第52話 王子様系TS少女は婚前日帰りハーレム旅行に繰り出す その1
「こ、これに乗って行くんですか?」
まだ薄暗い早朝。待ち合わせの王宮前には四頭立ての馬車が一台。
学園で野外演習場への移動に用いられるような幌馬車ではなく、箱型の車体は赤地に金の装飾を施された小さな宮殿とでも言うべきものだ。見るからに王族専用と言う様相で、ジャンヌがおののくのも無理はない。
まあ、その王族、それも女王の一粒種トリアの付き添いなのだから何も不思議はないのだが。
「さっ、乗って乗って」
トリアの言葉に呼応して御者台からぱっと飛び降りドアを開けてくれたのは、近衛の女騎士―――すなわち魔法使いでもある―――だ。
王宮を訪ねると、度々目にする女性である。トリア付きの護衛なのだろう。年の頃は二十代後半の綺麗なお姉さんだ。
馬車の前後には他にも近衛の騎兵が十騎ずつ並んでいる。さすがに遠出ということで護衛がローズ達だけと言うわけにはいかないのだろう。
「ローズ・ド・ボーモンです。美しい騎士様、今日は一日よろしくお願いします」
皆が馬車に乗り込んでいくのを尻目に、ローズは女騎士に声を掛けた。習い性というもので、やめられない。
「こちらこそ、よろしくお願いします。いざという時は皆様の魔法を頼りにするようにと、陛下からご助言頂いております。ワイバーンを倒されたとか」
「僕なんてまだまだ未熟者ですが、何かあれば微力を尽くしてお守りいたします、ヴィクトリア殿下も、騎士様も」
手を取り、微笑みかけるが、真面目くさった表情は崩せなかった。さすがは近衛兵。―――と思うのも束の間、横一文字に結ばれた唇がじわりじわりと綻んでいく。
「っ、くふふっ」
「ど、どうかなさいましたか?」
「いえ、貴方、本当に聞いている通りの性格なものだから、おかしくって」
砕けた口調で女騎士は言う。
「えっと、聞いている通りと言うのは? トリア―――ヴィクトリア殿下から僕の愚痴でも聞かされていましたか?」
「ううん、違うのよ。学園での貴方の担任、学園生時代の私の同級生なの」
「あっ、そういう」
何たる偶然、と言う程のことでもない。
魔法学園の教師も近衛の兵士もこの国のエリートであり、大半が学園の卒業生である。それもA組の担任と王女の御付きともなると、学生時代は共にA組所属の優秀な生徒であったことは想像に難くない。二人が同い年であれば必然的に同級生にもなるし、年が多少離れていても先輩後輩として十二年間も学園生活を送っていれば顔くらいは見知っているものだ。ローズ達を取り巻く世界は存外狭い。
「その、先生は僕のことをいったい何と?」
「あら、聞きたい?」
「……いや、やめておきます。せっかくの行楽気分が、出発前から台無しにされそうだ」
「ふふっ、勘違いしないで、そんなに悪いことを言ってるわけじゃないのよ。ううん、どっちかと言うとべた褒めなくらい」
「本当ですか?」
「ええ、自分も学生だったら貴方のファンになってたかもって」
「―――っ、そうですか。ふふっ、別に教師だからと言って、遠慮されることはないのですけどね」
「それと、教師としては非常に扱い難い生徒だって。まさにそういうところのことでしょうね」
決め顔で言うローズの鼻先を、指先でちょこんと小突かれた。
「うぐっ」
「ふふっ。さあ、殿下達がお待ちよ。早く乗ってちょうだい」
日頃迷惑を掛けられている旧友の仇討ちと言うことか、女騎士はローズをからかうだけからかうと乗車を促した。
「遅いわよ、ローズ。何を話していたの?」
「いや、何でもないよ」
王子様キャラとしてお姉さんに手玉に取られ掛けていた、などとは答えられない。
「それで、ローズさん、どちらへ座られますか?」
馬車の内部、向かい合わせに並んだ二つの座席には一方にエリカとジャンヌ、もう一方にテレーズとトリアが座っていて、どちらも真ん中に一人分の空間を残している。
つまり巨乳と爆乳に挟まれるか、貧乳と貧乳に挟まれるかだ。言い換えればクッション性を取るのか、ゆったりとしたスペースを取るのか、である。
「……えーと、まずは最初に断っておくけど、帰りは別の方に座らせてもらうよ。その上で、―――行きはこっちかな」
トリアは当然として、エリカもテレーズも王家の馬車にも近衛兵にも気後れした様子が無い中で、一人緊張した面持ちのジャンヌの隣りへ身を滑り込ませた。すなわち巨乳と爆乳の間だ。
“やった”と安堵と快哉の混じった小さな声をローズは聞き洩らさなかった。エリカの方は、少なくとも表面上は“わざわざ狭い方に来なくても”と言う迷惑そうな顔を作っている。
「えー、そっちぃ?」
「むー。―――あっ、そうなのっ!」
トリアと一緒に不満気に唸ったテレーズが、はっとした顔で立ち上がると、―――くるっとその場で半回転。そのまま腰を下ろした先はローズの膝の上だ。
「あっ、こらっ、テレーズ。そんなの反則でしょうがっ」
「反則も何もないの。子供の特権なのっ」
「この子はっ。こんな時だけ子供ぶるんだからっ。良いわ、ならあたしも―――」
「皆様、出発します。席をお立ちにならないで下さいねっ」
