第41話 王子様系TS少女は男装隠しヒロインを攻略にかかる その2
「やあ、待たせてしまったかな、ジャン君?」
「いいえっ、僕もいま来たところです、ローズ様っ」
藪をかき分け声を掛けると、ジャンヌは一瞬びくっとした後で微笑んだ。
放課後―――ジャンヌに取っては仕事の休憩時間―――の秘密特訓もこれで五日目。当初は恐縮しきりだった彼女もだいぶローズに慣れてくれた。
「それじゃあ、さっそく始めようか」
「はいっ。―――――。――――。――――――。“力よ”」
ジャンヌが突き出した杖の先端からあるか無きかの、と言うかほとんど感知出来ない“何か”が放出される。
魔力を魔力のまま操る無属性魔法である。
魔力を一度火や水に変換する通常の魔法の発動には一定量の魔力が必要不可欠だが、ただ魔力を魔力のまま放つのであればその限りではない。
「―――っ、うぅっ、すいません、ローズ様」
「良いんだよ。少し休もうか」
ジャンヌが杖を取り落とし、自身もその場に崩れ落ちそうになるのを抱き留めた。魔力切れである。そのまま木陰まで肩を貸し、座らせる。
魔力の大小はほぼ生まれつきと言って良いが、訓練次第で多少の増加は見込める。
魔力と言うのは魂の筋肉みたいなものだ。生まれつきの骨格によって搭載できる筋量には限度があるし、筋肉の付き易さにも個人差があるが、それでもトレーニングを続ければ“その人なりの最大”には辿り着く。
訓練方法も筋トレと似たようなもので、“魔力を消費し、それを自然回復させる”を繰り返すことだ。要するに魔法を使いまくればそれがそのまま訓練にもなる。
日常的に魔法を行使している学園の生徒達は言うなればトップアスリートのようなもので、今さら魔力の大幅な増加は望めない。
一方で最初級魔法すら使えないジャンヌはその点まだまだ伸びしろがあると言うことになる。が、魔法を発動出来なければ魔力を消費することも出来ないわけで、それでは鍛えようがない。
そこでローズが考えたのが無属性魔法だった。我ながら妙案ではあるのだが。
―――これは難儀しそうだぞ。
本来ならこの魔法は魔力をある種の力の塊として放出する。イメージとしてはゲームや漫画でお馴染みの○○○波、と言うのが近いだろうか。
例えば先日ローズがお手本として軽くやって見せた時には、木を打ち、枝葉を揺らすくらいの威力があった。
が、ジャンヌが渾身の魔力を込めた魔法は、そよ風ほどの効果も生んでいない。杖先に手を当ててみて、初めて“何かが出てる、かもしれない”と感じ取れる程度だ。
そもそもこれだってジャンヌに取っては念願の魔法を使っているには違いないのだが、彼女が何の達成感も得ていないのが全てを物語っていた。
「……ふうっ、もう一度やります」
幸いなのはそれでも訓練を続ける気は十分なのと、魔力が少ない分だけ回復に掛かる時間も短くて済むと言うことだった。
「―――っ、ううっ、度々すいません、ローズ様」
再び身体をふらつかせたジャンヌを抱き留める。
「謝る必要はないよ。そもそも僕が提案した練習法なんだし。……役得もあるし」
「はい?」
「何でもないよ。さあ、座って」
サラシでぎっちぎちに巻かれて爆乳の感触こそないが、抱き寄せた小さな身体が実に愛らしい。
「ふうっ。で、でも今の、さっきよりもほんのちょっとだけ強くなってませんでしたか?」
「ああ、そうだね」
特にそんな印象はなかったが、ローズはとりあえず力強く頷いておいた。
「―――じゃあ、今日はこの辺りにしておこう」
その後も何回かジャンヌを介抱したところで特訓終了を告げる。
「はい」
「それと、約束は覚えているよね? 一人では―――」
「はい、―――やりません」
繰り返し魔力切れを起こしているわけで、付き添う者がいないと危険だった。
魔力切れ自体はそれが直接の原因で命を失ったり身体を悪くすることはないが、転倒して頭を打ったり、気管に何か詰まらせたりといった危険は常に伴う。
―――果たしてこのままこの方法を続けているだけで上手くいくものかな?
