第2話・青天の辟易(二)
あんまりこども過ぎる思考回路かもしれないけれど、それもまた楽しいのだと。開戦決意。いつもはてんでバラバラに好き勝手なことしてるくせして要らんとこで無駄に団結するアホクラスに乾杯。
「夏休みが、なくなるぅ?!」
さて放課後の図書室である。
衝撃の事実を聞いた大樹はやかましいと担任にチョークを投げつけられてその場は沈静化したのだが、さすがに聞き捨てならぬ話にちょっとお前ら説明しろとHR終了後とっとと帰ろうとする隆生や遙の首根っこをひっつかんだ。それならばと図書委員で丁度今日が当番である京那が場所移動を提案しここに落ち着いたわけであるのだが、落ち着けない男がひとりいた。っつか、落ち着いていられますかよコレが。こんなアホ話聞いといて!
なくなるっつーか、と爪を磨きながらつまらなそうに望月陽が呟く。絶世の、とか、類まれなる、とかいう形容詞をつけても間違いだと云い切れないこの美少女はもうひとりの本日の図書室当番であるのだが、もともと利用者などあまりいない上、テスト明けの今日などいまだにゼロだ。いい加減暇になったらしく爪の手入れに精を出している。
「ねーのよ、既に。ンなモン形だけで、アタシら生徒は通信ボもらった次の日も普通にガッコ。土日と盆休み以外ね。・・・しかもばっちり6時間授業。夏休みの宿題有り」
「・・・な、何そのフザけた休み。あれ、ゆとり教育ってドコの国のコトバ・・・?」
ほとんど呆然とする大樹に隆生が苦笑する。
「だからだよ。そのゆとりとやらの弊害だ。あーあ、せっかくの休みが」
「サボり遅刻早退朝帰り常習犯が云っても説得力ないけれど、まァね。ヤダよねぇ、学生の一大イベントなのにねえ、夏休みって」
「・・・・・・あ、あり得ねエッ!!何だよ、それえッ?!」
大樹はとうとう頭を抱えだした。皆はその様に苦笑混じりの生あったかい視線をよこすが、そんなもん知ったこっちゃないっつか、構ってらんない。だって何それ。何その休み。人生で一度しかない高2の夏をガッコで授業受けてろと?そうして夏が過ぎてゆくのを指咥えて眺めてろと?ありえない!
てゆーかさ、うがーとなんか唸っている大樹に遙が呆れたふうに小首を捻る。この話一学期始まった当初から皆さんっざん文句いってたじゃん、なんでお前知らなかったの。大樹より早く答えたのは真剣な顔でマニキュアを塗っている陽だった。
「ほらハル、アレよ。コイツ春休み終わりくらいからゴールデンウィークまで入院してたじゃない。アホなせいで」
「あー、そっかそっか。そういえば。病院いたんだっけな。アホなせいで」
「ちょっと待って何その俺の入院理由?!」
入院理由:アホの所為とかオレはどんなにイタい人ですか。オレはただ小学生の弟に木の上に乗っちまったブーメランを取ってくれと頼まれて久方ぶりに木登りしたはいいが足を滑らせ落下して骨折しちまったってだけの話だ。・・・あれもしかして結構アホ?
なんか余計なことになりそうだからその話題はおいといて。
「それはいいんだよ。夏休みだよ夏休み。なんで休みなのにガッコな訳?」
「知るかよ、大人の事情だろ。つーか蒸し返すな、あたしも腹立ってくっから」
「・・・だってさあー・・・」
机につっぷしたまま諦め悪くうめく大樹に遙がキレた。ばんと机をぶっ叩いて大樹のつむじに怒鳴りつける。
「だアァうっぜーなテメエ!あたしだってムカついてンだっつーの無理矢理忘れてたンだよ思い出させんじゃねーっつの!」
「遙さん、落ち着いて」
彼らのやりとりをずっと微笑みながら黙って聞いていた竹下奏が、思い出し怒りで大樹に拳を向ける遙を穏やかになだめた。
「落ち着いてられっかァ!今年の夏は色々遊び倒そうと思って去年の夏休み終わったときからずっと楽しみにしててそれがナシって聞いて思っくそムカついてようやくそれも忘れてきたっつーのにこの馬鹿が!!」
「うん、残念だったね。でもお盆休みはあるみたいだし、土日だってちゃんと休みなんだから、そこらへん上手く使って遊びにいこうよ。ね」
「ぐうう・・・・・・。ムカつく・・・。今年はいっぱい計画立ててたのに・・・」
「そうだね。でも全部無駄になる訳じゃないもの。遊ぶ時間が短くなったのは残念だけど、でもほら、夏祭りとかはちゃんと行けるんだし。林檎飴奢るよ。チョコバナナのほうがいい?」
「むう・・・」
暴れ馬をなだめる調教師もしくは猛獣を手なずける猛獣使い。うっかりそんなものを連想してしまいつつ大樹は上手く収めてくれた奏にこっそりと合掌した。
