第277話 王子様系TS魔法少女は送り出される その2
「ローズ様、アンリ様っ、次は私と撮影お願いしますっ」
「私もっ、私もお願いしますっ!」
式典に続いて行われた卒業生を送る会では相変わらずローズとアンリは大人気だった。
「ちょっとこれ、いくらなんでもすごすぎませんか? 去年だってここまでは」
「そりゃあね。去年は卒業生と一部の在校生だけだったけど、今年は在校生全員がこれを最後の機会と集まってくれてるわけだから。―――あ、ごめんね、制服のボタンはもうみんなあげちゃったんだ」
「なるほど。―――あ、僕ももうボタンは無くて。え~と、え~と、あ、そうだ。詰まらないものだけど、良かったら代わりにこのペンでも」
「まあっ、アンリ殿下のご愛用の品をくださるんですかっ! なんと光栄なっ! 大事に飾らせて頂きますねっ!!」
「いや、愛用品っていうか、ただの生徒会の備品―――」
「ええっ!? アンリ殿下の私物をプレゼントして頂けるんですかっ!?」
「はいはいはいっ、私も何か欲しいですっ!」
ただでさえ周囲を取り囲んでいた生徒達が、さらに遠慮なしにどっと押し寄せてくる。
「あちゃ~、やっちゃったね、アンリ。そういうのはボタンみたいに分かりやすく個数が決まってるものにしないと。これはちょっと収拾が付かないかも」
「ううっ、ど、どうすれば……」
結局現役員にお願いして生徒会の備蓄を“アンリ殿下ご愛用品(未使用)”として大放出してようやく混乱は収まるのだった。
「ふぅ、怪我の功名と言うべきか、ちょっと人がはけたね」
「はい」
まだ積極的に出れない子―――主に初等部の生徒達だ―――が遠巻きにこちらを伺っているが、彼女達にはおいおいこちらから声を掛けるとして―――
「一度皆のところへ合流しようか。エリカ達はどこだろう―――」
と、探すまでもなく、騒がしい声が聞こえて来た。ローズ達は足を向け掛けて―――
「ふっふ~んっ、これで晴れて学園を卒業したわけだし、ローズはアンリと結婚してあたし達は姉妹になるんだからっ。悪いけど赤の他人のエリカとジャンヌはお呼びじゃないのよっ」
「そうなのっ! ローズはついに私のお姉ちゃんになるのっ!」
「ふっ、今のうちに言っておきなさい。すぐに私達も家族の仲間入りを果たしますから」
「そうですっ。私達が側室入りした暁には、小姑の皆様の好きにはさせませんよっ」
―――顔を見合わせて足を止めた。
また荒れそうな話題に、ここは下級生達にならって遠巻きに様子を伺うことにする。
「こ、小姑って。ふんっ、姉妹の絆を甘く見ていると、仮に入り込めても追い出されるのはそっちの方になるわよっ」
「ふっ、それはどうでしょうね?」
「な、なによ、エリカ? その余裕ぶった表情は」
「ふふっ、私は最近気が付いたのです。下手な姉妹や家族の絆なんかより、幼馴染の絆は勝るとっ」
「はあっ!? そんなわけないでしょっ、こっちは姉妹なのよっ」
「そうなのっ! 姉妹の絆は最強なのっ!」
「果たしてそうでしょうか? あなた達とローズさんの姉妹の絆は、しょせんアンリさんとローズさんの婚姻関係に起因するもの。恋人や夫婦が別れるなんてよくあることではないですか?」
「それはっ」
「くっ、確かになのっ」
痛いところを突かれたと、トリアとテレーズが勢いを弱める。
「……いや、僕たちが別れる前提で納得するのやめて欲しいんだけど」
「……そうですよ、僕らは絶対別れたりなんてしませんっ。一生一緒ですっ」
本人達には聞こえないひそひそ声の突っ込みにアンリが同意する。
エリカの暴論には困ったものだが、アンリの良い発言が聞けたので内心にっこりのローズであった。
「まあ、仮にお二人は別れないとしましょう。別れられるとこちらの計画も狂いますし」
こちらの声が届いたわけでも無いだろうが、エリカがいったん主張を引っ込める。
「―――ですがそもそも、王侯貴族においては家族の絆など脆いもの。むしろそれ故にいがみ合うことすらあるのはトリアさんならよくご存知でしょう? 貴方のところは親子ですらいがみ合っていますし、親世代の姉妹の不仲が貴方にも大きな影を落としたではないですか」
「うぐっ、そ、それはそうだけど。でもあれは、お母様の人格に問題があるっていうか」
「そ、そうなの、私とローズだったらそんなことにはならないの」
現役で親とそりの合わないトリアはもちろん、長く親子関係に悩んだテレーズも反論に力がない。
「その点、幼馴染は違いますっ。たまさか同じ家に生まれただけ、たまさか婚姻で結ばれただけの兄弟姉妹家族とは違い、幼馴染は自ら掴み取り、長く育んだ友情に支えられた関係っ。今さら仲違いするなどあり得ないのですっ!」