御者台から声が掛けられ、トリアは浮かせ掛けた腰をすとんと落とす。
こういうところ実に素直である。友人間ではただの冗談も、家臣が関わればそれで済まなくなることを王族の一員としてちゃんと理解している、意外にも。
「……何これ、なんだかすっごく空しい気分なんだけど」
「ゆったり座れて良いじゃないですか、羨ましい」
「王女様の特権なのっ」
「えっと、その、場所を変わりますか?」
「いいわよっ、ジャンヌは一つも悪くないんだから、大人しく座ってなさいっ」
そうして馬車の旅が始まった。初めはゆっくりと、城門を抜け街道を走り始めてからは軽快に。
「あの方達、皆さん女性ってことは、魔導騎兵の方々ですよね?」
ジャンヌが窓から顔を覗かせて、興奮した様子で言う。すっかり緊張も解けた、というより魔法関連への愛情が勝った感じか。
槍で戦う騎兵が槍騎兵、弓で戦う騎兵が弓騎兵、銃で戦う騎兵が竜騎兵なら、魔法で戦う騎兵は魔導騎兵である。言うなれば動く砲台であり、この世界において間違いなく最強兵科だ。
「すごいでしょ。近衛の中でも選りすぐりの精鋭なのよ」
「トリアが偉そうにすることじゃないの」
「あら、家臣を誇りに思っちゃいけないかしら?」
「むっ」
テレーズが黙らされる。何となく腑に落ちないものも感じるが、確かに美談の類ではあるのだった。
そうして馬車に揺られること三時間余り。
馬車は四十キロメートル近くも走破し目的地に至った。通常の乗り合い馬車なら半日はかかる距離だ。
「ふうっ、着いた着いた」
皆をエスコートするべく、真っ先に町へ降り立ったローズは軽く伸びをする。
王家専用の馬車は速い上に揺れも少ないが、さすがに元の世界の自動車のようにはいかない。三時間ともなると少々腰やら尻やらにくるものがある。テレーズを膝の上に乗せていただけになおさらだ。
「さっ、ジャンヌ、手を。―――っとと」
「すっ、すいません。ありがとうございます、ローズさん」
乗せられた手は力無く、案の定と言うべきか、地面に足を踏み出した瞬間にバランスを崩したジャンヌを抱き留めた。
普段馬車になど乗り慣れない彼女には特にしんどかったようだ。
それとも大きな胸の重さ分だけ負担も大きいということか。安産型のこれまた大きなお尻もクッションには不足か。
「テレーズ」
「んっ」
続いてテレーズ、エリカ、トリアとエスコートしている間に町の者達が集まって来て、馬車と馬を預かってくれた。実にスムーズな展開は、あらかじめ話が通っていたのだろう。
「さっ、行きましょうかっ」
「トリア、そんなに走ると危ないよ」
「―――何言ってるのっ、急がないと良い席を取られちゃうじゃないっ」
「そんなことしなくても僕らは貴賓席を用意してもらって、……行っちゃった」
突発的に走りだしたトリアに、近衛兵はごく自然な動きで寄り添い、むしろ先導するように前に出、左右も固めた。さすがはプロだ。
「まったく、トリアはお子様なの」
「まあ、トリアさんもああ見えて王女様ですから、こうして王都を離れることなんて滅多にあることではないでしょうし。逸る気持ちは分かります」
王女様は近衛にがっちりと守られていることだし、ローズ達は焦らず歩いて後を追った。
町の中心。南北と東西に走る二本の大通りが交差する場所が広場になっていて、そこに巨大なテントが設営されている。
「わあ、おっきい。あんな大きなテント、初めて見ましたっ」
ジャンヌも興奮気味だ。
「うん、今回の劇団は王都でも公演をしている人気のあるところだからね。テントも劇場サイズだね」
「劇場サイズ、ですか?」
「ああ。うちの国では劇場があるのは王都も含めていくつかの大都市だけだからね。地方都市での公演では劇団は自前のテントを自前のスタッフで設営するんだ。だからテントの大きさは劇団の人気や実力を反映していてね。特にここみたいに王都の劇場でも公演を行うような劇団は、劇場と同じサイズのテントを用意するのさ。それがある種のステータスになってるわけだね」
「さすが観劇趣味だけあってお詳しいですね」
「まあ、エリカの紅茶と似たようなものかな。僕には茶葉を見て収穫時期や産地なんて当てられないからね」
「む」
エリカが不服気に口をつぐむ。
どうやら“そんな暇があるならもっと魔法の勉強をなさってはどうですか?”と言う皮肉が込められた言葉だったようだ。はからずもローズが言い負かした格好となった。
今日は千秋楽と言うことで町には観劇の客が詰め掛けていた。
最終日は役者や演出家が挨拶するカーテンコールがあるし、それまでの公演で演者の掛け合いも完成されている。観劇趣味の人間がこぞって集まってくるのだ。
加えて集客を見込んで広場には出店が多く建てられていて、ちょっとしたお祭り騒ぎである。
粗野な味わいの揚げ菓子や砂糖水で味付けただけの氷菓子の屋台を覗いて回り、劇団公式の魔導複写絵を売る露店を賑やかしながら、やがて騒ぎの中心地へ。
「―――ちょっとみんなっ、遅いわよっ」
テントの入り口では腰に手を当て、プリプリした様子のトリアが待ち構えていた。




