第44話 王子様系TS少女は男装隠しヒロインを攻略にかかる その5
「やあ、ジャン君。お仕事お疲れ様。今日も可愛いね」
「ローズ様、そんなっ、僕なん―――、あ、ありがとうございますっ」
「ちぇっ、残念」
「もうっ。前、失礼しますね」
ローズの罠を辛くも避けたジャンヌが、テーブルに料理を並べていく。
「今日も、いつもの場所でね」
「はいっ、よろしくお願いします」
前のめりになった彼女の耳元にこそっと囁くと、元気な笑顔が返って来た。
もしかしたら昨日のことで、トレーニングはもう中止などと考えていたのかもしれない。
「うう~ん、今にして思えばどう見ても女の子よねぇ」
厨房へ戻るジャンヌの後姿を見ながらトリアが小さく呟く。
爆乳なだけでなくお尻もどっしりとした安産型だ。男性用の給仕服とサラシをもってしても隠し切れないエロい身体をしている。
「トリアが鈍いだけなの」
「あんただって昨日までそういう扱いしてたでしょうがっ」
「そんなこと忘れたの」
「嘘おっしゃい。あんたが忘れるはずがないでしょーが。頭の出来だってあたしよりずっと良いんだからっ」
「そ、それはそうだけど」
トリアのあまりにピュアな物言いにテレーズが黙らされる。
座学ではエリカやローズに及ばないが、それでもA組平均くらいの好成績を収めているテレーズだ。本来なら中等部一年生と言う年齢を考えれば、頭の方も十分神童である。
「それにしてもお仕事忙しそうですね、ジャン君」
アンリに言われて改めて視線を向ける。
「ジャン君、注文をお願いしますわ」
「こちらもお願い」
確かに他にも給仕はいるのにひっきりなしに呼び立てられている。
ローズの目にはどう見てもエロ可愛い女の子なのだが、他の生徒達の目からはそうは映らないようで、“可愛い給仕の男の子”として早くも学園の女生徒達の関心を集めるジャンヌだった。
「ご馳走様。それじゃあジャン君、また後で」
「はいっ」
食堂でひとまずジャンヌと別れ、午後の授業を終えた放課後。いつもの場所。
「―――――。――――。――――――。“力よ”。―――――。――――。――――――。“力よ”。つっ」
ふらつくジャンヌをローズはいつも通りに抱き留める。
「とまあ、こんな感じで練習してもらってるんだけど、どうかな? もう色々とばれちゃったわけだし、こうなったら皆にも知恵を借してもらいたいんだけど。どうやったらジャンヌは魔法を使えるようになると思う?」
校舎裏に今日はいつものメンバー全員が揃っていた。
「い、今の方法を続けるんじゃ駄目なんですか、ローズ様? せっかくちょっとは強いのが撃てるようになってきたのに」
「う、うう~ん、確かに少しずつ成長はしてるけど、この方法だとまだまだ時間が掛かりそうだからね」
“そもそも強いのを撃てるようになっていないよ”とはさすがに口に出来ず。
「要するに手っ取り早く魔力量を増やす方法と言うことですよね? いくつか怪しげな話なら聞いたことがありますが。満月の夜に瘴気を浴びる、ですとか」
エリカが言う。
彼女も魔力量自体は決して多い方ではない。もちろんジャンヌとは異なり、あくまでその実力に比してと言う話だが。恐らく今以上の魔力を求めて文献を当たったことがあるのだろう。
ちなみに学園生徒の魔力量を格付けすると、頭三つくらい抜けた位置にトリアとその従姉で現役お姉さまのマーガレット、それにアンリ。三人には劣るがやはり頭一つ分以上も抜けてテレーズ。その下のどんぐりの背比べの中の上位にローズ、真ん中辺りにエリカと言った具合だ。
「瘴気を浴びる、か。何となく効果がありそうに聞こえるけど、あれってたしか人間には毒だよね?」
「そうですね。体がまいってしまうのが先でしょう」
自分で言っておいて否定するのは、もしかしたら試したことがあるからか。
「あっ、そういうのなら私も地元で聞いたことがありますよ。確か魔物の金た―――、その、ええっと」
「魔物の何だい、アンリエッタ? これも人助けだ。知ってることがあるなら是非教えておくれ」
ローズは神妙な顔を作って問い返す。
「えっと、魔物の、……睾丸を食べるのが良いって」
「うげっ」
トリアが王女らしからぬ声を漏らす。言った当人のアンリは恥ずかしそうにうつむいた。
「それなら僕も聞いた覚えがあるな。魔力の塊みたいな魔物の、一番魔力が濃い部位だって。でもまあ、眉唾だろうね。回復の効果はあるだろうけど、上限を超えて魔力を吸収できるとは思えない。そんなことが出来るなら、そもそも普通の動植物にだって多少なり魔力は含まれてるわけだし」
「そ、そうですよねっ」
ジャンヌはほっとした顔だ。
魔物の睾丸を食わされる羽目になると思ったのだろう。―――と言うか、原作では実際に食べている。
ゲームではジャンヌと共に奔走するのは主人公アンリなのだから、その提案は当然実行に移されている。エリカの言った“満月の夜に瘴気を浴びる”と言うのも文献を調べて試しているし、そう言う一発逆転の妙手みたいなものは実はどれも原作で失敗に終わっていた。
