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・わたしはチートヒロインらしい


 経営シミュレーション乙女ゲーム。

『パン屋の看板娘~フラフィーグへようこそ!』

 その世界にわたしはいた。


 居た、というのは語弊があるかもしれない。わたしはわたしとしてこの世界で生まれて育ったから。

 小さいパン屋――正確にはベーカリーだけど――を営む両親の娘として、パンを身近にして育ったわたし。


 昔から何となく前世の記憶はあったけど、まさかゲームの世界だったなんてね。

 それをわたしが確信したのは、家のパン屋を本格的に手伝うってなった12歳の時。

 こんな小さなパン屋に並ぶ事のない、受けが良く珍しいパンの作り方、材料の入手経路の知識があった。

 それに、妙にこなれたパン作り。

 両親はわたしの手際の良さに驚いてたけど、嬉しそうだった。小さい時から見てたからそんなものだって思ったみたい。いやいや、二人とも、もうちょっとさぁ。

 お父さんもお母さんも深く考えない性格で助かったかも。


 何よりホラーだったのが、クローゼットにいつの間にか知らない服がいっぱいあった事。

 当然買った覚えもないし、ほとんどがパン屋の制服だったから。色違いが何種かあったり、意匠を凝らしたものや可愛らしいもの、絶対こんなの着ないっていうのまで。

 後は、お金。

 引き続きのホラーじみた展開で、わたしの手元には金融機関のカードがあって、確かにわたしの名義になってた。

 残高を確認したら、目が飛び出るかと思うくらいの桁が並んでいて、前世の自分のやり込み癖に我ながら呆れた。


 これは多分『引継ぎ要素』。コンプ癖のある前世のわたしのデータのひとつなんだ。

 そう確信するのは、『フラフィーグ』の主人公に転生したわたしの名前が、前世の名前だったから。全てのデータでそうしてた訳じゃないけど、確かに本名を主人公名にして何度か遊んだ記憶がある。

 前世両親がつけてくれた日本人の名前は、今世でも両親が愛情込めてつけてくれた名前にもなった。


 よりによって、あまり引継ぎ要素で遊んだ覚えのないわたしが、何故かやり込んだデータを引き継いで生まれ変わってしまった。


 わたしはどのゲームでも、一から始めるのが好きだった。

 シミュレーションでもサバイバル系でも死にゲーでも、あの何も無い、不便で不自由なところから、徐々に周りを整えていくのが快感だったっけ。

 やり込むゲームは、遊ぶ度に記憶を消して一からプレイしたいと思うくらいに、性癖と言ってもいい拘りだった。


 わたしは部屋で茫然としながら、今後を考えた。

「引継ぎって好きじゃないんだけど……」

 この知識とお金があれば間違いなく人生勝ち組。

 でも、面白くないし、何より不審すぎる。成人もしてない小娘が、熟達した経営者みたいな知識と資金を持ってるなんて。

――犯罪の臭いしかしない。

(……うん、出来るだけ普通に過ごそう。お父さんとお母さんにも言わない方がいい)

 心苦しいけど、知識は年々誤魔化しが効くだろうし、馬鹿みたいな桁のお金に関しては面倒な事にしかならない。


 わたしが18歳で成人した頃、リントン区のドロッセア商会のお嬢さんがうちのパンをいたく気に入ったみたいで、頻繁にお店に来てくれるようになった。

「あなたが焼いているの? 凄いわ、本当に美味しいんだもの! 特にこのくるみパンが最高」

 彼女はくるみパンとバターロールをふたつずつ乗せたトレイを、カウンターに置いて朗らかに笑う。

 うちのくるみパンは生地を巻いてねじった棒状。砕いて程よい歯ごたえの香ばしくて甘いクルミが、狐色にこんがり焼けた蜂蜜入りパンととにかく合う。わたしも大好き。

 どれも自信作だけど、やっぱりこうして「これが好き」って言ってくれるお客様がいると、それだけそのパンに対しても思い入れが強くなるみたい。


 エイミさんとは同じ年らしくて、短い間でも話が弾んだ。

 ゲームキャラは全員年齢不詳だったっけ。それはそうか。年数や時間経過はあるけど、キャラは老けたりしないもんね。

 ゲームのエイミ・ドロッセアは、こんな風に明るいキャラじゃなかった。もしかして彼女も転生者なのかなって思ったけど、うーん、何となく違うみたい。

 個人的に話をするのなんて会計の時だけだけど、頻繁に来てくれるからその回数は多い。

 少しずつ集めた情報から、彼女には、くるみパンが好きな幼馴染と野菜サンドイッチが好きな幼馴染がいるらしい。

 野菜サンドが好きなのは攻略対象のパシバルだった筈。ゲーム内でエイミの幼馴染はパシバル一人だった。

 つまり、匂わせていた『亡くなった大切な人』っていうのは、もう一人の幼馴染なんじゃないかって勝手に思った。

 アンニュイカップルがそうなった原因がそもそも起こってないなら、今エイミさんが明るく笑ってるのも納得できる。これがエイミ・ドロッセアの素なんだって事も。


 ドロッセア商会がスポンサーになって、リントン区に二号店を展開する話が形になってきた頃、一人のお客様がうちに来るようになった。


「ヒロイン! サーラちゃんだ……!」

 わたしを見ての第一声で悟った。この人、ヤバい人だ。

 明らかに転生者だって分かる。

 多分『フラフィーグ』のキャラじゃないとは思うけど、誰が聞いてるのか分からない場所でどうしてそんな口に出せるんだろう。何だかこっちが恥ずかしい。特にお父さんとお母さんには聞かれたくないなぁ。

