第184話 王子様系TS少女は魔王の動向を探る その2
「やあやあ、皆の者、何か困りごとでもないか? この魔王が聞いてやるぞ」
体験入学三日目、一限目終了後の最初の休み時間。
ヒロイン達にちょっかいを掛け続けていた前日、前々日とは異なり、魔王は他の生徒達へ絡みに行った。
と言って、別にヒロイン攻略を諦めたというわけでもあるまい。まずは学園の人気者になろうと言う魂胆だろう。
まほ恋のどのヒロインルートでも、アンリはヒロイン達と親しくなる前にまず学園内で一定の人望や評価を得る。トリアやテレーズがアンリに目を付けるのも魔法戦の実力者として学内で知られるようになったからだし、エリカルートに至っては本格的な交流が始まるのはアンリが生徒会長になってからだ。
魔王は性急なヒロイン攻略は断念し、まずは地盤作りからに方針転換したらしい。
「ええと、急に困りごとと言われましても」
「なんでも良いのだぞっ。この魔王の手に掛かれば、叶わぬ願いなどないのだからなっ」
「何でも良いから相談してあげてくれるかい、カトリーヌ」
「ローズ様がそうおっしゃるなら協力したいところではありますが」
「……むっ、カトリーヌとな。もしかすると貴公はカトリーヌ・ド・シャリエール。ローズ殿のご親戚かな?」
「あっ、はい。ご挨拶が遅れて申し訳ございません、魔王陛下。カトリーヌ・ド・シャリエールでございます」
「ほうほう、なるほどなるほど。こんな顔をしていたか」
魔王は相変わらずジロジロと不躾な視線をカトリーヌにそそぐ。
原作のカトリーヌはいわゆる名有りのモブキャラだ。台詞もあり、ローズの親戚で親しい友人と言う設定も開示されるが、制服姿にのっぺらぼうの顔と言う学園生共通の立ち絵で描写されている。
「ふむふむ、従姉妹と言ってもローズ殿とは違うタイプだな。普通に見目麗しい御令嬢といった感じではないか」
「それは、ローズ様みたいな方はローズ様以外にはいらっしゃいませんもの」
「ふむ、それもそうか。学園に王子様が二人もいてはキャラ被りなどと言うものではないものなっ」
「……ええと、そうですわね。学園にローズ様はお一人で十分ですわ」
相変わらずの珍妙な受け答えにカトリーヌが辛うじて合わせる。
「それで、カトリーヌ殿。何かお困りのことはないかな?」
「え~と、そうですわねぇ……」
カトリーヌが首を捻って考え込む。本音を言えば“魔王に絡まれている今この状況”こそ目下最大の困りごとだろうが。
「あ、それでしたら魔王陛下。一枚、撮影させて頂いてもよろしいでしょうか?」
カトリーヌが鞄から魔導複写機を取り出して言う。
「ほう、人間の世界にはそんなものがあったのか。ああ、そういえばブロマイド的なものが出回っていると言う設定があったな。……ふうむ、よろしい、一枚と言わず好きなだけ取るがよいぞっ」
「まあっ、ありがとうございますっ。さあさあ、ローズ様もお入りになって。エリカ様たち生徒会の皆様もこちらへ。あ、どなたかC組へヴィクトリア殿下をお呼びに行っていただけませんか? ―――アンリエッタ様、何をしておりますの? 早くこちらへいらっしゃって」
「……ぬうっ、アンリエッタ・マルタンも入れるのか?」
「もちろんですわっ。生徒会の書記にして学年第三席っ。今やエリカ様と並びローズ様のお隣に相応しい方ですからっ」
「それは聞き捨てならないのっ」
「そうですっ。ローズ様のお隣は私の定位置です」
テレーズがローズの腰にしがみつき、ジャンヌがローズの腕を取る。かくして休み時間を利用した撮影会が開始された。
「ええと、ローズ様はもう少し前に出て頂いて、アンリエッタ様とエリカ様はもう少しローズ様に寄って頂けますか。あ、魔王陛下はその位置で結構です」
―――これ、完全に魔王を僕らを引き立てる小道具として扱ってるよな。
ローズの箱推し勢のカトリーヌであるが、その箱の中にさすがに魔王は入っていないらしい。さっきから指定される構図がもう、主人公達と悪役の立ち位置だ。
ローズを中心に生徒会メンバーが集まり、その背後に迫る魔王。手を取り合うローズとアンリの前に立ちはだかる魔王。―――カトリーヌ、やりたい放題である。
「……あ、そうだ。せっかくだから学園長先生も一枚どうです? ほら、トリアと親子水入らずのツーショットでも」
「ん、そうね。せっかくの機会だし、付き合いましょうか」
女王の羨ましげな視線に気づいてご機嫌取りに話を振ると、気乗り薄なていを装いつつすぐさま立ち上がった。
「えー、お母様と二人ぃ?」
「なあに、私とでは不満だとでも?」
「まあまあ、喧嘩しない。あ、魔王陛下、申し訳ないのですが、一度こちらへ。ここは親子水入らずで取ってもらいましょう」
