第56話 王子様系TS少女は婚前日帰りハーレム旅行に繰り出す その5
―――ここがアンリの育った場所。
ジル少年達と合流し、大荷物を抱えて孤児院へと辿り着いた。
ローズは“聖地”の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
原作でもアンリは度々実家に帰省していたが、“週末は久しぶりに実家で過ごした”などとさらっと記されるだけで、具体的な描写がされることはなかった。孤児院育ちであることすらさっき知ったばかりである。
聖心教の礼拝堂と、それに併設された建物だ。
広い敷地内には馬屋や鶏小屋、小さいながら畑などもあるようだ。暮らし向きは悪くなさそうだ。
「おーい、お前たち、戻ったぞーっ」
ジル少年の呼び掛けに中庭で遊んでいた十数人の子供達がこちらへ駆け寄って来て、そしてローズ達を見て足を止めた。
「お前ら、この男みたいな姉ちゃんは貴族様だけど、そんなに固くなることねえぞ。アンリの兄貴の友達だ。そんで、お前らに誕生日プレゼントを買ってくれたっ。皆でお礼を言うぞ」
ジル少年の“せーの”の合図で子供達は“ありがとうございました”と声をそろえた。
いやに手慣れた感じがするのは、寄付や贈り物を貰うたびにこうしてお礼を言っているからか。というと、何となく切ない気分にもさせられるが、ジル少年のやんちゃな掛け声もあって子供たちに悲壮感などは見て取れない。
「よし、今から配るから集まれー。ペチャパイとデカパイの姉ちゃんも配るの手伝ってくれ」
「あ、あんたねえっ、いい加減怒るわよ」
「も、もうっ……」
トリアはぷりぷりと、ジャンヌは恥ずかしそうに頬を紅潮させながらも、ジル少年と一緒に子供達にプレゼントを手渡し始める。
四人はローズの従者で平民と言うことにしてある。
孤児院までの道中に言葉を交わし、ジル少年達とはいくらか打ち解けている。ちなみにペチャパイとデカパイ以外の二人、テレーズはチビの姉ちゃんと呼ばれてジル少年を風魔法で吹き飛ばし、エリカは無言の笑顔で端から黙らせていた。
「えーと、セシルちゃんは―――、あなた? はいっ、誕生日おめでとうっ」
「アベル君、アベル君は、あなたね。どうぞ、お誕生日おめでとうございます」
トリアとジャンヌは子供達に囲まれて何だかんだで楽しそうにしているので、放っておく。
「……アンリエッタ、そちらの方々は?」
礼拝堂の扉が開き、中から一人の老人が歩み出た。
神官の服を着て、笑い皺が深く刻まれた優しそうなお爺さんである。
そしてあえてアンリ“エッタ”と口にした以上はアンリの事情を知り、ローズ達の出で立ちから状況をも察し得る人物。―――孤児院を一人で切り盛りするという院長先生だろう。
「こちらは学園で親しくして頂いている、ローズ・ド・ボーモン様です。さっき町でお会いして、せっかくですからパーティーにお誘いしました。皆に、プレゼントまで買って頂いて」
「それはそれは。感謝いたします、お嬢様」
老人が胸の前で十字、ではなくT字を切る。
神へ祈りを捧げる所作であり、この場合は神官によるローズへの祝福を意味する。
聖心教と言うのは、早い話が前世のキリスト教によく似た宗教だ。成立の伝説もよく似ていて、そこでは救世主様がT字型の磔台に掛けられ命を落とす。
「院長先生ですね。お初にお目にかかります」
ぴしっと威儀を正し、深々と頭を下げる。
何せ、アンリの育ての親である。すこしでも良い印象を持ってもらわなければ。
「ボーモンと言うと、歴史ある伯爵家の方ですな。こんなところまで、ようこそお越し頂きました」
「いきなり押しかけてしまって申し訳ありません」
「いえいえ、せっかくのパーティーです。にぎやかな方が良い」
「それとこちらはエリカ様にテレーズ様。みんなを怖がらせないようにあちらの二人も含めローズさんの従者と言うことにしていますが、学園で出来た僕の友達です。―――それと、皆には僕が孤児院では“男装”して“男”として暮らしていたことも、打ち明けています」
「……なるほど。では皆様の前でも“アンリ”と呼ばせてもらった方が良いですね」
院長は小さく頷いて言う。
アンリの一言でこのややこしい状況を察した様子だ。優しげで茫洋とした印象だが、相当に頭の切れる人物のようだ。
「しかしさっそく友人を五人も連れて来るとは、学園では上手くやれているようですね、アンリ。あなたなら、心配は無用と思っては―――」
「院長先生?」
院長の言葉が不自然に途切れた。
見ると、皺に埋もれるようだった目を大きく見開き、口をあんぐりと開け、震える手で何やら指差している。
「……あ、あちらの御方は?」
指先の示す方向を追うと、そこには―――
「えっと、トリアさん。…………その、ヴィクトリア・ファリアス殿下です」
「おおっ、や、やはりっ。あの鮮やかな金髪に碧眼。若い頃の陛下によく似ていらっしゃる」
女王は宮中に籠っているタイプの為政者ではないため広く顔は知られているが、それにしても実感の籠った台詞だ。
「院長先生は昔、王都の修道院で司教をされていたんです」
アンリがローズ達へ向けて説明する。
「それは、ずいぶんと高位の神官様ですのね」
