけど、現実。

「好きに、なっても」

 心のどこかで一線引いてた。

 惹かれあう未来もあるって知ってるだけに、ここはゲームの世界じゃないって、尻込みして、否定して。


 結局、わたしもゲームに囚われてたんだ。


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