第189話 原作主人公は秘密を明かす
「来たわね、ローズちゃん」
なおも騒ぎ立てようとする魔王を近衛兵に押し付け王宮にお帰り願うと、ローズは今後の対応を話し合うべく急ぎ生徒会室へと赴いた。
その場にはすでに生徒会メンバー全員とマーガレット元会長ら前生徒会役員、それに女王とルイーズが顔を揃えていた。
「困ったことになったわね」
「すいません、止められなくって」
「そんなっ、ローズさんが謝ることじゃ」
「そうね、さすがに急にあんなことを叫び出すだなんて予想出来ないし、止められないのも無理はないわ。ですよね、陛下?」
「……まあ、そうね。本音を言えば何としてでも止めてもらいたかったところではあるけれど」
「ううっ、すいません」
「陛下、元はと言えば悪いのは僕なんですから、責めるならローズさんでなく僕を」
「いや、別にアンリエッタさんは何も悪くないわよ。私が無理を言って学園に通わせているのだから」
「そうですね、そう考えると悪いのは全部陛下と言うことに……」
「ルイーズぅっ、貴方だって反対しなかったじゃないのっ」
「―――あの、皆様?」
責任の所在を押し付け合っていると、エリカがおずおずと手を挙げた。
「その、先程から何をそんなに真剣に言い合っていらっしゃるんですか? 魔王陛下の妄言なんて否定してしまえば、……いえ、そんな必要すらありませんね。ただ無視してしまえばそれで済む話だと思うのですけれど」
「あ、やっぱりそうよねっ。お母様もルイーズ様も真面目くさった顔でやって来るわ、アンリエッタはアンリエッタで深刻そうに黙り込んじゃうわ、ローズも駆け込んでくるわで、あたしの方がおかしいのかと思っちゃった。そうよ、あんな意味の分からない言い掛かり、無視しとけばいいのよっ」
「そうなのっ、ママもローズも考え過ぎなのっ。あんな与太話まともに受け取る生徒いないのっ!」
「それにしても、やっぱり魔王陛下は人間の魔法のことを何もご存知ないのですね。魔法使いであるアンリエッタ様が男であるはずがないのに」
―――ああ、まあそうなるか。
ただでさえ理解不能な言動が目立つ魔王である。学園一の美少女と言っても過言でないアンリが男だなんて、妄言にしか聞こえないか。
“これは確かに無視してしまって問題なさそうですね”と女王とルイーズと頷き合っていると―――
「―――魔王が言ったことは本当なんですっ!」
アンリがぶちまけてくれた。
「ちょっ、ちょっと、アンリエッタさんっ!? なっ、なにをっ!?」
「すいません、陛下。でも、良い機会かと思いましてっ」
「あー、そういえばアンリは元々、皆を騙しているのは心苦しいって言ってたもんねぇ」
女王は狼狽しているが、ローズは案外平静に受け止めることが出来た。アンリの性格上、いつかこんな日が来る気はしていた。
「その、アンリエッタさん? 自分で言ったことの意味を理解していますか? 魔王陛下が仰ったことが本当だとしたら、あなたは男性と言うことになるんですよ?」
「はいっ、その通りですっ。僕はアンリエッタじゃなく、アンリ・マルタン。魔王の言った通り、男なんですっ」
「またまたぁ、そんなはずないじゃないの。ちょっと、何、ローズもお母様も、ルイーズ様までそんなマジな顔しちゃって。…………えっ、嘘よねっ?」
「トリア、何を騙されかけてるのっ。そんなの嘘に決まっているの。アンリエッタ、つまらない冗談はやめるのっ! ローズやママまで一緒になってなにやってるのっ」
