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幼馴染三人


 外の暗闇を拒むように明かりを灯した静かな一室。

 商家の娘エイミ・ドロッセアは、開封済みの手紙を読んでいた。約五ヶ月間、家業のため遠征に赴いている幼馴染からの手紙を。


『もうすぐ帰る。君が書いてた話題のくるみパンを一緒に食べるのが楽しみだ。』

 という、今日何度も辿った文字を追い、エイミはゆっくりと、便箋を胸に抱き込んで静かに喜んだ。

「あと三日。ああ……! フランツ、早く会いたい」

 ただの幼馴染に久しく会うにしては舞い上がりすぎているエイミ。とくとくと鼓動が弾み、頬は上気して、期待に胸を膨らませている。

 さり気なく書いた、今話題のパン屋についての記述が特にエイミは嬉しかった。自分の手紙をきちんと幼馴染が読み、それを楽しみだと思ってくれている事に。


 少し前、エイミは郊外にあるパン屋・フラフィーグを見つけ、通い詰めて友人たちに広め始めた。

 エイミの住むリントン区でフラフィーグの評判がじわじわ浸透し、住人はじめ王都在住の富裕層にまで知られてきている。

 フラフィーグは中年の夫婦とその娘が営む、こじんまりとして、しかし家庭的で何とも趣のある外観のパン屋。

 廃れている訳ではないが特に人の出入りの多くないお店に、エイミはふと目を惹かれ、入口のドアベルを鳴らしたのだ。あれは運命の分かれ道だったとエイミ自身は思っている。


 そんなパン屋・フラフィーグはなんと、リントン区の中心商業地域に第二号店の展開を控えている。

 その話題はまだ手紙に書けていないエイミだが、幼馴染のフランツがリントンに帰還した時に話そうと決めていた。

(フランツが帰ってくるってパシバルにも教えないと)

 もう一人の幼馴染の軽薄そうな顔が頭に浮かんで、エイミは笑みを深くした。


 翌朝。

「パシバル!」

 エイミはエプロンドレスの裾を翻して、幼馴染に駆け寄った。斜に構えるようにして立っている彼は、リントン一の大商家の御曹司。

「どうした、エイミ。ちまちまと走ってきて」

 軽薄そうな色男は、片方の口端を上げて小柄なエイミの頭を弾むように撫でた。

「もう! また小動物扱いして。ねえ、それより、もうすぐフランツが帰ってくるの!」

「ああ、早いな。リントンを出てどれくらいだっけか」

「五ヶ月よ? ちっとも早いなんて事ないわ」

 気安い雰囲気で会話する幼馴染二人に目をやる人間は、この中央街では少なくない。

 街の広告塔であり愛らしく明るいエイミ、洗練された都会の色男パシバルの二人は、それぞれ異性に人気があるのだ。


 だが、今二人を陰から凝視しているのはこの街の住民でもなく、熱の籠った目をしていた訳でもない。

「嘘……で……」

 陰に潜むのは少女。

 談笑する幼馴染二人を驚愕の表情で見ていた。まるで有り得ない光景であるかのように。

「……が進み……てる」

 呟く少女は特に取り留めのない容姿。開拓者リントン像の陰から顔を覗かせるという異常な行動をしながら、誰にも気に留められていない程に。

 存在感すら薄い少女はただ茫然と、その内ふつふつとやるせない憤りが湧いて出てくるのを感じた。

「……反則じゃん」

 その少女の言葉は、この世界では異質であった。


 パシバルと別れて足取り軽く街路を行くエイミは、声を掛けられた。

「あの。エイミ・ドロッセアさん、ですよね」

「あ、はい。そうだけど」

 エイミが振り返り肯定すると、呼び止めた知らない少女は口を引き結んだ。

 多分、一度見ただけでは記憶に残らないような特徴の無い顔立ちの、エイミと同じ18歳くらいの平民だった。

 この国では貧富の差こそ大きいが、町は栄え、就職率が高いため貧民は少ない。平民と言っても、商家の生まれであるエイミとそう変わらない出で立ちである。


「あの?」

 呼びかけておいて何も言わない少女を訝しんだエイミ。何よりその少女はじっと、まるで非難するようにエイミを見ていたのだ。

「フラフィーグって、ご存じですよね」

 疑問のようで断言する少女にエイミは少し肩の力を抜いた。

 今、そのパン屋の躍進はエイミの功績が大きく、住民にお気に入りのパン屋が広まっている事が嬉しかった。

「ええ、もちろん!」

 弾けるように笑顔で答えたエイミだが、平凡な少女は俯いた。そして。

「……そうやって好きな人を独り占めするなんて」

 不穏な、聞き捨てならない言葉に固まるエイミを置いて、少女は踵を返し走って行ってしまった――。


 周りの音が全て消えてしまったような感覚に、エイミは両手を握り込み不安に慄いた。

(あの子……まさか、フランツのこと……)


 幼馴染のフランツとパシバルは、エイミの一つ上の19歳。既に二人とも学業を修了し、それぞれ家業を継ぐため働いている。

 そんな年頃である彼ら、特に幼い頃から心を寄せているフランツの異性関係を、エイミはずっと注視してきた。自惚れではなく、彼の一番近い異性は自分であると思っていたくらいに、異性の影は無い。

 無かった、筈だ。

 それでも不安なのは、フランツはエイミを異性として見ていないからだ。妹のような存在として可愛がってはいるものの、エイミの遠回しなアプローチにも無反応。どう見ても脈なしなのである。

 そんな関係であっても、エイミはどこか慢心していた。

(フランツの事好きって子がいたなんて……)

 目を覚ませ、と、横っ面を引っぱたかれた気分だった。


 フランツの容姿は世間一般からして平々凡々である。

 特に、色男と称され常に注目されるパシバルという、もう一人の幼馴染が横にいる事で、更に影を薄くしがちであった。

 彼に恋をしているエイミにはその限りではなく、むしろ世界で一番魅力的だと声を大にして言えるのだが。


 不安に駆られながらもエイミは決意した。

(もうこんな曖昧な関係は嫌。はっきり告白して……前を見なきゃ)

 エイミはすっかり玉砕覚悟で特攻を決める。

 フランツがリントンに帰還するまでに、様々な告白の形式を組み立て、脳内で予行練習を繰り返すエイミであった。


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