第42話 王子様系TS少女は男装隠しヒロインを攻略にかかる その3
「アンリエッタっ、“気砲”」
「はいっ! とおっ、―――“気砲”」
すれ違いざまに足元へ放った圧縮空気弾を踏み台に、アンリが高々と跳躍して魔法を放つ。
「ぶべっ」
土魔法で作った防壁に身を伏せていたトリアに、高所からの気砲が襲った。―――ローズからは壁が死角になって見えないが、声からして潰れたカエルのように地面に倒れ伏すトリアの姿が鮮明に脳裏に浮かぶ。
「“もらったのっ”」
「やっ」
「―――っ、いつの間にっ」
空中で身動きが取れないアンリにテレーズの魔法が襲うも、圧縮空気剣をふるって弾き返される。すれ違う瞬間に、ローズが手渡しておいたものだ。
「―――。“風巻け”。よし、行くよ、アンリエッタ」
「はいっ、ローズさん」
圧縮空気剣を自分用に再形成すると、危なげなく着地したアンリに目配せし、―――駆け回った。
「くっ、“このっ”、“このうっ”、“ちょこまかとっ”」
テレーズの気砲は剣で弾き、移動しながらこちらからも反撃する。一方が狙われればもう一方が背後を取るように走る。
さしもの学園最強テレーズも、学年次席と主人公の連係には少しずつ追い詰められ―――
「あうっ。……むうー」
ついに一発の気砲を受け、不服げに地表に降り立つ。
「やりましたねっ、ローズさん」
「ああ、君のお陰だよ、アンリエッタ」
ぱちんとハイタッチする。
「ぐぬぬぬぬ、何だか異様に息が合うわよねぇ、ローズとアンリエッタ」
「それにローズが駆け回るのに、あんなに付いていける子も初めてなのっ」
放課後の演習場。
ローズ・アンリペア対テレーズ・トリアペアで行われたチーム戦は、前者の勝利で終わった。
距離を取って素早く強力な魔法をぶつけ合う伝統的な魔法戦と違って、最近の学園のトレンド“機動戦”は運動能力や反射神経が大きな武器となる。テレーズもトリアも人並み以上には動ける方だが、機動戦の第一人者ローズと身体能力は男の子のアンリにはさすがに敵わない。
「ローズ、次は私と組むのっ」
「あー、ごめん、テレーズ。この後ちょっと用事があってね、僕は少し抜けるよ」
「ええっ、またなのっ?」
「ローズってば、最近いっつもそんなこと言って途中で抜けるけど、用って何なのよ?」
「えっと、また学園長先生に呼び出されてて」
「……ふ~ん、お母様がねぇ」
「じゃあどうしましょうか? 今日はエリカさんも生徒会のお仕事ですし、一人あぶれちゃいますね」
「なら私が一人で二人とも相手してやるのっ。トリア、アンリエッタ、まとめてかかってくるといいのっ! “飛翔”っ!」
「ぬぬぬっ、舐めてるわねぇ、テレーズ。特にあたしをっ」
「ああっ、トリアさんっ、一人で突っ込んで行ったら―――」
「……それじゃあ、僕は行くよ」
賑やかな演習場に少々後ろ髪を引かれながらも、後にする。足を向ける先は当然校舎裏だ。
いつもの人気のない一角に至り、藪をかき分け―――
「―――遅れてごめん。さっそく今日も始めようか」
「はいっ。……いきますっ! ―――――。――――。――――――。“力よ”」
気合十分、ジャンヌが無属性魔法を行使し始める。
今日も今日とてヒロイン達とのダブルブッキングである。王子様キャラの面目躍如と言う感じで、案外この状況を楽しんでいるローズであった。
「い、今の、ちょっと良い感じじゃありませんでしたっ? ほらっ、草が揺れて」
「……うん、良い感じだね」
「やった」
にっこり微笑む。
鼻息荒く意気込んだその“鼻息”のせいだよ、とは言えなかった。
「続けますっ。―――――。――――。――――――。“力よ”。―――――。――――。――――――。“力よ”。うぅっ、く」
「おっと」
「す、すいません」
ふらついたジャンヌを抱き留める。
「少し休もうか」
寄り添い、木陰へと導いた。
「失礼するよ」
ハンカチを取り出し、額に浮いた汗を拭ってやった。
「す、すいません。あ、洗って返します」
「そんな必要ないよ。ジャン君は何も気にせず、今は身体を静かに休めて」
「は、はい。…………そ、その、ローズ様は、どうして僕なんかにこんなに良くしてくれるんですか?」
しばし言い付け通り黙り込んだジャンヌだが、我慢できないと言う感じで尋ねてくる。
「別にそんなにたいそうなことをしてあげてるつもりはないんだけどね。まああえて言うなら、僕はいつだって頑張る可愛い子の味方でいたいからね」
「か、可愛い子って、……僕、男ですよ?」
「男の子だろうと可愛いものは可愛いじゃないか」
「…………」
ジャンヌが真っ赤な顔でうつむいてしまう。
「それとジャン君、前にも言ったけど“僕なんか”って言葉はあまり使わない方が良い。そういう言葉は無意識に自分の心を縛り付けるよ」
「すっ、すいません。その、口癖みたいになってて」
「分からないなぁ。君ほどの美貌の持ち主が、何だってそう自分を卑下しちゃうのか」