「そうですよ、性別を偽って学園に通うだなんて、そんなこと出来るはずがないじゃないですか」
生徒会メンバーは皆、アンリの告白を魔王の妄言に乗った冗談と受け取ったらしい。現在進行形で学園の食堂でジャン君として働くジャンヌまでが否定する。
「う、嘘じゃありません。本当なんですっ」
「もう~、だからもう良いってば、アンリエッタ」
「ど、どうして信じてくれないんですかっ、皆さんっ!」
“それは君が可愛すぎるからだね”と思うも、ここは口を噤んでおく。
「ロ、ローズさんっ。ローズさんからも何とか言ってくださいっ」
「う~ん……」
正直ローズとしてはこのままアンリはアンリエッタのままでいてくれた方が都合が良いのだが、さすがに当人がここまでその気になってしまっては露見も時間の問題だろう。―――ここは腹を決めるしかないか。
「あー、皆、信じられないような話だと思うけど、アンリの言ってることは本当だよ。アンリは男の娘、―――男の子さ」
ついつい本音が出てしまい、言い直した。音は同じだから、皆には無駄に二回繰り返しただけにしか聞こえなかっただろうが。
「皆様、ローズ様がこう仰っているのです。アンリエッタ様のお話、信じてみても良いのではないでしょうか?」
「…………ですね。ローズさんがそんな冗談を言うとは思えませんし」
「あれ? 自分で言うのもなんだけど、僕の言葉ってそんなに信頼度高い?」
会長はともかくエリカまで賛同してくれた。
「確かにローズはこの手の冗談は言わないか」
「はいっ、ローズ様が女性を男性扱いするだなんて、そんな冗談間違っても口にするはずがありませんっ」
「なのっ」
「あ、そういう信頼ね」
がっくり来つつも、納得せざるを得ないローズであった。
「それで、話の流れからしてローズさんはアンリエッタさん、―――アンリさんが男性だと以前からご存知だったようですけど、いったいいつお知りになったのです?」
「え~と、アンリの口から直接教えてもらったのは、学園祭の直後だね。もっともその前からうすうす気付いてはいたんだけど」
「相変わらずそういった目端だけは利きますね」
「学園祭と言えば、騎士学園にアンリエッタ様の双子の御兄弟のアンリ様がいると話しておりましたよね。あれは何でしたの?」
「えっと、実はそんな人物は存在しなくて。あの時、僕の幼馴染のグレースがいたじゃないですか。僕、地元では騎士学園に転入したってことになってるものですから。ローズさんが咄嗟に言い訳を考えてくれて」
「それでは孤児院では男性として育てられたと言うあのお話。あれも―――」
「ええ、地元で弟達と一緒の時にエリカさん達に出くわしてしまったので、やっぱり事情を察したローズさんがとっさに誤魔化してくれて」
元会長と現会長の問いにアンリが包み隠さず答える。
「う~ん、なんだろ? そうやって聞くと、騙してたのはアンリエッタと言うよりは―――」
「―――ローズがやったみたいなのっ」
「私は、ローズ様にならいくら騙されたってかまいませんよ」
「いやいや、ローズさんは僕をかばってくれただけですから。別に皆さんを騙そうだなんて」
「…………」
アンリの性別がバレたら恋のライバルが増える、と言う下心があったことは黙っておく。
その後、一年生メンバーや元役員達も話に加わってアンリへの質問攻めとなった。“お化粧はしているのか”とか“ムダ毛の処理は”とか、少々生々しい質問も飛ぶも、意外にもどの子にもアンリへの不信感はほとんど見て取れない。
―――あれ、ひょっとしてこれで終わり?
