第71話 王子様系TS少女は完全無欠のメインヒロインとの過去に思いを馳せる その12
「なっ、ローズ様っ、お逃げになるのですかっ!? 負けを認めるのですねっ?」
「とんでもないっ。まだまだ勝負は続いてるよ。“火砲”」
「―――っ、“気砲”」
叫び返し、木々の間から顔を覗かせるや魔法を放つ。
城壁に阻まれるも、エリカの魔法もローズが身を寄せた樹木にぶつかり、かき消えた。
「くっ、卑怯なっ」
「これがただの試合なら卑怯ってことにもなるだろうけど、決闘を申し込んだのは君だろう? だったらあるものを使うのは当然さ」
「相変わらずっ、“気砲”、口の減らない方ですねっ、“気砲”、“気砲”、“気砲”」
「―――おっと」
背中を預けた木がミシミシときしみ始めたところで、ローズは隣の木の陰へ。
野外演習場の木々は生徒達の魔法に薙ぎ払われることもあるので、必然的に樹齢が若く細いものが多い。初級魔法とはいえ完成度抜群のエリカの魔法にそう何発も耐えられるものではない。
「……“火砲”」
「“気砲”」
木々の間を縫って移動しながら魔法を放つ。エリカは城壁上部の凹凸から覗かせていた顔をさっと伏せつつ即座に魔法を返してくる。ローズもローズですみやかに木の陰に身を伏せる。
「本当にっ、逃げ足の速いっ、“気砲”」
「ははっ、捕まえてごらんよっ、“火砲”」
「その軽い口をお閉じなさいっ、“気砲”」
「おや、それってもしかして口付けのお誘いかい? “火砲”」
「あー、もうっ! ああ言えばこう言うっ、“気砲”、“気砲”、“気砲っ”」
エリカが苛立ちも露わに魔法を連発するのを、他よりいくぶん樹齢を重ねた木に背を預けてやり過ごす。
―――よしよし、思った通りだ。
鬱蒼と茂る木々は十分にエリカの城壁に対抗し得る。
「“火砲”」
「“気砲”」
「“火砲”」
「“気砲”」
撃っては隠れ、隠れては撃ち、しばし同じような局面が繰り返された。千日手、と言うやつである。
将棋なら無効勝負で再戦となるところだが、この国にも存在するチェスでは“引き分け”と定められている。だから無理せずこの状態を維持して、授業時間終了のタイミングで“引き分けだね。ってことは並び立ったってことで良いよねっ”と主張する手もあるにはあるが。
「まあでも、それで納得してくれる子じゃないよな。……よし、――――。―――。“気砲”」
木陰に潜み、いつもとは微妙に異なる構成を練って魔法を放った。
地面をこするような低い位置から撃ち出された圧縮空気弾は、人が小走りで駆けるくらいの速度で、ガサゴソと灌木やら枝葉やらを揺らしながら進んでいく。
「“気砲”、“気砲”、“気砲”」
そこへエリカの魔法が襲い掛かる。
十発ほども撃ち込まれたところで直撃を受け、ローズの空気弾は相殺されかき消えた。
「―――負けを認めなさいっ、ローズ様」
「…………」
「十秒だけ待ちます。その間に降服なさい。良いですか? 十、九―――」
内心“しめしめ”とほくそ笑みながら、無言を通す。
思惑通り、エリカは先刻の魔法がローズを捉えたと錯覚してくれたようだ。負傷し、そのまま身を伏せているとでも思っているのだろう。
「二、一。……降服する気はないのですね? それでしたら、こちらにも考えがあります。――――――。――――。―――――――」
ここまでずっと無詠唱魔法しか見せてこなかったエリカが初めて呪文を詠唱する。この魔法は―――
「―――――。――――。“破城弓”」
「なぁっ!?」
人の背丈をも優に凌ぐ巨大な岩石が飛来した。
破城弓。中級土魔法の中でも形成される質量は最大級。故に火力も最大級である。恐らく現状のエリカのとっておきだ。
とはいえ未知の魔法と言うわけではない。呪文を耳にした時点で破城弓であることも、練り上げられた魔力の量も質もローズには伝わっているし、エリカも隠す気はなかったのだろう。
それでも驚嘆の声を上げざるを得なかったのは―――
―――なっ、なんでこっちにっ!?
