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第6話 王子様系TS少女はロリ枠ヒロインとの過去に思いを馳せる その3

「……ローズ」


「ああ、良いよ、組もうか。皆ごめんね、今日はテレーズとやらせてもらうよ」


「ええーっ、そんなこと言って、ここのところいっつも―――」


 ぎろっと小さな暴君に睨まれ、さしものA組の成績優秀な女の子達も押し黙る。


「ごめんね、今度埋め合わせするからさ」


 間に割って入ると、テレーズを促してその場を離れる。“約束ですよ、ローズ様”と、背後で女の子達がきゃーきゃー騒ぐのを聞きながら。


「……ローズは人気者なの」


 ぼそりとテレーズが呟いた。

 何やら思うところがありそうな顔付きだが、その心中を打ち明けてもらえるほどにはまだ関係が深まっていない。


「―――さて、この辺で良いか。じゃあ、始めよう」


 普段―――テレーズ以外の子達と戦う時よりも余分に他の生徒から距離を取ると、向かい合う。

 戦闘訓練。すなわち魔法戦闘の授業である。

 高等部、それもA組ともなるとほぼ実戦形式で行われる。

 魔法と言うのは、つまりは武器であり兵器である。

 もちろん、日々の生活を便利にしたり、豊かにしたりという側面もある。素敵な話だが、それは副次的なものに過ぎない。学園では綺麗ごとで魔法の本質をぼかしはしない。

 そもそもこのファリアス魔導王国が、国土狭く人口もそれ相応、目立った特産品も魔導具くらいしかないこの小国が、周囲を大国に挟まれながらも中立国として独立不羈を保っていられるのは、魔法先進国が故の武力があればこそなのだ。

 だから当然、“王立”魔法学園において魔法戦闘の強さと言うのは何より重視される。その最たる存在が―――


「“大地よ”。そしてぇ、“やあっ”」


「―――おわっ、ちょっ」


 そう、テレーズである。彼女が飛び級を許されたのも、ひとえにその強さ故だ。

 ローズの足元の地面が隆起し、バランスを崩したところに風の塊が襲い来る。

 崩れた体勢に抗わず、横っ飛びして圧縮空気をかわした。地面を一回転、受け身を取って素早く立ち上がる。


「危ないなぁ、今の結構強くなかった? いくら高等部と言っても、強過ぎる攻撃は禁止だよ」


 ぱっぱと制服に付いた芝を払いながら言う。

 この学園の制服には特殊な耐魔法術式が刻まれていて、着用者への魔法によるダメージを大幅に減じてくれる。

 もちろん、そんなものがあるならそもそも魔法が戦力足りえなくなってしまうわけで、制約がある。術式は学園に存在する巨大魔法陣で管理運用されていて、予めこの魔法陣と契約を交わした者の、効果範囲内での魔法のみに作用する。要するに“学園内”での“生徒”や“教師”の魔法のみが適用されるのだ。

 当然演習場も効果範囲内である。故に普通の生徒はけっこう思い切り魔法を行使することが出来るのだが、何事にも限度がある。さすがに神童テレーズの魔法は痛いでは済まされない。