 しかもわたしはデフォルトネームのサーラじゃないし。

 まあ誰がどうであれ、うちのパンを買ってくれるありがたいお客様に違いは無い。

 わたしは聞かなかったフリして接客した。


 ある時、一人の男性が訪ねてきた。

「君がサーラさん?」

 ラフな服を着てるけど、金髪と青い目で明らかにやんごとない身分の人だって分かる。そもそもわたしはこの人を知ってるんだけど。


 ジード王子。

 一定の条件に添ってゲーム開始数日後に、二号店に現れる隠しキャラ。

――ちょっと、現れるの早くないかな。まだチュートリアル中なのに。


「あの、わたしはサーラという名前ではありません」

 正直に言ったら、彼は不思議そうな顔をした。

「表の客引きに、ここの看板娘はサーラって名前だと聞いたんだが……まあ、いいか」

 わたしをサーラと呼ぶ人なんて、この世界では今の所一人しか知らない。わたしはお客様の前で微妙な表情にならないように笑顔を心がけた。

 客引きって、あの人は一体何がしたいの?

 ちょくちょく来店してくれるあの、明らかに転生者である事を隠そうともしない女の子。お客様ではあるんだけど、あんまり関わりたくない人だった。

「きっと何か勘違いをされていたんでしょう。うちは客引きなんて雇っていませんから」

 そう誤魔化しとこう。

 そもそもジード王子はフラフィーグには用は無くて、でもいくつかパンを買っていってくれた。こ、こういう突発的な買い食いって大丈夫なのかな、王子様。


 後日、幼馴染のアイクも何だか面白そうな顔してやってきた。

「なあ、お前いつからサーラって名前になったんだ?」

 にやにやしてカウンター横のラスクを一袋摘まんで、硬貨を置いた。

「まいどどうも……そんな訳ないでしょ、誰、サーラって」

 わたしは、とぼけた。

 アイクも本気でからかう気はなかったみたいで。

「最近有名になったろ? だから客引きでも雇ったのかと思ったけど、何か気持ち悪かったんだよなぁ。偶々会った僕がサーラとかいう人の幼馴染だって決めつけるみたいな」

 わたしはひたすら知らない振りをして接客した。

 あの人、ちょっと怖い。


 あの女の子、張り紙を見てようやく、わたしの名前がサーラじゃないって理解した。腑に落ちないみたいな、逆に納得したみたいな顔をしていたその子。

 そんな彼女が、数日後またやってきて。

「エイミ・ドロッセアに気を付けて。あの人も転生者だよ。パシバルの幼馴染だからって既に彼を攻略してしまってるの」


 だから、なんですか?


 思わずそう言いそうになって、営業スマイルで誤魔化したわたし。

「ほんとならあなたの事好きになる筈だったんだよ? あ、でもあなたの推しがいるなら全力で応援するよ! 誰?」

 全く悪気のない顔で同士のように振る舞うその少女に、寒気がした。

 この子多分、ゲームの世界にそのまま入り込んだって思ってるんだ。だから何しても、自分自身は傷付かないって行動してる。

 凄く危ない、と思う。

 この子の将来とか、名誉、とか。く、黒歴史的な。


 でもこの子、『フラフィーグ』が凄く好きなんだって全身で言ってて、それが伝わってくる。

 ゲームやり込み厨のわたしだけど、この子は『フラフィーグ』そのものに強く思い入れがあるんだろうな。


 わたしじゃなくて、この子がヒロインに転生してれば――。


 変な事を考えそうになってわたしは首を振る。

 嫌だ。

 わたしのお父さんとお母さんの、このフラフィーグの娘に生まれてこなかった可能性なんて考えたくない。

 パンを焼くのも、お客様の嬉しそうな顔を見るのも好きで、この立場が誰かのものになってたかもしれないなんて、怖すぎる。


 わたしが言うべき事じゃないけど、ちゃんと教えた方がいいのかもしれない。

 同じ、前世の記憶を持つ者同士。ここはちゃんと現実なんだって。


「わたしはもうすぐ二号店を任されます。従業員を指導して、美味しいパンを作って、失敗なんて出来ないんです。折角ついてくれたスポンサーを失望させたくないんです」

 その子は首を傾げた。

「恋愛なんて……って言うつもりはないですけど、本当に、わたし今それどころじゃないんです。父の夢だったパン屋をわたしが潰す訳にはいかないんです」

 わたしは分かってもらうために誠心誠意頭を下げた。

「お願いです。わたしの事は放っておいてください。わたしにとってここはゲームじゃないんです。あなたの……欲のためにわたしを使わないでください」


 キツい言い方だってわかってる。でも、最初にやめてほしいって言ったのに気付いてもらえなかったんだから、ちゃんと言わないと。

 確かに年頃だし、恋愛もいつかはするんだと思う。しようと思ってするもんじゃないんだけど。

 わたしを使わずに、自分で恋愛すればいいのに。


 その子はぽかんとした後、俯いてゆっくり店を出て行った。

 分かってくれるといいけど。


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