第27話 王子様系TS少女はツンデレど根性ヒロインとの過去に思いを馳せる その12
「い、いえ、それはそのっ、言葉の綾と言いますかっ。陛下に危害を加えるつもりなんて、もちろんこれっぽっちもございませんっ」
―――い、言い過ぎたぁっ!
原作ではその場にトリアもいたし、何より主人公自体がこの世界唯一の男性魔法使いだ。多少生意気な口を利くくらいはお目こぼし頂けると言うものだ。
引き比べてローズは貴族の令嬢と言うだけで、女王にとってはそれこそ塵芥に等しい。何とも不用意な真似をした。
トリアを幸せにすると誓ったはずが、王姉殿下の件ではむしろ彼女の強さに助けられた。それで、我ながら変に焦ってしまったか。
「せっかくです、学園長として少し指導してあげましょう。―――拘束せよ」
「―――っ、んんっ!?」
身体に“何か”が巻き付いた。
目を凝らせばかろうじて視認出来るそれは、圧縮空気で作られた縄だ。いや、蛇と言った方が近いか。
蛇はぐるぐるととぐろを巻いてローズの手足を締め上げ、さらには口元も覆って呪文詠唱をも妨げる。
女王の魔法、―――ではなく、恐らくこれこそが王宮の防衛魔法。
「執務室を荒らすわけには行きませんからね。外へ出ますよ」
女王が立ち上がり背後の窓を開け放つと、ローズの身体は浮かび上がり―――
「ん、んんんーーーっっっ!!」
見えない力で放り出された。
執務室は王宮の最上階。窓の外は彫像に泉、木々に花々が配された庭園である。
落下先は、運が悪いことに舗装された石畳の上だ。
「―――っ!?」
叩きつけられる直前、ぴたりと身体が止まった。
「そんなに怖がらなくても、これで終わりになんてしないわよ。言ったでしょ、学園長自ら指導してあげるってね」
ふわりと隣りに降り立ったのは女王だ。こちらは自前の飛翔魔法のようだ。
「中庭を囲いなさい」
半透明の膜が生じ一帯が覆われた。風の障壁、ではない。もっと高度な何かだ。
「これで女王である私が許可しない限り、外からは中庭の様子が見えないし、聞こえない。そこらの魔法使いには侵入も脱出も出来ないわ」
これも王宮の防衛魔法。いや、防衛と言うよりもこれは。
―――侵入者を逃がさないためのものか。
ローズは今や袋の鼠。そして袋の中には猫、いや大虎が一緒だ。
「解放」
「―――ぷはっ」
圧縮空気の縛めが解け、ローズは地面に降り立つとぱっと女王から距離を取る。
女王はにこにこと上機嫌にすら見える笑みを浮かべている。まさに獲物をなぶる捕食者の顔だ。
この国最強の魔女アイリーン・ファリアス。
その強さは一国の軍事力に相当する。と言うよりも誇張無しにファリアス魔導王国の軍事力そのものだ。彼女の放つ魔法の一発は鍛え上げられた精鋭部隊も冴えた戦術の妙もまとめて焼き尽くす。
もう少し身近で分かり易く、ローズの身の丈にあった表現をするなら、原作主人公アンリがお話のご都合展開込みで初めて善戦を許される相手、と言うことになる。当時のアンリはすでにエリカを抑え学園のお姉様の地位にあり、つまりは高等部二学年首席に相当する実力を備えていた。
作中で女王に唯一黒星を付けるのはヒロイン中魔法戦最強のテレーズだが、それも学園祭の余興でのハンデ付きの模擬戦であり、胸を借りたと言うのが正しい。
―――うん、無理。
こちらはまだ中等部の学生で、主人公補正もヒロイン補正もないサブキャラだ。勝ち目などあるはずもない。
「いきますよ。“燎原”」
「“気砲”、―――く、ととっ、」
跳躍、そして同時に足元から上空へ向けて圧縮空気弾を撃ち出した。靴底に撃ち込まれた空気の塊は、ローズの身体を空高くまで押し上げる。
刹那、直前までローズのいた周囲一帯を炎が舐める。
“燎原”。火の上級範囲魔法だ。使用者を中心に大地を焼き払う。言うなれば焼夷弾を周辺にまき散らすようなものだ。
ローズは圧縮空気弾の上から―――小型のバランスボールの上に立つようにしながら―――、地上の地獄を眺める。