エリカが驚きの声を上げる。
それもそのはず、司教と言うのは聖職者の位階としては最高のものだ。大司教と言う位階も別にあるが、担当する教区の大小を示すだけでどちらが上でも下でもない。
他に教皇とか、教皇の補佐役兼次期教皇候補を指す枢機卿という地位もあるが、これらはあくまで役職に過ぎない。聖職者としての徳性を示す位階としては司教、大司教が最高位である。
直截な言い方をするなら、聖心教と言うこの世界最大宗教の頂点に近い人物ということだ。
ファリアス魔導王国では周辺他国のように聖職者を政の要職に付けることはしていないが、助言を求めたり、はたまた陳情を受けたりはする。司教ともなれば女王と顔を合わせたことは一再ではないだろう。
「いや、昔の話です」
そう言って院長は微笑むも、聖職者の位階と言うのはよほどの問題でも起こさない限り降格するものではない。つまり彼は恐らく今でも司教のはずで、そうでないなら好々爺然とした雰囲気に反して大悪党と言うことになる。
そんな人間がなぜ、王都から離れた田舎町で孤児院の院長などをしているのか。疑問は尽きないが―――
「ああっ、これっ」
院長先生が慌てた声を漏らす。見ると、数人の男の子がトリアのドリルツインテールを引っ掴みぐいぐいと引っ張って遊び始めた。
「大丈夫ですよ、院長先生。トリアはあれくらいのこと気にしませんから」
“むきぃー”と奇声を発して子供達を追い回しているが、いつものツンの範疇だろう。
「いや、しかし。―――礼拝堂にご案内して、お寛ぎ頂いた方が良いのではありませんか、アンリ?」
「えーと、それは」
アンリがこちらに問う様な視線を向けてくる。
「トリアさんはそういう扱いを喜ぶ方ではないかと」
「そうなのっ、トリアの扱いはあんなもので十分なのっ」
「そうだね、それにあまり大事にすると、パーティーの主役がトリアになってしまう。今日の主役はあくまで誕生日を迎えた子供たちじゃないと」
「むむ、ご学友の皆様がそう言われるのでしたら」
院長は渋々ながらも頷くと、ハラハラした顔で子供達とトリアへ再び目をやる。
「それじゃあ、僕はパーティーの料理を仕上げてきちゃいますね。ローズさん達は、子供達の相手をしていてもらえますか?」
「ああ、君の大切な家族だろう? 仲良くさせてもらうよ」
「お願いします」
アンリが礼拝堂の横の建物に入っていく。そちらが孤児達の生活の場のようだ。
「それじゃあ僕らは、―――こらっ」
ローズは子供達の中へ分け入り、そろそろとジャンヌの爆乳に手を伸ばそうとしていた悪ガキの首根っこを引っ掴んだ。
「うわっ、何すんだよ」
「ジル君、女性の身体を勝手に触ろうだなんて、子供とはいえ許されることじゃないよ」
「う、うっせえ、この男女っ」
「テレーズっ」
「“んっ”」
ローズがジル少年から手を離し、半歩横へ身を躱したところで強風が叩き付けた。
「う、おっ、わわぁぁぁ~~~っっ」
少年の小さな身体がごろごろと中庭を転がっていく。
「うわぁ、すごいっ。今の魔法? お姉ちゃんの魔法? ジルをすっ飛ばしちゃったっ」
小さな子供達が歓声を上げて、テレーズの元へ集まっていく。テレーズは、―――胸を逸らしてご満悦だ。“お姉ちゃん”呼びがお気に召したようだ。
「さてと、私は。―――院長先生、孤児院の建物に傷んでいるところなどはございませんか? 土魔法は得意ですので、よろしければ修繕いたします」
「おお、それはそれは。ではこちらへ」
エリカが院長先生に案内されて中庭を出て行く。
「むっ、これは負けてられないな」
ローズはローズでアンリのご家族のご機嫌取りに奔走するのだった。
「―――みんな、パーティーの準備が出来たよっ」
しばししてアンリが中庭に声を掛けに来た時には―――
「うわぁ、お姉ちゃん、すげえぇ。次はぼくの番っ」
「わたしの番よっ」
「ふふん、ちゃんと順番に並ぶのっ」
一番人気はテレーズで、圧縮空気で形成した獣に子供達を乗せて宙を飛ばしている。順番待ちする子供の数は十人近い。
「待ちなさーいっ」
「へへんっ、待てと言われて待つ奴がいるかよっ」
トリアはベタなやり取りを交わしつつ、男の子達数人と追いかけっこをしている。
「よっ、ほっ、もう一個増やしますねっ」
「わあっ、お姉ちゃん、上手っ」
平民の子供達の遊びだろうか、ジャンヌはお手玉のようなものを女の子達に披露している。男の子も何人か遠巻きにチラチラと視線をやっているが、お目当ては球を放る度にぶるんぶるんと揺れる胸のようだ。
「いや、助かりました」
「お気になさらないでください、院長先生」
エリカは本丸の“お義父様”と談笑しながら中庭へ戻る。
「良いかい、ジル君。女の子対しては常に紳士であらねばならないよ」
「何だよ、紳士って。こっちは親無しの平民だぜ、無茶言うなっての」
「ジル君、紳士に貴族も平民も親の有無も関係はないよ。大事なのは心のあり様なんだ」
「そうよそうよ。ほんと、ジルってば駄目駄目ね」
「うっせえ」
そしてローズの元にはジル少年とおしゃまな女の子が一人だけ。
貴族で王子様キャラと言うのはここでは相性が悪い。ローズの完敗だった。