ジャンヌと別れ、放課後の校舎裏を歩きながらローズは首をひねる。
これまで原作知識を活用し―――時に振り回されながら―――少女達の問題を解決し、心を掴んできた。が、ジャンヌに関しては正解がない。
まほ恋は基本的に少女達が夢や目標に邁進し、時に挫折を経験しながらもそれを実現させる物語だ。
エリカルートでは“お姉さま”の座をアンリに奪われるも、それで優等生の軛から解き放たれた彼女は魔女として一層高みへと登り詰める。
トリアルートでは魔法少女として一歩一歩着実に成長を続け、ついには女王の後継者としての道を歩き出す。
テレーズルートでは魔法戦で強さを示し続けた彼女は、紆余曲折を経つつも母親との和解を果たす。
ジャンヌルートはそんな中にあって異質である。
彼女の魔法使いへの憧れは叶うことがない。結局初級魔法すら発動させることが出来なかった彼女は、心の傷を慰めるようにアンリとの恋へ走る。
共依存的で退廃的。その分だけ甘々でエロエロ。それが彼女のルートなのだ。
「―――あっ、ローズっ!」
思案しつつも足を進めていると、演習場へ辿り着いた。テレーズが飛び寄り、抱き付く。
「どこに行ってたの? 最近、放課後になるとすぐいなくなるのっ」
「ああ、ちょっと学園長先生に呼ばれてね」
「むう」
伝家の宝刀を抜くと、テレーズが押し黙る。もちろん出まかせだが、これで大抵の追及はかわすことが出来る。
「テ、テレーズっ! だっ、だからあんたっ、勝負の途中でいきなり抜けるんじゃないわよっ。わっ、わわわっ、くうっ」
チーム戦の最中であったらしく、例によって仲間に抜けられ一人となったトリアに攻撃が集中する。すっかり親しくなった分、アンリも容赦がない。
「――――。―――。―――――。“火焔砲”。……やったわっ」
「おっ。……いや、惜しい」
トリアは地面を転げまわり砂まみれになりながらも攻撃を凌ぎ、中級魔法を発動させた。
放たれた巨大な火球は対峙するアンリとエリカ、二人を掠めるようにしてちょうどその中間を抜けていった。
そして火焔砲の発動成功に気を良くし、にへらと締まりなく笑う顔面に―――
「“石弓”」
「ふぎゃっ」
土の塊がぶち当たり、ゴロゴロとトリアは転がっていった。
「くう~~~っ、いったあぁっ」
秒で立ち上がり、トリアがうめく。
「う~ん、トリアはしぶといの」
絵面はかなり惨い感じだが、制服の耐魔法術式―――さらにトリアのものには女王直々に思いつく限りの防御魔法が重ね掛けされている―――は着用部位ではなく着用者そのものを守る。顔面も効果範囲内だ。
それでも当然痛いものは痛いだろうが、そこは誰よりも打たれ慣れているトリアだった。―――王女なのに。
「もうっ、ちょっとやり過ぎじゃないっ、エリカ?」
皆でこちらへ向かってきながら、トリアが文句を付ける。
「大丈夫ですよ、いざとなったらアンリエッタさんの回復魔法がありますから」
「確かに。……いやいや、そうじゃなくって、仮に怪我は治ったとしても痛いじゃないのっ」
「まあまあ落ち着いて、トリア。エリカもそれほど余裕がなかったと言うことだよ。とっさに得意属性の土魔法を使っちゃうくらいにね」
耐魔法術式は属性ごとに効果に差がある。
具体的に言うと火や風には強いが、水や土には弱い。魔力を打ち消しても物理的に水や土の塊が叩きつけられる衝撃が残るからだ。
制服に仕込まれた術式は優れものでその衝撃すらもある程度相殺してくれるのだが、完璧ではない。
