第32話 ツンデレど根性ヒロインは無い胸を張る
「あっ、ローズっ」
食堂での一幕を終え、午後の授業は高等部二学年全クラス合同での野外演習だ。
校外への移動中、トリアがローズ達に気付いて寄ってきた。
「やあ、トリア。せっかくだ、一緒に行かないかい?」
「仕方ないから付き合ってあげるわ。―――べ、別に嫌々ってわけじゃないけどっ」
「はいはい、分かってるよ。さっ、行こうか。そっちの君達も」
トリアの陰に隠れるようにしているのは、C組での彼女の友人達である。
いずれもローズ達と同じクラスになったことこそないが、初等部からの十年余りを同じ学び舎に通っている。顔と名前、おおよその人物像くらいは把握している。
如何にも育ちの良さそうなのは侯爵令嬢。五爵―――公・侯・伯・子・男―――の第二位。ファリアス魔導王国では公爵は王家から分かれた数家に与えられているのみだから、侯爵は臣民としては最高の位階である。
その隣、人当たりの良い笑みを浮かべているのは男爵家の御令嬢。下級貴族だが豪商としても知られていて、爵位では計れない力のある一族だ。
最後の一人、トリアの陰に隠れる二人のさらに背後に隠れるようにしているのは平民出の少女だ。学園には平民の生徒もそれなりにいるが、C組所属となるとかなり珍しい。一般に高位貴族ほど魔力は強いものだし、必然的に魔法教育の水準も違う。つまり学年平均のC組まで至れた彼女は才能があり、とっても努力家でもあるということだ。
さすがはトリア、なんともバラエティーに富んだ面々を集めている。
「その、私達もご一緒してよろしいのですか?」
三人を代表して答えたのは侯爵令嬢。
お約束通りと言うべきか、一人称の“私”も“わたし”ではなく“わたくし”だ。
「もちろんさ。三人とも、トリアといつも仲良くしてくれてありがとう」
「いえいえ、そんな、とんでもない。こちらこそヴィクトリア殿下には仲良くして頂いております」
「ちょっと何よー、その挨拶。それじゃあまるでローズがあたしの親とか、その、……こ、恋人みたいじゃないのっ」
単に個人教師としての挨拶のつもりだったのだが、トリアが真っ赤な顔で反応する。
「トリア、うぬぼれ過ぎ。ローズとトリアじゃぜんっぜん釣り合わないの」
「テレーズ、あんたはいっつもいっつもそうやってあたしを馬鹿にして、―――って、あんたまだやってるわけ?」
トリアは声の主の所在、―――ローズのブレザーの下にもぐり込んで腰にぎゅうっとしがみ付いたテレーズに気付く。
「別に何もやってないの。こんなのただの普段通りなの」
すりすりとローズの脇腹に頬を擦りつけながらテレーズは答える。
「普段通りってあんた。……いやまあ、普段通りと言えば普段通り、なのかしら?」
「ど、どうかな?」
視線で問われるも、ローズは答えを濁す。
シャツの薄い布越しにぷにぷにのロリほっぺや、時にちゅーちゅーと吸い付いてくる小さな唇を感じる。―――さすがにどう考えても普段通りとは言えない。
一度スイッチの入った“甘えた”は、アンリへの対抗心を治めてなお簡単には鎮まらないらしい。
「テレーズ、馬車に乗るよ。いったん離れて」
「うー」
校門を出ると、そこからは六頭立ての幌馬車に分乗しての移動となる。
「さっ、テレーズ。さあ、みんなも」
一番に荷台に乗り込むと、少女達をエスコートする。
テレーズは当然と言う顔で、トリアはちょっとすました様子で、トリアの友人達はきゃーきゃーと楽しそうに、エリカはちょっと迷惑そうな顔でローズの手を取る。
「さっ、アンリエッタ」
「は、はい」
最後のアンリは気恥ずかしさや困惑、そんなものがないまぜとなった何とも言えない顔付きだ。
―――う~ん、どうにも反応が良くないなぁ。
昨日の間接キスは大当たりだったのだが、今日のところは外してばかりだ。さすがは主人公、一筋縄ではいかないか。
「さて、アンリエッタは初めての野外演習だね」
「はい。王都の外まで行くんですよね?」
走り出した馬車から街並みを見やりながら、アンリエッタが言う。
「うん。野外演習場、要するに王都の北に広がる荒地とか山林とかまでね」
「魔物が出ることもあるから気を付けなさいよ、アンリエッタ。まあ今日のところは、何か出て来てもあたしが守ってあげるけどっ。ローズ達もいるしっ」
「ありがとうございます、ヴィクトリア殿下。……でも、王都の近くにも魔物って出るものなんですね」
「そっか、アンリエッタって王都生まれじゃないんだっけ。いやでも、そんなの当たり前じゃない?」
「そうなんですか? 私の生まれた地方では、領主様の住む都は魔物がほとんど現れない安全な土地にありましたけど」
生粋の王都っ子のトリアと地方育ちのアンリがいっしょに首を傾げる。
「それに関しては、この国の成り立ちが関わってくる。―――と、言えばアンリエッタにも答えが分かるんじゃないかな?」