だからこそ地味で地道な無属性魔法でのトレーニングをローズは考案したのだった。
本音を言えば原作イベントにあった“高魔力保有者との長時間、なるべく広範囲での単純接触”、言い換えれば“半裸のお付き合い”はぜひ試しておきたかったが、アンリならまだしもローズがそんな提案をしては怪しまれること請け合いだ。
案外自己評価が正確なローズであった。
「もう少し、追い詰めてやったらいいのっ」
「覚醒して魔力に目覚める的なやつかい? 物語ではよく見るけど」
「そうだっ、私が高いところから落っことしてみるのっ」
「待って待って、テレーズ。さすがに危な過ぎる」
漫画やアニメではよくある展開だ。この世界もゲームに則った世界なわけだが、さすがにそれで何かが起こるとは思えない。
現実にこの世界に生きる人間にとって、魔力と言うのは筋力と同じく当たり前にそこにあるものだ。どんなに肉体が追い詰められようと、その瞬間筋力が増大してすべてを跳ね返すなんてあり得ない。
「トリアは何か知らないかい? 例えば王家に伝わる秘儀だとか、そんなものを陛下から教わったりはしてないかい?」
「いやぁ、お母様とはあんまり魔法の話はしないし、伯母様からも特に聞いたことないわね。お役に立てなくてごめんね、ジャンヌ」
「いえ、……私なんかのために、皆さんが力になってくれるだなんて、それだけで。ありがとうございます」
「別に気にすることないわよ、お礼ならローズに言ってちょうだい。あたし達はローズに付き合わされてるだけなんだから。で、ローズはあたし達にお礼を言うこと」
「ははっ、ありがとう、みんな。世話を掛けるね」
「まあ、ローズさんですからね」
「それがローズだから仕方ないの」
「うん、私もローズさんのことだいぶ分かってきました」
「ははっ、分かられちゃいましたか」
“半分は君の真似っ子だよ”とは心の中だけで付け足した。
「でも、テレーズさんまで協力するというのはちょっと意外ですね」
「むっ、何なの、エリカ。私が意地悪だって言いたいの?」
「何言ってるの、テレーズ。実際あんた、アンリエッタに意地悪だったじゃない」
「そっ、そんな昔のことは忘れたの」
「だからあんたが忘れるはずないでしょーがっ。頭良いんだからっ」
「わ、私は気にしてませんから」
ワイワイと盛り上がり始まる。仲が良いのは素晴らしいが、度々話が脱線するのがこのメンバーの困ったところだ。
「ところでジャンヌ、さっきまた“私なんか”って」
話に付いて行けずちょっぴり寂しそうなジャンヌに迫り、両腕を開いた。
「あう。―――えいっ」
「…………ジャンヌ?」
背中に回された腕がいつもよりも強い。
「ローズさん、本当にありがとうございます。“私なんか”に、こんなに良くしてくれて。私、こんなの初めてで」
今の一回分も追加とばかりに、ぎゅうっとさらに腕に力が込められた。
彼女のこれまでが他者からの好意や親切に彩られたものでなかったのは、想像に難くない。
「……大丈夫。君にきっと魔法を使わせてあげるよ」
ジャンヌの頭を優しく撫でた。
原作では結局ジャンヌは魔法の発動に成功することなく、夢を断念し恋に溺れる。恋はこちらが頂く分、夢は叶えてやりたかった。
主人公に出来なかったことを、このただのサブキャラに出来るのか。原作知識を武器にアンリの後追いでここまでやって来たようなローズが、原作でも叶わなかった夢を叶えることなど出来るだろうか。難しいだろう、一人では。
だから仲間を頼った。原作ジャンヌルートは他のヒロイン達と親密にならなかったアンリが辿る言わば脇道である。だから彼女達の協力は得られていないのだ。
だが、それでもまだ足りないらしい。他に原作アンリになくて、ローズにあるものは―――
「―――っ。ジャンヌっ。ちょっと僕に付いて来てっ」
「ええっ?」
ジャンヌの手を引いて、目的地へ足を向ける。
「ちょっとローズさんっ、どこへ? ―――皆さんっ、私達も行きましょう」
エリカの一言で他の皆も後に続いた。
校舎裏から正面に回り、昇降口を入り―――
「……えーと、ローズ、ひょっとして?」
階段を登って登って登り尽くしたところで、トリアがおずおずと尋ねてくる。
まあここ―――最上階には一室しかないのだから、目的地はローズが口にするまでもなく明白である。
「よかった、今日はいるみたいだね」
巨大過ぎる魔力が立派な扉越しにも感じ取れる。
「あ、あのっ、ローズ様、もしかしてこちらは―――」
「学園長せんせーっ、失礼しまーす」
こんこんと軽くノックをすると、ローズは戸惑うジャンヌを捕まえたまま、もう一方の手をドアノブに掛けた。
仲間だけで無理なら、仲間のお母さんだ。世界最強の魔法使いの部屋にローズは足を踏み入れた。