「いっ、いやっ、そうとも限らないんじゃないっ!? 十年来の親友同士がちょっとした切っ掛けで絶縁なんて話、たまに耳にするものっ」
「そうなのっ! 幼馴染は仲違いしたらそれでお終いなのっ。姉妹と違って何の後ろ盾も無い脆い絆なのっ!」
「ふっ、何を馬鹿なことを。いまさら仲違いなど、私とローズさんに限ってあり得ません」
「ちょっと、それはズルいでしょうがっ! それ言い出したらあたしだってローズと仲違いなんてしないわよっ」
「私とローズは一生仲良しなのっ!」
「あの~、それじゃあこの際、一番強い絆は恩人ってことでどうでしょうか? この先何が起こったとしても、私がローズ様に受けた恩が無かったことに何てなりませんし。ローズ様から私が受けた恩は文字通り人生を切り開くものでしたから、一生掛かってもこの恩を返すことなんて出来ませんし。ここは一つ、私とローズ様の関係が一番一生ものだということで……」
「ジャンヌはそうやって、いっつもどさくさに紛れて一番良いところを取ってこうとするぅっ。卑怯よっ」
「そうなのっ! 汚いっ、ジャンヌは本当にそういうとこ汚いのっ!」
「まあっ、卑怯だとか汚いだとか、まるで皆様がローズ様の戦いを評するような御言葉を。やはりお似合いってことなのかしら、私達。きゃっ、照れちゃいますっ」
「あーもうっ、本当にあーいえばこういうのっ!」
「…………」
アンリに目配せして、その場をそっと離れた。
巻き込まれたら面倒なことになりそうだし、かと言って仲裁に入らないといけないくらい大事にもならない。いつものやつだ。
「ふふっ、皆さん楽しそうでしたね」
「……楽しそう、か」
「ローズさん?」
「いや、僕はね、前世の知識を利用してなりふり構わず何が何でも君を手に入れるって決めた時、一つ心に誓ったことがあるんだ。それは彼女達から君と結ばれる未来を奪う分、代わりに絶対僕の手でみんなを幸せにしてみせるって。今、全員楽しそうにいがみ合ってるってことは、その誓いは果たせたって思って良いのかな?」
「ええ、それはもうっ。勝手に断言しちゃいます!」
「ははっ、君が断言してくれるなら、こんなに心強いことは無いね」
「というかローズさん、その“まほ恋”でしたっけ? そのゲームの中ではどうだったとか、そういうの気にするのはもうやめにしませんか?」
「それは……」
ローズにとってある種人生の指針のようなものだった。いきなり気にしないと言うのは正直難しい。
「だって、前に言ってましたよね、“まほ恋”で描かれるのは僕らが高等部二年生の期間だって。もう僕らは、一年もそんなのとは関係ない時間を生きてるんですよね? どうでしたか、この一年は? 僕は二年生との時と変わらず、ううん、もっともっと楽しかったですよっ。ローズさんが一緒にいてくれましたから、…………その、恋人として」
「アンリ」
「生徒会の仕事をわざとちょっと遅らせて、二人で残って生徒会室で作業したのも、それをエリカさん達にブーブー文句言われるのも、楽しかったですっ。放課後デートのために皆を振り切ったのも、探して回る皆の目をかいくぐって手を繋いで街中を逃げ回ったのもっ、お母さんが近衛兵まで出動させるものだから大ごとになっちゃったのもっ。休日に何をするでもなく二人きりで過ごすのも、孤児院まで来てくれて弟達と遊んでくれたのもっ。―――あっ、隙あらば僕に女の子の格好させようとするのだけは、ちょっとどうかと思いますけどっ」
アンリは約束事を破らないし、案外負けず嫌いだ。勝負ごとに持ち込んで罰ゲームと言い張れば結構どんな服も着てくれることが分かったのは、この一年の大きな収穫だ。
「そーいうのは全部、“まほ恋”なんて関係ない僕とローズさん、二人だけの思い出じゃないですかっ。そしてこれから先もずっと、何をするにしたって僕達が自分で決めて、自分で歩くんです、一緒にっ」
「……そっか、そうだよね。もうとっくに、指針は失われていたのか」
ぶるっと震えが来たのは、道無き道を行く恐怖感か。それとも武者震いか。前者の可能性が高いが、でも大丈夫―――
「とりあえず、これからどうしますか?」
そう言って、アンリが手を取ってくれる。僕だけなら怖くて厳しい荒野も、僕達ならきっと平気だ。
「そうだね、とりあえずは、―――あそこ何とかしようか」
「ああっ!? いつの間にか校庭に砦が建ってるっ! それにあの飛んでるのは、テレーズっ!?」
「いつものやつだと思って放置してたけど、これで卒業とあって熱が入り過ぎたみたいだね」
ローズとアンリは仲良く手を取り合って、友人たちの元へと足を向ける。―――当然火に油を注ぐ格好となり卒業生を送る会はさらに混沌とするのだが、それもいつの日か楽しい思い出の一つとなるだろう、たぶん。
次回からエピローグ開始です。