少しばかり意外な取り合わせのふたりに見えるが、彼らはコレで二年からの交際暦があったりする。以前大樹は京那にあのふたりが付き合っているのが不思議だというようなことをこぼしたことがあるが、彼女はそれを否定した――――あれでかなくんは結構頼りになるし、かなくんといる時のはるはなかなか面白、可愛いんだよと笑っていた。ていうか面白いとか云いかけやがった。
そんなやりとりを笑って眺めていた隆生が(つか笑って流しやがったこの男)苦笑交じりに大樹と遙をたしなめる。
「しかしこればかりは仕方ないだろう。もう既に決定事項だ、今更生徒に何ぞ文句を云われた程度で撤回してくれるなら、最初からやっていないだろう。最初に職員会議とかPTA総会にかけた時点で弾かれて終いだ」
「そうそ、だから適度にサボりつつやるしかねーの。そりゃアタシだって色々文句はあるけどさあ、云ったからってどうにかなるもんでもねーんだし」
「えぇぇー・・・・・・。・・・マァジでー・・・?」
「だァから、しかたがないでしょー。・・・ちなみにわたしはきっちりサボるケドね」
「・・・ううー・・・・・・・・・」
未練がましくぼやきながら、大樹はしかしそれも仕方がないのかな、と内心で諦観交じりに嘆息した。
所詮大樹は単なる高校生に過ぎない。天才的頭脳も超人的身体能力も権力も財力も超能力も持っていない、そこらに転がっている平均的な高校生。この現代社会において、大人に庇護されなければならないただのこどもに過ぎないのである。既に大人たちがしち面倒臭いやりとりや書類なんかを経由して決定されたことを覆す、それだけの力など持ってはいない。
仕方がない、と。諦めて、現実を受け入れて、流されて、そうして生きていくしかないのだ。だってこどもなのだから。
云ってやりたいことはたくさんある。叩きつけてやりたい文句だって売るほどある。けれどそれを実行してお説教をもらうくらいなら、黙って我慢してあとでこっそり愚痴をこぼしたほうがまだなんぼかマシだ。今までだってそうやってきたのだから。
――――けれどそれじゃあ、あまりにもつまらなさすぎやしないか?
「・・・・・・なァ」
大樹はふと顔を上げた。呼びかけに皆がこちらを見る。
「・・・・・・補習、なんだよな。名目上は、あくまでも」
いつものように、おしつけられた正解を鵜呑みにし足並み揃えて、敷かれたレールを指された指針のままに。自分の意見など必要ない、数字が全てであるのだと声高に叫ぶ人並みに流されるままに。――――ああ、駄目だ駄目だ、そんなんじゃあつまらない。この上なく笑えない最高の喜劇だ、茶番であるにも甚だしい。
高校生活は一年と三分の一を過ぎて大分慣れ、受験だってまだ先の話。ここらでちょっと、やんちゃしたって構わないんじゃないか?廊下でバケツの刑くらいなら幾らでも。それっくらい、きっとそのうち笑い話のネタになる。
大樹はまさしくこどもであるが、けれどマリオネットではないのだ。筋書きがつまらないのなら、面白くなるようにアドリブ交じりに踊ってやるのもまた一興。――――だって、なつやすみ、だ。
「・・・それどこじゃなくなっちまえば、良いンじゃね?」
芝居がかった大樹の真面目な表情と言葉に、ほう、と面白そうな声を上げたのは隆生だった。
「つまり、どういうことだ?」
「いや、いくらなんでもムカつくしさァ。ちょっとなんかあれば例年通りに休み確保できねえかなって。もしくはそこまでは無理でも、せめてちょっとお茶目なイタズラでもやってやりゃ少しは面白いかなって」
そうだ、せめて、それくらいは。
――――だって、大樹は天才的頭脳も超人的身体能力も権力も財力も超能力も何にも持っていない、ただのこどもであるのだから。
彼らはそれぞれきょとんと小首を傾げ、瞳を瞬かせ、眉をひそめ、口角を吊り上げ、顔を合わせると――――にたり、と笑った。
「・・・なるほど、ね」
「・・・面白いな」
「うん。いいね」
「ねーアタシも参加さしてよいいでしょー?」
「あたしもあたしも、ダイキ!」
ノリが良いにも程があると思う。
「・・・え、あれ?・・・オレ、ちょっとした冗談のつもりだったのですけれど・・・?」
実は結構本気だったが、ここまでノリが良いとちょっと引く。最早云い出しっぺの大樹そっちのけで盛り上がるステキ過ぎる友人たちに、大樹は頼もしさと一抹どこじゃない不安に少し笑った。笑うしかなかった。
お読み頂きありがとうございました。次でメインメンバー揃います、多分。ちなみに主人公は「だいき」でなく「たいじゅ」と読みます。それではまた次話でお目にかかりましょう。