―――初手“燎原”、当たって良かったぁ。
原作知識に振り回されて女王の逆鱗に触れたばかりだが、その原作知識がかろうじてローズの命を繋いでくれた。
原作ではテレーズを女王に勝たせるため、メインキャラクター総出で作戦を練る展開がある。
トリアの記憶や過去の記録から導き出したのが、魔法戦における女王の初手だ。
通常なら集団戦で用いる上級範囲魔法“燎原”を、女王は一対一の魔法戦でも開幕と同時に無詠唱でぶっ放すのが常だった。
普通なら難易度的にも、魔力の節約のためにもまずは選ばない初手だ。それが女王に掛かれば挨拶代わりの一発である。いちいち狙いを付けるのも面倒だし、辺り一帯焼き払ってしまうのが手っ取り早いという精神なのだろう。
「あらあら、なかなか面白い避け方をするわね。“四重火焔砲”」
「くっ」
青白い火球はマーガレット会長へのお手本として撃ち上げられたものと同じ。
“火砲”の上位魔法、爆発を伴う炎の塊を射出する“火焔砲”、のさらに強化魔法。
ローズはバランスボール―――圧縮空気の上から飛び降りるが、すでに青の炎は眼前まで迫っている。
超高密度に圧縮されながら、なおも火球は巨大。体捌きでかわせる類のものではない。
「“風よ”」
吹き下ろしの強風で落下を後押しし、からくも炎から逃れた。
「“風よ”」
もう一度、今度は吹き上げる強風で落下速度を緩めると、まだパチパチと炎をくすぶらせる中庭に降り立った。
上空へ逃げた相手に対する、第二手の火焔砲。これもゲーム内での予想通りだ。
作中でテレーズはアンリとの特訓の結果、無詠唱で飛翔魔法を発動出来るまでに成長していた。燎原も火焔砲も飛んで回避している。ローズには、それも中等部一年の今のローズには当然不可能な方法だ。
要するに神童テレーズがばっちり対策を練って十二分に特訓をしてハンデまでもらって、それでようやく辛勝が許される相手なのだ。
「へえ、貧弱な魔力と低級な魔法で、よくもやるものね。なかなか良いわよ、ローズ・ド・ボーモン」
女王が微笑む。嘲りではなく、本気で感心した様子だ。
「いやいやっ、殺す気ですか、陛下っ?」
「ええ、娘の幸せの障害になりそうなものは除くわ。それが母の務め。それにあなた、この私を一発殴ると言ったのよ。本来なら不敬罪で近衛兵に捕らえさせているところよ」
「ぐっ、それは」
「心配しなくてもそんなことはしないわ。それどころか、特別に機会をあげる。―――さあ、魔法でもパンチでも良いわ。一発、やれるものならやってみなさい」
ずいぶんさらっと本音を明かしてくれたが、なるほど、初めから口封じをするつもりだったようだ。
逆らおうなんて気が起こらなくなるまで痛めつけるか、最悪本当に殺してしまっても構わないとすら思っているのかもしれない。
勝ち目はない。障壁を張られ、そうでなくとも飛翔魔法を使えないローズには逃走も不可能だ。なら―――
「陛下っ、トリアのあの魔力が暴発すれば、彼女の命だって危ない。だから、今後も僕にトリアの先生を続けさせてくださいっ」
何とか説き伏せるしかない。
「私が娘の身を危険に晒す愚かな母親だとでも? あの子の着る衣装には全て耐魔法に耐毒、耐刃、耐衝撃、おまけに状態維持の術式を施しているわ。貴方達の制服とは比べ物にならない、最上級の魔法をこの私手ずからね」
「くっ、そういうことかっ」
トリアのあの妙なタフネスの理由がそれか。水に濡れても強風に吹かれてもドリルが崩れないのもひょっとして状態維持の魔法の効果か。
「で、ですがっ、誰かが魔法を教えないと、トリアは学校で落ちこぼれのままになりますよっ」
「だから、それで良いと言っているのよ。魔法など強くなって、まかり間違って王になってしまったらどうするのですか? 玉座は娘を幸せにはしてくれません」
当の女王本人の言葉、まして王姉殿下との一件を知るだけに否定することはやはり出来ない。