 ぶ厚いグローブにヘッドギアを装着していても、ヘビー級のハードパンチャーが練習で本気で相手を殴り付けては故障者続出だ。


「ふん、どうせローズは避けるの」


「いやいや、避けられないように土魔法でバランスまで崩しておいて、そりゃあないよ」


「でも、実際に避けたの」


 テレーズは不満顔、ではなくどこか楽しそうに言う。


「……僕以外にはやっちゃ駄目だからね」


 やれやれと肩をすくめて返す。

 彼女の孤独な境遇を知るだけに、そんな顔をされると弱い。


「いくのっ。――――。―――。―――――。“飛翔”」


「テレーズ、そいつはちょっとずるいっ」


「戦場にルールはない、“のっ!”」


 小さな体を上空に浮かべると、テレーズは圧縮空気を撃ち出してくる。

 彼女お得意の風魔法は最も遠距離攻撃に適した属性とされる。故に如何に距離を詰めるかが攻略の鍵となる。しかしこれでは、近付きようがない。

 いや、こちらも飛べば良い話ではあるのだが、飛翔魔法のような高度な術式を維持しながら、同時に別の魔法を発動させるのは通常不可能に近い。

 息をするように風魔法を操る彼女ならではだろう。複雑な関数の問題を解きながらでも、“1+1”くらいなら同時処理出来るということだ。

 一方のローズは、飛んで距離を詰めたところで攻撃手段がないのだった。


「“このっ”、“避けるな”、“なのっ”」


 地上を走り回って、圧縮空気を避ける。テレーズが上空を追ってくる。

 同じ地表同士なら、言うなれば遠距離魔法の攻撃は“線”だ。前後にさばくことはかなわず左右どちらかへ避けねばならない。

 翻って空からの攻撃は“点”だ。前後左右三六〇度、いずれにも避けることが出来るし、こちらから動いてやれば狙いを付けるのも困難だ。

 ひとまず無軌道に方向転換を繰り返しながら、走り回る。体力には自信があった。

 ローズは原作でもA組上位の実力者だったが、テレーズやエリカ、それに成長した主人公アンリと張り合えるほどではなかった。

 単純に魔力量も魔力操作の精密さも一流ではあっても超一流の域には届かないからだ。そして前者は完全に生まれついての性質の類であり、後者も突き詰めていけば才能によるところが大きい。

 そこで目を付けたのが体術だ。

 この国ではとかく軽視されがちな分野だが、原作のいくつかのルートで主人公アンリが男性ゆえの腕力―――見た目はヒロイン達と変わらぬ細腕だが―――と、田舎の平民育ちゆえに意外や喧嘩慣れもしていることでいくつかの窮地を乗り越えている。

 そしてこのローズも幸いにして女性ながらに王子様キャラが様になるくらいには長身で、運動神経も抜群の肉体を持って生まれた。

 前世では運動そのものに少々苦手意識があったのだが、才能あふれるこの身体ですると実に楽しいものだった。娯楽の少ない世界と言うこともあって、ローズはスポーツに、体術にドハマりした。

 今では単純な身体能力で言えば学園内では頭二つは抜けているし、体術でも男の兵士にだって引けを取らない。


「“うーっ”、“ちょこまかっ”、“とおっ”」


 三連撃の二発目までを避け、三発目。足を止め、くるりと振り返った。あえて正面から向き合う。


「“気砲” 、“気砲” 、“気砲”」


 こちらも同種の魔法の三連撃。

 即興アドリブで魔法を組み立てるテレーズと違って、こちらは覚え込んだ魔術構成を編み直すだけだ。それでも彼女よりも手間取った。

 が、何とか一発目が間に合って、テレーズの三発目を相殺した。

 残る二発目、三発目。駆け回るローズを追って魔術をばらまいたテレーズとは違い、三発ともに同じ軌道で放っている。

 そして逃げる標的を追うことに集中していたテレーズは、ローズが足を止めた瞬間にまっすぐこちらへ向かって来ている。空気弾二発とまともにかち合う軌道だ。


 ―――どうだ?


 問題は三連撃の直後のテレーズが、すぐさまさらに二発を相殺し得るかだ。


「“やあーーっ!”」


 テレーズが可愛らしく叫んだ。発動式は一回。つまりは発動した魔法も一発、相殺出来る圧縮空気弾も一発だ。


「やった、勝っ―――ええっ!?」


 圧縮空気が風を巻いて飛来する。

 いつもの魔法が火薬を爆発させて鉄の球を飛ばすだけの火縄銃なら、言うなればこれはライフル弾であり、それ自身が推進力を有するロケット弾でもある。

 テレーズの魔法はローズの放った圧縮空気二発をまとめて相殺、ですらなく一方的に打ち消し、そしてローズを襲った。


「おわあぁぁ~~っ」


 常の圧縮空気とは異なり、ローズの身体は錐揉み状に宙を舞った。



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