原作でも王都が魔物の群れに襲撃される展開はあった。魔法大国であり、すなわち軍事大国であるファリアス魔導王国のザル過ぎる警備網に違和感を抱いたものだが、生まれ変わってこの国の歴史を学んだことで事情が呑み込めた。
建国史は魔法学園の必修科目に含まれているから、転入試験で好成績をおさめたアンリなら少なくとも知識としては把握しているはずだ。
「……あっ、そうか。たしか王都って元々」
「そう、かの人魔戦争で戦の最前線に建てられた要塞、それが王都の前身なのさ」
「確か国父様がご活躍になられた土地で、戦後にそのまま領地として与えられたんでしたよね」
「そういうこと。それが我がファリアス魔導王国のはじまりよ」
トリアがふふーんとしたり顔で胸を振る。
―――“国父”ヴィルヘルミナ・ファリアス。
二百年続いた人魔戦争最大の英雄であり、魔導学の祖であり、魔法戦闘論の提唱者にして優れた実践者。そしてこのファリアス魔導王国の初代女王。その功績を数え上げればきりがない。
とはいえ聖人君子とは程遠い破天荒な女傑でもあり、英雄色を好むを地で行き数多くの“女”達と浮名を流した。女帝でありながら国“父”の異名をとるのも多少の揶揄を含む。
まあ、学園のお兄さまなどと呼ばれているローズとしてはただただ尊敬するばかりだが。
「そういうわけで、協定が結ばれた今でも王都は魔族領とは程近く魔物が侵入してくることがあるし、瘴気がたまって新たに魔物が発生することもある」
「もっと安全な土地に王都を移したりはしなかったんですね」
「まあ、検討されなかったわけではないみたいだけどね。でも知っての通り、女王陛下は我が国の、というより人間世界の最強戦力だからね。魔族との境界近くに王都があると言うのは、そういう意味で理には適っているのさ」
「王都は我が国、ひいては人類の盾であり、矛なのよ。アンリエッタも学園に入学した以上はその一翼を担うと言うことを心に留めておいてよね」
トリアはまたも胸を張った。
「はいっ」
「ぷぷっ、トリア、なんだかえらそーなの」
アンリが神妙な顔で首肯し、テレーズが鼻で笑う。
「テレーズ、あのねぇっ、あたし、王女なのっ。えらそーなんじゃなく、えらいのっ。分かる?」
「そういえばトリアって王女だったの。すっかり忘れてたの」
「あんたねぇ」
「―――あっ、そうか。国父様ってヴィクトリア殿下の御先祖様に当たるんですねっ!」
そこでアンリが、今思い付いたと言う顔で叫ぶ。
「な、何よ、そんなの当り前じゃない」
「いや、ヴィクトリア殿下、親しみやすい人柄なものですから、その、つい」
「つい、何よ? まさかあなたまであたしが王女だって忘れてたわけっ?」
「い、いや、忘れたわけじゃないんですが、頭の中で上手く結びつかなかったと言いますか。―――すっ、すいません」
アンリがばっと頭を下げる。テレーズのはからかい交じりの冗談の類だが、こちらは本気のテンションだ。
「アンリエッタ、あなたねぇ」
「威厳の足りないトリアの方に問題があると思うの」
「きぃーっ、ちびっこが生意気にっ」
テレーズとトリアのいつもの言い合いが始まった。
―――しかし、驚いたな。
今の会話、テレーズが明らかにアンリを庇った。
後輩を守るのは先輩の役目とでも言ったところだろうか。
ただの出まかせで口にした台詞だが、アンリと行動を共にすることは確かにテレーズの成熟に一役買ってくれるかもしれない。
「ん? ローズ、なあに?」
思わずテレーズの頭を撫でると、くすぐったそうに目を細めた。
「ふふっ、何でもないよ」
「ん」
手を引こうとすると、ずいと頭を突き出された。催促に答え、なでなでを継続する。
「ちょっとローズ、何で今の流れでテレーズを可愛がってるのよ。褒めるところじゃないでしょうがっ」
「ふふっ、ごめんごめん、良かったらトリアにもするかい?」
空いたもう一方の手を差し伸べるも―――
「―――け、けっこうよっ。テレーズみたいなお子ちゃまと一緒にしないでよねっ」
C組の友人達に窺うような視線を送った後、ツンと突っぱねられた。
「今、ちょっと迷いましたね」
「そうですね」
「ちょっとエリカっ、言い掛かりはよしてよね。アンリエッタまで一緒になって」
トリアが叫び、くすくすとC組の生徒達からも笑いが漏れた。
そこに王女に対する遠慮のようなものは見受けられない。C組でもトリアのちょっと残念な立ち位置はあまり変わらないらしい。
いや、これだけ遠慮なく軽口を叩かれる王女と言うのもすごい。皮肉でも何でもなく。
―――やっぱり油断ならないな、トリア。
昨日たった一日でアンリとすっかり打ち解けてしまっている。
クラスは別、王女と平民というこれ以上ない身分差で、普通なら一番縁遠いはずの二人なのだが。アンリを攻略する上で最大の障壁となるのは、やはりトリアか。
「ん? どったのローズ? 真面目な顔しちゃって」
警戒の視線を向けると、恋のライバルは可愛らしく小首を傾げた。




