第60話 王子様系TS少女は完全無欠のメインヒロインとの過去に思いを馳せる その1
「新入生代表、エリカ・ステュアート」
「はいっ」
凛とした声が入学式の講堂に響き、少女がすっくと立ち上がる。
この国では珍しい黒髪に黒目。
切れ長の目にすっきり通った鼻筋は、子供ながらに可愛いと言うよりも美しいと形容すべきだろうか。“記憶”の中では腰の高さまであった髪は、今はまだ背中の半ばを隠す程度だ。
かのステュアート家に自分と同い年の一人娘“エリカ”がいることはすでに聞き及んでいたが、これは。
―――うん、間違いない。
ローズ自身、そして先ほど登壇して新入生に祝福の言葉を送った学園長のアイリーン・ファリアスに続いて、三人目の原作キャラの登場だった。
しかもサブキャラの前者二名と違って攻略ヒロイン、それもメインヒロインである。もはや“多少似通った世界”などではなく、この世界は“まほ恋世界そのもの”であると断じて間違いないだろう。
ということは主人公の彼女、いや彼もこの世界に存在しているということだ。伯爵令嬢に生まれ落ちておおよそ七年、抱き続けたほのかな希望が確信に変わった瞬間である。
「本日は私達のためにこのような素晴らしい入学式を開いていただき、ありがとうございます」
ローズが内心浮かれ切っている間に壇上に上がったエリカが、新入生代表の挨拶を開始した。
静まり返った堂内に少女の澄んだ声だけが響く。
堅苦しい時候の挨拶や定番のフレーズをつらつらと淀みなく。適度な緊張感を持ちながらも、決して気負い過ぎてはいない口調だ。
「私達はこれからの十二年間、この王立魔法学園の名に恥じぬよう切磋琢磨し、諸先生方や先輩方、ご卒業生の皆様の誇りとなる生徒を目指してまいります。厳しいご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願いします」
少女は折り目正しくぴしっと礼をして挨拶を締めた。温かな拍手につつまれながら壇上を降り、自席へ戻る。
初等部の一年生でありながら背伸びした印象はなく、実に堂に入っている。
「さすがステュアート家の御令嬢」
「だけどあの家は魔力の方はアレでしょう? どうして代表挨拶を?」
「宰相閣下への忖度と言うやつかしら?」
保護者席の方からひそひそ声が聞こえて来る。
なかなか不快な内容だが、あえてローズが正すまでもない。エリカ・ステュアートは自身の実力でもってその誤解を解いていくだろう。先程の彼女の挨拶の言葉を借りるなら、まさに学園の誇りとして。
「―――それではみなさん、せんせいの後に付いて来て下さいね」
式が終わると、A組の担任教師の案内で教室まで移動する。
ゲームで描かれた高等部の教師たちの多くは研究所の職員との兼任で、先生と言うよりも研究者の色合いが強い者達が多かった。しかしさすがに初等部の担任ともなると“優しいせんせい”と言った感じだ。
「みんなー、こっちですよー」
ふらふらと興味を惹かれるままに脇へ逸れていく子や、新しいお友達とのおしゃべりに夢中で足が止まる子達を、担任教師は叱りつけるでもなく上手く誘導していく。
そうして初等部一年A組の教室へ。小さな子供の体力に配慮したものか、校舎一階、昇降口からも程近い一室だ。
「ではみなさん、今日のところはお好きな席へ座ってください」
「はーいっ」
担任がポンと手を打って朗らかに指示を出すと、子供達はさっそく何人かのグループに分かれ始める。
子供らしく入学式前後の短時間で仲良くなった者達もいれば、元々の知り合い同士も少なくない様子だ。
学園には魔力量に優れた少女達が国中から集められるが、魔力と血は密接に係わるものである。必然的に魔法で名を成した家系―――つまりは貴族の出の者が多くなる。家同士の繋がりから、顔合わせを済ませている子達も多いようだ。
ローズにもいくつか見知った顔があり、チラチラと視線を向けてくる。
お茶会などの折りに、ませた王子様っぷりで懐かせた少女達だ。が、今は微笑だけ返して目的の人物の元へと、真っ直ぐに向かう。
ワイワイと盛り上がる他の子供達を横目に、彼女は真っ先に最前列の窓際の席に一人着いている。
ちなみに、体格的に軽々と言うわけにはいかず、両手で椅子をうんしょうんしょと引き、それから膝をそろえてちょこんと腰を下ろした姿はたまらない可愛さだったことをここに記しておく。
さすがは原作メインヒロイン、ロリカ・ステュアート。いやさエリカ・ステュアートだ。
「やあ、はじめまして、エリカ・ステュアート。僕は―――」
「ローズ・ド・ボーモン様でしょう?」
「おや、僕をご存知で?」
「有名ですもの。ボーモン家の御令嬢はひどく変わり者で、―――そして魔法がとてもお強いと」
「ははっ、新入生代表の君には負けるけどね」
入学初日にしてすでに目ぼしいライバル候補はチェック済みと言うことか。
原作でも涼やかな見た目に反して神童やツンデレ以上に負けず嫌いな彼女である。驚くには値しない。
―――しかし実際、とんでもないよな。
このローズ・ド・ボーモン、家族や親類縁者からは一族始まって以来の天才と持てはやされてここまで来た。
全ては前世の記憶の賜物だ。魔法というのはローズにとってこの世界で初めて触れるものであったが、やはり悟性と言う点で大人と幼児とでは歴然とした差がある。しかも脳味噌自体は子供のそれであるために、知った先から身に染み付いていく。大人の理解力と子供の吸収力が合わさればそれだけで無敵だった。
原作では入学以来首席を譲ったことがないという設定のエリカも、さすがにこのローズの幼少期からのスタートダッシュ―――言うなればチートには適うまいと、クラス分け試験の結果には密かに自信を持っていたのだ。しかし新入生代表の挨拶に選ばれたのは、つまりは首席の座を掴んだのは原作通りエリカであった。
やはり友人ポジションの色物サブキャラと完全無欠のメインヒロインでは本質的に出来が違うと言うことか。
「……な、何かしら?」
じっと見つめて、と言うよりその完璧な造形の面体に見とれていると、エリカは少々気圧された様子だった。
「いやぁ、天は二物を与えずと言うけれど、君にはまったく当てはまらないと思ってね。美しく、賢い。まったく神様もずいぶんと依怙贔屓をしたものさ」
「―――っ、おべんちゃらはおよしなさい」
「おべんちゃらって」
また子供らしくない物言いをする。いや、それは他人に言えたことではないが。
「こほん、……それで、何か御用があるのではないのかしら?」
エリカはわざとらしく咳払いを一つすると、改めて問い直す。
「なに、簡単な話さ。―――お隣の席、良いかい?」
「それは、……別に構わないのではないかしら?」
エリカは周囲に目をやりながら答えた。すでに教室の席は半分ほどが埋まっているが、彼女の周囲は不自然に空席が目立つ。
「では、遠慮無く」
ローズが隣席に座ると、“でしたら私達も”といくつかのグループが空席を埋め始めた。
新入生代表、まして絵に描いたような美少女―――ローズにとってはまさに絵に描いた美少女だったわけだが―――ともなれば、もっと同級生に囲まれそうなものだ。しかし初等部の一年生にはエリカの凛とした美しさは少々近寄り難かったのだろう。
「どうかしたかい?」
「いえ、何でもありませんわ」
隣席のエリカはちょっと迷惑そうな、さりとて満更でもなさそうな、子供らしからぬ複雑な表情を浮かべていた。