「それでも、トリアはそれを望んでいますっ。陛下の跡を継ぐことをっ。子供の幸せを、勝手に決め付けるものではないでしょうっ。子供は母親の所有物じゃないんですよっ」
「先程から聞いていれば、分かったような口をっ。貴方が娘の何を知っていると言うのっ。そもそもあの子はもう、それを望んではいないわっ」
「そんなはずが」
「はっきりと言われたわよ。お母様みたいな魔女にあたしはならないと。……初等部の頃には、私のようになりたいとよく言ってくれたものだけどね」
女王はふんと鼻を鳴らす。
どうも結構本気で傷心らしい。王位を継がせたくないとは言っても、娘の憧れの女性では有りたい。何とも身勝手ではあるが、当然の親心ではあろう。
―――しかし、妙だな。
トリアは高等部二年生に当たる原作の時点ではっきりと母への憧れと、その後を継ぐ意思を示していた。
子供の頃からの夢を、そして後に再び抱く目標を、この時期だけ一度手放したのか。いや、それならそもそもローズに戦いを挑んだり、魔法の教えを乞いはすまい。
「んー、それっていつものツンデレでは?」
「……ツンデレ? 何です、それは?」
「ほら、トリアって口でツンツンしたことを言いがちじゃないですか。内心じゃデレッデレなのに」
女王相手に何を説明してるんだ、と思いつつ答える。
「なるほど、ツンデレ」
思うところがあったのか、しばし女王は考え込む。
「……いえ、違いますね。いつもの口先だけのツンではなく、あれはデレなど一切ない本気の拒絶でした」
さすがは賢王の呼び声高い女王。教わったばかりの言葉を早速使いこなしていらっしゃる。キャラにそぐわないこと甚だしいが。
「さあっ、問答はお終いです。意見があるのなら魔法で押し通しなさい。それがこの国、ファリアス魔導王国よ。―――そうね、本当に貴方が私に一発入れられたなら、貴方の言い分も一考くらいはしてあげましょうかっ」
女王は頭を振ると、気を取り直したように言い放つ。
初代女王からして“王位には魔法が最も強い者が就く”などと言い残していることからも察せられる通り、この一族は根が脳筋気質なのだ。冷血女王にも意外やしっかりその血は受け継がれているらしい。
原作でも主人公に対して、“娘との交際を認めて欲しくば私を倒しなさい”などと頑固親父のような条件を言い放っている。
「…………約束ですよ」
「ええ」
何にせよ、ひとまず一歩前進。
―――って、戦う流れにしてどーする、僕。
奇しくも“一発入れられたなら”と言うのは原作でテレーズがもらったハンデと同じだった。
ならばとゲームの展開をなぞろうにも、手持ちのカードが決定的に不足している。テレーズが有していたジョーカーもエースもキングもローズの手元には無く、あるのは2や3のカードだけだ。
「“四重火焔砲”」
「くうっ」
横っ飛びに地面を転がって避ける。
「“四重火焔砲”、“四重火焔砲”、“四重火焔砲”。―――ほらほらっ、どうしたの? 逃げてばかりでは、とうてい私に一発入れるなんて出来ないわよ」
「“風よ”、―――“風よ”」
直径数メートルにも及ぶ巨大な炎の砲弾が乱射される。魔法で相殺できるはずもなく、ローズは駆け回って躱し続ける。
「“四重火焔砲”。それにしてもよく逃げ回る。まったく、誰が庭の手入れをすると思っているのですか、“四重火焔砲”」
「―――“風よ”。すっ、少なくとも陛下自らってことはないのではっ?」
強風を背に疾走しながら、あえて軽口を返す。それくらいの方が王子様キャラの身体は調子良く動いてくれる。
炎を十かわし、二十避け、三十を超えて粘る。
「ふふっ、本当にしぶといわね」
「避けるのは得意な方でして」
火球は巨大で熱量も規格外だが、射出速度は学生の放つ“火砲”と大差ない。これなら何とか―――
「面白い、ならこれも避け切ってごらんなさい。―――。――――。―――。“煉獄”」
ここまで全て無詠唱で魔法を行使してきた女王が、初めて数節の呪文と共に発動式を唱えた。
直後、ローズの周囲に巨大な火柱がいくつも立ち上がり、のたくった。