「……」
ジャンヌは赤い顔をさらに赤らめる。
極端に自分に自信のない少女だった。原作でもよく“僕なんか”と口にしたり、“ワタシなんか”と胸中で自嘲していた。まあ彼女の出自―――と言うか設定―――を思えば無理もない話ではある。
主人公抜きで幸せになってもらうためにも、もう少しジャンヌには自信を持ってもらいたいのだが。
「そうだ、じゃあ今度から“僕なんか”って言うたびに何か罰ゲームをしてもらおうかな」
「ば、罰ゲームですか?」
「うん。何が良いかなぁ? ……そうだな、君の方からぎゅうっと抱き付いてもらおうかな?」
「ええっ? だ、抱き付くってローズ様にですか?」
「うん、いつも僕に抱き留められる度にずいぶんと恐縮してるみたいだからさ、ならそのお返しってことで。罰と言うか僕へのご褒美みたいになっちゃうけど」
「い、いや、それはローズ様がされるからご褒美になるのであって、僕なんかがしても―――、あっ」
「ふふっ、さっそく一回目が出たね。さあっ―――」
両腕をガバッと開いて見せる。
「うぅ~~、……え、えいっ」
ジャンヌはしばし視線を彷徨わせた後、小さな掛け声で思い切ると抱き付いてくる。
首筋まで真っ赤に染めたジャンヌが実に可愛らしい。と言うかエロい。
サラシでぎっちぎちに締め付けられた爆乳はただただ固いばかりなのだが、ゲームでの甘々でエロエロな艶姿を知るためか、匂い立つような色香を感じずにはいられない。
「お、お終いっ。えへへ」
ぱっと離れる。照れた笑顔がまたエロ可愛い。
ローズが悦に入っていると―――
「―――あっ、ちょっと、テレーズ、そんな前のめりになったら」
「トリアこそ押し過ぎなのっ」
藪の中から騒々しいやり取りが聞こえて来た。
「わわっ」
ややあって声の主二人が、身体をもつれ合わせて転げ出てきた。
「いったぁ」
「痛いのはこっちなのっ。さっさとそこをどくの、トリア」
「ちょっと、だから痛いってば」
「もうっ、邪魔なのっ。“飛翔”。―――ローズっ、こんなところで男の子と二人っきりで何をしてるのっ! 抱き合ってるの見たんだからっ!」
トリアを強引に振り落とし、ひとっ飛びでテレーズが距離を詰めてきた。そして、ギロっとジャンヌを睨む。
睨まれたジャンヌはと言うと、キラキラした目でテレーズを見つめ返している。
“うわぁ、無詠唱で飛翔魔法だぁ”と言ったところか。魔法使いに憧れる少女というのは、つまるところ魔法オタクでもあるのだ。
「あーあ、見つかっちゃったか。まあ、たぶんそろそろ来る頃合いかな、とは思ってたけど」
「大丈夫ですか、トリアさん」
申し訳なさそうな顔で藪から姿を現したアンリが、トリアに手を貸した。
エリカの姿が見えないが、まだ生徒会の仕事だろう。彼女がいればこういう時ストッパーに―――なってくれるとも限らないか。
「テレーズ、ちょっとそこをどきなさい」
ロリっ子をぐいーっと押しのけ、ツンデレが前に出る。
「……ロっ、ローズっ、もしかしてその子に魔法を教えてるの?」
トリアはいたく狼狽した様子で問う。どうやらだいぶ前から覗いていたらしい。
「うん、実はそうなんだ」
正直に答える。
別に隠すつもりもない。ばれたならばれたでそれはそれで面倒が少なくて済む。
「ま、まさかっ、この前の話、本気だったわけ?」
「この前の話?」
「あ、あたしの先生をやめるって話よっ」
「あ、あー、なるほど。それで心配してたのか」
「ど、どうなのよっ? あたしのこと捨てるの? もう愛想尽かしちゃった? ジャン君の方が良いっ? そりゃあ可愛いけどっ、でも男の子よっ?」
「お、落ち着いて、トリア。前にも言ったけど、君の先生はちゃんと続けるさ」
「ほんとぅ?」
「ああ」
「ほんとにほんと?」
「あ、ああ」
「ほんとにほんとにほん―――」
「大丈夫、本当だって。僕が一度でも君に嘘をついたことがあったかい?」
「それは、……けっこうあったような気がするんだけど?」
「うん、僕も言っててそう思った。でもこれに関しては本当」
「……し、信じるわよ?」
「疑り深いなぁ」
「だ、だって―――」
「―――トリア、いい加減交代“なのっ”」
「わぷっ」
強風がトリアを襲った。いつものことだが今日この場には―――
「きゃっ、きゃあぁぁあっ!?」
ジャンヌがいた。
給仕の制服は魔法戦を想定して作られていない。つまり耐魔法術式を備えていない。
余波を喰らったジャンヌは、直撃したトリアよりも盛大に吹き飛ばされる。
「―――っ、いててっ」
「大丈夫ですか、ジャンく、ん?」
いち早く駆け寄ったアンリが息を呑んだ。身を起こし、地面にぺたんと女の子座りするジャンヌの姿に。
強風に給仕服はまくり上がり、その下のサラシも乱れ。結果、抑圧され続けて来た豊か過ぎる双丘が解放の時を迎えていた。
かくして早々に―――原作ではまだ登場すらしていない時期に―――、男装隠しヒロインは正体を露見させたのだった。