性別バレはこの手の作品における作中最大のイベントだと言うのに、拍子抜けするほどあっさりとアンリは受け入れられていた。
「どうしたんですか、ローズさん、そんな気の抜けた顔して」
「……エリカ。いや、アンリの性別がばれたらすっごく大事になるもんだと思ってたからさ。もっと拒絶したり、非難したり、皆そういうのは無いのかなって」
「女王陛下の命令なら、アンリエッタさんだって被害者のようなものですからね。それに女ばかりの学園に転入したからと言って、良からぬことを考えるような人でないのは分かっていますし」
「なるほどね」
アンリの日頃の節度ある振る舞いの賜物と言うことか。―――これがもしローズであったら、今頃痴漢行為やらセクハラ疑惑やらで大糾弾会となっているところだ。
「―――えー、では今後、アンリの性別はオープンにしていくと言うことで。……それでよろしいですか、学園長先生?」
話をいったんまとめると、ローズは女王にお伺いを立てる。
「アンリエッタさん、いえ、アンリさんがそうしたいと言うのなら、私から否やはありません」
特に抗う様子もなく、女王は首を縦に振った。
「……そういえばずっと聞きそびれていたんですけど、そもそも何だってアンリを女性として転入なんてさせたんです? 女王でもある学園長先生なら、そんなことしなくても押し通せますよね? 最初から男性だって公表していれば、こんなことにもならなかったわけですけど」
「それはね、男性で光魔法の使い手をそのまま学園に何て通わせたら、令嬢達も心穏やかではいられないでしょう?」
「あ、なるほど。下手したら壮絶なアンリ争奪戦が起きるか」
属性魔法の適性は親から子へと伝えられる。アンリは貴族としては喉から手が出るほど欲しい血だろう。
下世話な話、それこそ正式な婚姻関係が無理でも血だけでも欲しがる一門は山ほどいるだろう。女性の場合はそうはいかないが、男性であればそれこそいくらでも血筋を分け与えることは可能なのだ。学び舎でアンリに対する誘惑合戦が発生しないとも限らない。伝統と格式ある魔法学園の生徒がそこまでするとは思いたくないが、この国において光魔法はそれだけ特別な存在だ。光魔法の適性を血に宿せたなら王家に次ぐ、いや王家以上に高貴な一族として扱われることになるだろう。
「それでまあ、アンリさんのこの美貌じゃない? 非常識なのは分かっていたけど、行けると思っちゃったら、つい」
「まったく、無茶苦茶なことをするんですから」
「だからルイーズぅっ、貴方だってあの時は、“これなら行けそうですね”って盛り上がってたじゃないのっ」
「いや、それはその、先輩に釣られて、つい」
「責任ある大人二人が、“つい”って」
「ちょっとどうかと思うのっ」
「うぐっ」
娘達から呆れた視線を向けられる二人であった。
「あっ、そうだ。一つ大事なことを忘れるところだったわ。―――魔王が何故、アンリさんが男性だと知っていたかと言う点なのだけれど」
女王は話題を逸らすと、じっとこちらへ視線を向けてくる。
「うっ。もしかしなくても、僕疑われてます?」
「そりゃあね。このことを知っていたのはアンリさん本人と私、ルイーズ、アンリさんの育った孤児院の院長、そしてローズちゃんだけだもの。このうち魔王陛下と接する機会が一番多かったのはローズちゃんでしょ。貴方がわざと漏らすとは思わないけれど、“つい”口を滑らせたりはしなかった?」
女王はぬけぬけと言う。
「いやいや、とんでもないっ。アンリが僕にだけ打ち明けてくれた秘密ですよ。僕が漏らすはずないじゃないですかっ」
「だったらいったいどこから掴んだ情報なのかしら? ……その辺りも含め、ローズちゃんには魔王陛下の動向を探ってくれるようにお願いしていたはずよね?」
「むむむ、犯人でなくとも責任者ではあると」
「別に責めるつもりはないけれど。……でも、そろそろ調査結果の方を聞かせてもらいたいものね。魔王が我が国を訪れた目的は? 体験入学だなんて言い出した理由は? 何か分かったのかしら?」
「…………そう、ですね。ある程度当たりは付いてるんですけど。皆さんにお話しする前に、一つお願いを聞いて頂いてもよろしいでしょうか、学園長先生?」
アンリも勇気を出して一歩、いや百歩くらい踏み出したわけだし。ローズも本格的に動き出す覚悟を決めた。