だから練習で魔法を直撃させる時には、エリカはあえて得意属性の土ではなく火や風を使う。それだけの余裕が普段の彼女にはある。
「えっ、それ本当? ……ちょっとエリカ、どうなのよ? 黙ってないで答えなさいよ」
「…………まあ、そういう面も無くはないと言っておきましょうか」
エリカはローズの言葉を認めた。すっごく不本意そうな顔で。
原作と比べるとかなり丸くなった彼女だが、プライドの高さは変わらない。
「―――っ、やったっ、あのエリカをビビらせてやったわっ!」
「い、いや、そういうわけではっ。ちょっと驚いただけと言うか」
「それをビビったって言うんじゃないのっ」
「ぐっ」
珍しくエリカがトリアに言い負かされた。
「しかも二対一だったわけだし。これはもう実質あたしの勝ちと言っても過言じゃないわよねっ」
「いや、それはさすがに言い過ぎだよ」
「何よー、水差さないでよ、ローズ」
「ふふっ。でも勝ちは言い過ぎにしても、見事だったよ、トリア。二人掛かりの猛攻をしのぎながら三小節で火焔砲だなんて。正直、僕だって出せるかどうか」
「そ、そうよねっ。やっぱりすごかったわよね、あたしっ。ねっ、アンリエッタ?」
「はい。私はエリカさんみたいにとっさに反撃することも出来ませんでした」
なんだかんだ言っても、トリアは確実に成長している。
飛竜との実戦を経たのも良かったのかもしれない。彼女は本番でこそ力を発揮するタイプだ。
「これはそろそろ僕の先生役もお役御免かな?」
“ちょうど新しい教え子も出来たことだし”とは心の中だけで付け足した。
「なっ、何言ってるのよっ、そんなのダメよっ」
トリアが飛びついてきた。先客をぎゅーっと押し潰して。“捨てないで捨てないで”と言う上目遣いで見上げてくる。
「あたしはまだまだローズに教わることがあるんだからっ。途中で投げ出すなんて無責任じゃないっ」
「いやでも、そもそも最近は魔法戦の相手をしたりするだけで、手取り足取り教えるって感じじゃなくなってただろう? もちろん、先生と教え子を卒業してもこれまで通り魔法戦には付き合うよ?」
「ダメダメっ、いまさらそんな勝手は許さないわっ。そ、そうだっ、お母様だって認めないわよっ。女王と王女の命令なんだからっ。ローズは一生あたしの先生よっ」
トリアが権力を笠に着るような言い方をするのは珍しい。それも冗談ではなく本気の口調でとなると記憶する限り初めてだ。
そうまですがりつかれて悪い気はしない。元々つい言ってみただけで、やめたかったわけでも無し―――
「―――分かった、分かったよ。臣下として謹んでご命令に従います」
「よ、よかったぁ。もうっ、びっくりさせるようなこと言わないでよねっ」
「……私よりもよほどビビってますね。なるほど、ローズさんの一言はトリアさんにとって自身の会心の魔法よりも上ですか」
「ちょっとエリカ、やめてよねぇ。そんなんじゃ―――」
「―――“いい加減にするのっ”」
「きゃあっ」
トリアが強風にふっ飛ばされた。
「ローズのおっぱいが気持ち良いからしばらく黙ってたけど、さすがに息が苦しいのっ。トリアは私を殺す気なのっ!?」
「テレーズっ、あんたねぇっ、元はと言えば途中で試合放棄したあんたが全部悪いんでしょうがっ」
「そのお陰でローズに良いところ見せられたんだから、感謝して欲しいくらいなのっ」
「するわけないでしょーがっ」
いつも通りの口喧嘩は、最後には魔法戦で決着と言うことになり、―――トリアはせっかく付けた自信を神童に粉々に打ち砕かれるのだった。




