第1話・青天の辟易(一)
第1話です。まだなんもしてませんが、こんなノリで進んでくと思います。それではどうぞ。
「第1話・青天の辟易」
終了を告げるチャイムが鳴って、藤堂大樹はシャープペンシルを置いた。後ろの席から送られてきた解答用紙に自分のそれを重ねて前へと送り、
「・・・・・・うぉ――――・・・・・・」
大きく伸びをして机の上に突っ伏す。
最終科目の生物の出来は最悪だったが、とりあえずこれで全ての試験が終わった。来週あたりかえってくるだろう結果を考えると恐怖がよぎるが、それまでは何の心配も無い。そう考えれば身体に残る疲労も心地良いものである。なんかスライムもしくは塩をかけられたナメクジの気分だ。アタマとか溶けているかもしれない。
「・・・・・・いやいや、溶けてたまるか」
「・・・・・・寝言か?」
口に出していたらしい。いつの間にか机の前に立っていた相沢遙が怪訝なカオで突っ込んできた。
「つか、くたばってンなァダイキ。そんな悪かったのかよ。毎度のことながら」
「やかましいわ」
至福のひと時を邪魔された大樹は身体を起こして思いきり不機嫌そうに遙をねめつける。
「つーか大体、お前他はともかくナマモノはオレとどっこいだろ。ヒトのこと云えんのかよ」
遙は口の端を吊り上げるようにしてにやりと笑うと、遠慮も何も無く大樹の机の上に腰を下ろした。長い足を組んで大樹を見下ろすその姿は、少女にしては短い黒髪と大樹よりもだいぶ高い上背、色々と漢らしさに溢れた言動などとあいまって、セーラー服を着ていてなお少年のようにも見える。
「はン。いーんだよ、核だの葉緑体だの、そんなもん知らんくたってあたしのこれからの人生においてどうこうなるたァ思わねェし。それにあたし、今回はちょっと自信あるぞふふふ」
「世間じゃそれを曳かれ者の小唄っつーんだぞ」
「根拠のある自身は強がりたァ云わねェンだよ」
「ンだよその根拠レスな自信の基は」
「だァって今回はあたし、」
「わたしに家庭教師頼んだのよね。一教科につき、サーティワンのトリプルで」
遙の台詞を告ぐように、彼女の後ろからひょこんと早川京那が割り込んできた。
「そぉゆーこと。やー、マジで助かった。サンキュなけーこ」
「どぉいたしまして。報酬のほうよろしくね。さっそく今週末あたり寄ってみない?」
「おっけ。打ち上げといくかー」
いえーとハイタッチを決める遙と京那。このふたりは身長にして20センチ以上、性格にいたっては180度も違うくせしてやたら仲が良い。なんであんな仲良いんだろと大樹は時々首を傾げるが、その疑問については彼らの友人があっさりと答えを出した。曰く、「目に見える容姿性格嗜好言動が違っていても、結局中身は一緒なんだ、奴らは。どちらも闘争神で破壊神だ」。大樹的にはこの見解はものすごく確信をついていると思うが、きっと本人たちに知られたら命は無い。
「・・・・・・今何かものすごく失礼なこと考えてなかった・・・?」
タイミング良く京那がじとりと睨み付けてきた。大樹は内心ちょっぴり冷や汗をかきつつ、事実無根と首を振る。・・・勘がいい。
「・・・・・・ならいいけど」
たっぷり5秒は疑いの眼差しをぐさぐさ突き刺し、うろんげな視線を向けつつもとりあえず引き下がる彼女に大樹はこっそり安堵する。どうやらまだ生きていてもいいらしい。自分の悪口に関しては鋭すぎる友人の無言の威圧を必死こいて受け流す彼の耳に、後ろからくっくと押し殺した笑い声が聞こえてきた。堪えているようでしっかり聞かせているあたり、良い性格をしている。
「・・・ンだよ。隆生」
高校生にしてはやや大人びてみえる(いつもつるんでいるメンバーの女性陣に云わせればそれはオヤジ臭いと同義だったりする)彼を睨みつけてやれば、松田隆生はいつもの人を喰ったような笑みでもってさらりとかわした。
「いやいや。仲が良くて結構なことだと思ってな」
嘘こきやがれ。
大樹は思い切り楽しそうな顔でにやにや笑う彼の胸倉を掴んでがくがく揺さぶってやりたい衝動に駆られた。そんなことをしたとしても、余裕綽々な笑みがこの男から消えることはないのだろうが。遙と京那をそれぞれ「破壊神」「闘争神」と称した張本人であるところの彼は頬杖で大樹たちを楽しそうに眺める。