超重量の塊は先ほど圧縮空気弾が消失した場所ではなく、狙い過たずローズの元へと一直線に迫る。
枝葉をはね飛ばし、少々の灌木などは薙ぎ倒し、そしてローズが身を伏せていた木にぶち当たり、―――瞬く間に木を押し倒す。
「やばっ」
岩石と樹木は諸共に、ローズ目掛けて倒壊した。
ずずーんと大地を揺らす重低音が野外演習場に響き渡る。巻き添えになった周囲の木々もかしぎ、めりめりと悲鳴を上げた。
「―――エっ、エリカ様、いくら何でもこれはやり過ぎですっ」
「ロ、ローズ様っ、ご無事ですかっ?」
「ローズ様っ、ローズ様っ、聞こえたら返事をなさってくださいっ」
A組の生徒達がしきりに呼び掛けながら、崩壊した林へと足を踏み入れる。
「ローズ様っ、いらっしゃらないのですかっ?」
「ローズ様、ローズ様ぁっ」
「…………おーい、ここだよ」
今にも泣きだしそうな少女達の声に、ローズは観念してガラガラっと瓦礫を退けながら身を起こし、手を振る。
エリカを城壁から釣り出せないかと息を殺していたが、薄情なことにその気配はない。
「ローズ様っ! 良かったっ、ご無事だったんですねっ」
「ああ、何とかね。咄嗟に気砲を連発して、クッションにした。―――つっ」
「お怪我はありませんか、ローズ様?」
「まったくない、とは言い難いけど。うん、これくらいなら大丈夫。―――エリカっ、一つ聞かせてもらっていいかいっ?」
平静を装うと、林の外へ向けて呼び掛ける。なおも厳然とそびえる城壁へと。
「何ですか、ローズ様っ?」
「僕がこの場から動いてないって、何で分かったんだい?」
「……それまで走る速度に緩急を付けたり、右に左にと身を転じていたのに、急に考え無しに一直線に走り出しましたからねっ。そちらからの反撃もありませんでしたしっ。先程のは魔法で囮を作ったのでしょうっ。恐らく低速の気砲かしらっ?」
「ご明察っ。さすがは親友、僕の一番の理解者だねっ」
「不快なことを言わないでくださいっ。貴方の浅はかな考えなど、誰にだって読めますっ」
「そうかなっ? みんなは僕が移動せずに隠れてるって気付いてた?」
「……いえ、そもそも私たちはお二人が戦い始めてからずっと、正直何が何だか。エリカ様がこちらに魔法を撃ち込みましたから、ローズ様はこちらなのだろうと」
六人は顔を見合わせ、代表して一人が答えた。
「ほら、聞いた? ねえ、聞いたっ? やっぱり僕の動きを読めたのはエリカだけだって!」
「偉そうに言うことですかっ」
「まあまあエリカ様。ローズ様もお怪我をなさっているみたいですし、ここは―――」
「―――仕切り直しですねっ」
「ああっ」
エリカの言葉に、ローズも答える。
「エ、エリカ様っ、ローズ様もっ、まだお続けになるつもりですかっ!? これ以上は危険過ぎますっ」
一人が言い、そうだそうだと他の少女達も賛同する。
「まあまあ、みんな落ち着いて。ここで終わったら、何だか僕の負けみたいだろう?」
「そんな勝ちとか負けとかの話じゃ―――」
「勝ちとか負けとかの話さ、これは。僕は何としてでもエリカに勝たないといけない。みんなだって見たいだろ? あの分からず屋が僕に“負けました、ローズさん。また私と友達になってください”って言うところ」
「それは、……確かに。―――いえいえっ、だけどこのまま続けるだなんてっ」
「大丈夫大丈夫、こっからはこれ以上の大事にはならないさ。―――何せ、あと少し逃げ回れば僕の勝ちさ」
耳を澄ますと、“ちっ”と舌打ちが聞こえた気がした。
先刻の中級魔法“破城弓”。相当な魔力が込められていた。加えてここまでの初級魔法の乱発。エリカの魔力は底を尽きかけているはずだ。これがRPGゲームならMPはとっくに赤字表記になっているところだろう。もはやエリカに大技を使う余力はない。初級魔法を撃てて十発か、それ以下か。
今のところローズの邪道は城壁の完成度や破城弓の威力、駆け引きの妙にと、エリカの王道の戦法を前にことごとく破られている。が、追い込まれているのはある意味エリカの方であった。
「さっ、みんなは離れてて。大丈夫、僕を信じて」
笑顔で押し切り、少女達を下がらせる。
「……いくよっ、エリカ。―――“火砲”」
ローズの放った火球は途中なんの妨害を受けることもなく、城壁に直撃した。エリカからは迎撃も反撃もない。
エリカの籠るお城からローズまで三十メートルほど。これだけ距離があれば“万全の”ローズなら初級魔法の数発程度は簡単に避けられる。無駄玉を使う気はないということだろう。
―――やるしかないよな。
意を決し、ローズは魔法構成を練った。
「―――“風よ”。 ―――いっ、つううううううっっ!」
背中いっぱいに強風を受け、動こうとしない足を半ば強制的に走らせる。
瓦礫に飲まれた時、圧縮空気弾をクッションにした。当然、頭部や胴体を優先して守るように。結果足は無防備に岩石の直撃を受けることになり、特に左足はわずかに体重を掛けただけで激痛が走る。
捻挫か。もしかすると折れているのか。
エリカに悟られないように、それ以上に心が折れてしまわないように見ないようにしていたので判然としないが。
「あ、ぐぐぐぐぐぐぐうぅうっ!!」
何にせよ、悲鳴を上げようが涙をこぼそうが自ら放った強風が足を止めることを許してくれない。
進む道は先刻エリカの破城弓が切り開いた一筋の獣道。続く先は当然彼女のお城だ。
先刻までの機動力を失ったことに気付かれる前に、勝負を決める。
「“気砲”、…………“気砲”、…………“気砲”」
「ぐうっっ、“気砲”、あづっ、“気砲”、ひぎっ、“気砲”」
エリカの魔法が飛んでくるのを、同種の魔法で相殺する。
距離を詰める分だけ弾速は増し、加えて痛みで術式形成に手間取るも、迎撃するエリカの“ここはまだ魔力を温存すべきか”と言う躊躇いが何とか間に合わせてくれた。
「―――うがっ!!」
そのまま駆け続け、城壁にぶち当たってようやく足は止まった。慌てて距離を取ろうとして、
―――いや、この位置は悪くない。
思い留まる。
これだけ壁にぴったり貼り付いてしまうと、エリカも城から身を乗り出さないとローズを視認出来ない。無駄玉を避けたいエリカは適当に魔法を乱発することも出来ない。
「…………」
「…………」
必然的に、しばしの膠着。先に動いた方が不利、とも言い切れないが相手の状態が見えない以上おいそれと動けもしない。
「…………」
「……しっかしこの壁は固くてぶ厚いなぁ。まるで君の頑なな心そのもののようだよ、エリカ」
こんな時こそ軽口の一つも飛ばすのが王子様キャラだ。無意味で不必要な義務感に駆られ、ローズは沈黙を破った。