「うむ。…………そうだ、それならせっかくだからアンリエッタ・マルタンも入ってはどうだ?」
「えっ、僕ですか?」
何が“せっかく”なのか分からないが、珍しく魔王の方からアンリに話を振る。
「そうね、それも良いわね。どうもヴィクトリアは私と二人きりはご不満のようだから」
「別にそこまで嫌ってわけじゃないけど。でもまあ、三人も良いわね。アンリエッタ、ほらっ、急いで。あたし、授業が始まる前にクラスに戻らないといけないんだから」
「はっ、はいっ」
トリアに急かされ、アンリが女王とトリアの間へ並ぶ。
娘とのツーショットに水を差されて不機嫌にでもなるかと思えば、女王はこれまで見たことが無いくらいにニッコニコだ。
「はい、それじゃあ取りますね~。―――はい、取れました」
「あっ、ちょっと待って、カトリーヌさん。立ち位置を変えて、もう何枚か」
女王のリクエストで、今度は女王が真ん中になったり、女王は着席して二人を背後に並べたりと、何パターンか撮影が行われる。
三人ともに鮮やかな金髪碧眼、いわゆる国父様カラーだから実に様になる。
「―――あっ、もう授業ねっ。それじゃ、あたし行くわねっ」
やがて二限目を告げるチャイムがなり、トリアが駆け去っていった。
「ではカトリーヌさん、こちらお預かりするわね。すぐに現像の手配をさせるわ」
女王はホクホク顔で魔導複写機をカトリーヌから没収、もとい借り受ける。
「は、はい、よろしくお願いします。その、皆様欲しがると思いますので、出来れば―――」
「ええ、心得ているわ。それぞれ百枚ずつくらい現像しておきましょうか。―――頼んだわよ」
「はっ」
魔導複写機を手渡された近衛兵は大事そうに抱えて教室を出て行った。
「……ふむふむ、突発的なイベントであったが、我のお陰で皆も楽しめたようだ。……これはなかなかポイントが高いのではないか?」
ご満悦の魔王の隣席で二限目も終え―――
「ふっふっふっ、さあて、活躍のしどころだなっ」
三限目、四限目は初日と同じく二時間通しでの魔法戦の実習だ。二学年全クラス合同だからトリアもいる。
「さあ、先日はテレーズ・シルヴァーにエリカ・ステュアートだったが、今日は誰が我の相手をしてくれるのだっ?」
「当然また私なのっ!」
「むっ、テレーズ・シルヴァーか。貴公とはすでに戦ったし、どうも勝負に勝っても攻略に繋がらぬようだし、出来れば他の者が良いのだが」
「何を言ってるのか分からないけどっ、とにかく勝ち逃げはズルいのっ」
「わかったわかった、今一度相手をしてやろう。皆の者、我がテレーズ・シルヴァーと軽く遊んでやっている間に、次の対戦相手を決めておくように」
「か、軽く遊んで。……ぬぬぬっ、甘く見るのもたいがいにするのっ!」
ぷりぷりと肩を怒らせテレーズが演習場の中央に。魔王は肩をすくめてそれに続く。
「次の対戦相手ですか。―――誰かやりたい方はいらっしゃいますか?」
エリカが生徒達に呼び掛けるも、顔を見合わせるだけで誰も立候補はしない。前回、首席と神童が二人掛かりでやられる姿を目にしているのだから無理もない。
「おりませんか。そうなると順当に考えて―――」
「えっ、もしかしてあたしぃっ!?」
「なんでそうなるんですか。順当に考えるなら次席のローズさんでしょう。テレーズさんが負けて、首席の私も負けてなんですから」
「まあそうなるか。はぁ、しかたない、いっちょ遊ばれてきますか」
「気を付けてくださいね。あの魔力の腕だか鞭だかみたいなもの、外から見るのと違って正面で動かれるとほとんど視認出来ませんよ」
「あっ、テレーズ捕まった。どうやらそのようだね。……う~む、触手みたいのになぶられるってのは僕のキャラじゃないんだけど」
見えない腕に絡まれてもがいてるテレーズに自身を置き換え、鼻白む。
「僕が代わりましょうかっ」
アンリがぴしっと挙手した。
「僕だって前回の試験は第三席でしたし、魔法戦のトーナメントでもローズさんと引き分けてますしっ。資格は十分だと思います!」
「いやぁ、アンリはまずいでしょ。―――ですよね、学園長先生?」
「ええ。魔王陛下の狙いがアンリエッタさんの可能性があるわけですし、何かあった際にはアンリエッタさんの光魔法は切り札です。不必要に情報を明かしたくはありませんね」
「だったら、光魔法を使わなければ―――」
「戦い方や魔法の発動の癖を見られるのも避けたいわ。聞き分けてちょうだい、アンリエッタさん」
「…………はぁい」
「良い子ね」
実に不服そうな返答のアンリだが、女王は微笑ましげに頷き返した。
命令してしまえば済むところを“聞き分けてちょうだい”とお願いしてみたり、アンリに対しては妙に甘い女王であった。