「期末終わって嬉しいのはわかるがな。今はしゃいでると後で辛いぞ。主に答案帰ってきた時とかな」
「うるせえよ」
「巨大な世話だ」
「こっちふたりと一緒にしないでね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
一歩引いて指でぴーっと境界線を引っ張る京那が実は仲間内で一番酷い奴なのではないだろうかと大樹は疑っている。そんな彼らを見て楽しそうに笑った隆生は、ふと思い出したように京那に声をかけた。
「京那、そういえば今年はバイトはどうする?今年もするんだったら親父に云っておくが」
「あー・・・」
小学校からの幼馴染という縁で、彼女は毎年彼の父親の会社でちょっとしたバイトをしているらしい。しばらく空中を睨んで考えた京那は、やがて諦めたように首を横に振った。
「・・・ん、今年はやめとく。いつもみたく時間取れそうにないし、ちょっとだけ入ったってそれこそお邪魔でしょ。おじさんによろしく云っといて」
「そうか?・・・そうだな。わかった、伝えておく。残念がりそうだな」
「また遊びに行くね。お兄ちゃんたちとも会いたいし」
「ああ、いつでも来い。お袋が喜ぶ」
身内トークに花を咲かせるふたりを眺めながら、大樹は首を傾げた。
「ん?なに京那、お前今年の夏休みなんか予定あんの?」
漫研という事実上の帰宅部に籍を置いている彼女には休み中の活動など皆無に等しいはずであるし、大樹よりは遥かに要領も良いから補習などとも縁遠い。実際、京那は一年の時から長期の休みになる度に、隆生のところに元気にバイトに通っていた。それが今年に限ってこれである。何か別のバイトでも入っているのか、はたまたどこかへ旅行にでも行くのだろうか。
「ちがうちがう」
訊ねてみれば、彼女は苦笑して手を振った。
「なんにもないんだけどね。でも、たいちゃんだってそうでしょ?今年、なんにもできそうにないよね。せっかくの高2の夏だっていうのに」
「・・・・・・は?」
京那の言葉に大樹は疑問符を撒き散らす。彼の予定としては、最初の一週間補習を受けた後は、部活を適当に頑張りつつ遊び倒すつもりである。それらの妨害になりそうなものなど特には思い浮かばない。
「・・・え、なんかあったっけ?」
「え?」
「ん?」
「は?」
脳内メモリには該当事項が見当たらずそう問えば、訝ったのは大樹以外の3人だった。
「・・・・・・え、な、何?」
「や、なに、つーか・・・」
「ねえ?」
「うん・・・」
大樹よりも彼らのほうが戸惑ったように顔を見合わせる。え、なにもしかしてこいつ、あーもしかしてそうかもな、うそだよ忘れてるだけじゃない、どっちにしろ教えてやらんとかわいそうか。目顔での会話が終了し、一斉に3対の視線が大樹を向く。憐憫と呆れの混じった、けれども真剣なそれにちょっとたじろいだ。
「・・・・・・え、な、マジで何?」
「・・・あのね、たいちゃん」
真実可哀想なものを見る目を向ける京那に知らずごくりと喉が鳴る。はたして彼女の口から云い放たれたのは、とても聞き流せるようなものではなかった。
「・・・・・・今年、夏休み、ないよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
一瞬、大樹は京那が何を云ったのかわからなかった。ナツヤスミ・ナイ?あー、夏休み・無いか。いやちょっと待て、え、夏休みないとか何それ。何それ。ないってつまりないってことだよね、ナッシングってことだよね。え、なんでそんなこと。つーかえ、何それマジでか。何でそんな。いやいや、ありえねェっつかナイナイナイ、ないわそれ。いやマジでないらしいけど、でもそりゃないだろ。てか、え、えええええ?言葉を咀嚼しその意味を理解するまでにたっぷり十数秒を要した。多少足の速い人間ならば100メートルくらい走りきれるほどの時間メモリオーバーで凍結していた大樹は、ゆるゆると解凍し始めると同時怒りのようなものがこみ上げてくるのを自覚して、
「・・・ふッざけンじゃねエェェ―――――ッ?!」
そこが教室であるということも忘れて心の底から絶叫した。
ここまでお読み頂きありがとうございました。更新はナメクジにも程があると思いますが、気長にお付き合い頂けたら幸いです。それではまた次話でお目にかかりましょう。