第18話 王子様系TS少女はツンデレど根性ヒロインとの過去に思いを馳せる その3
「―――ぶへっ、ごほっごほっ」
「……大丈夫かい、トリア」
くずおれそうな彼女の身体を抱き支え、咳き込む背中を撫でさすってやる。―――それくらいの役得は許されよう。
第二演習場から押し流され、ようやく一息吐けたのは学園の敷地の端っこ近くだった。
「はあっ、はあっ、死ぬかと思ったわ」
「ひとまず、平気そうだね」
額に張り付いた鮮やかな金髪をかき分けてあげながら、ローズは言う。
「え、ええ、あ、ありがとぉ」
ちょっと舌っ足らずにトリアは言う。
やはり育ちが良いと言うことか、原作でも彼女は何かにつけて感謝の言葉を口にした。普段ははきはきとした彼女が“ありがとう”だけ何故かちょっと舌足らずになるのも、中の人の演技と同じだ。
多くのプレイヤーの琴線に触れたフレーズで、動画サイトに投稿されたMADムービーも再生回数がえぐいことになっていた。かく言うローズもヘビロテした口である。
―――って、感慨にふけっている場合じゃないな。
「とりあえず、皆を探そうか」
「そ、そうね」
野外だと言うのに、水はまだ膝の高さまである。
溺れている人がいたら大変だ。エリカ以外は激流に巻き込まれるような距離からはすでに避難していたし、彼女に限っては心配ないとは思うが。
「その、トリア?」
「何よ?」
「腕、ほどいてくれないと探しにいけないよ」
「わ、分かってるわよ、今やってるっ。ふんっ、くそっ、何でぇ? ほどけない~~~っ」
ローズの腰に回されたトリアの両腕はぎゅっと力いっぱい抱き付いたまま強張ってしまっていた。
「このっ、くうっ」
トリアが身体を前後に揺り動かす。そうすると必然何度も押し付けられることになる、胸やら何やらが。
「トリア、ちょっと落ち着いて。……うへっ」
思わずだらしない笑みが漏れる。
まだ中等部一年生、そうでなくても古き良きツンデレキャラであるトリアは原作時点でも胸部のボリュームに欠けるが、やはり女の子特有の柔らかさはある。
「こんのっ、離れてぇっ」
「トリア、もうちょっとだ。ほらっ、そこだっ、うへへ」
「―――あらあら、お二人ともずいぶん楽しそうですね」
水を滴らせ、柳眉を逆立てたエリカが姿を現した。しっとりと濡れた黒髪が色っぽい。まさに烏の濡れ羽色と言うやつだ。
「いや、これは。―――あれっ、エリカ、それ浮遊じゃないよね? いつの間に飛翔魔法を使えるようになったんだい? おめでとうっ」
そう、エリカはふわふわと宙に漂いながら、少しずつこちらへと近付いて来ていた。
飛翔は風の上級魔法である。
その有用性から一流魔法使いと二流魔法使いを分ける分水嶺とも言われる。ある種のエキスパートとされる術者の中にも、風属性が苦手で飛翔が使えないばかりに低評価を下される者も少なくないほどだ。
本来中等部の一年生が使えるような魔法ではない。それもエリカ本来の得意属性は風ではなく土なのだ。
「まったく、何をしているのだか。真面目に探しに来て損しました。本当ならこの飛翔魔法は今度ローズさんと魔法戦をする時に披露して、度肝を抜いて差し上げようと思っていましたのに」
「ははっ、ごめんごめん。心配してくれて嬉しいよ、エリカ」
「……はぁ。それにしてもヴィクトリア殿下の魔法、すごい威力ですね」
「ああ、驚いたよ」
「ええっ、そーう? エリカ・ステュアートから見てもすごい?」
トリアが小鼻をふくらませて問う。
調子の良いことにローズにしがみついていた腕も解け、胸を反らして自慢げな顔だ。
「ええ。―――これで制御さえまともに出来れば本当に素晴らしいのですけど」
「う、うぐっ」
トリアがうめく。と、同時に―――
「あら? きゃっ、もがっ、ふがふがっ」
身体をふらつかせたかと思えば、ばしゃーんと水の中に倒れた。
「ちょっと、大丈夫かいっ、トリアっ?」
慌てて再び支え起こす。
「ぶはっ。―――はあっ、はあっ、あ、ありがとぉ。なんだか、急に足に力が入らなくなっちゃって」
「魔力切れですね」
エリカが言う。
魔力とは言うなれば気力のようなものだ。体力とは別物だが、空になると身体を動かす意思が働かなくなる。特に今回のように一度の魔法行使で急激にすっからかんになってしまうと、反動で気を失ってしまうことさえある。
「ま、魔力切れ? これが?」
「ええ。本当に制御が苦手なのですね、ヴィクトリア殿下」
「ううっ」
戦闘中の魔力切れは当然命取りとなる。自身の魔力量を把握し、その範囲で魔法に込める魔力を調整するのは基本中の基本だ。初等部の頃から口を酸っぱく注意されてきたことである。
「まあまあ、エリカ、あまりいじめないの。魔力量が大き過ぎるってことは、それだけ制御が難しいってことでもあるんだからさ。それに今回は苦手な水魔法をあんな状況で使わなきゃいけなかったんだ、多少力が入り過ぎるのも仕方ないさ」
「そ、そうよねっ。私の魔力量はお母様にも負けてないんだもん。……それに、あんなにうまく水魔法が使えたのは今回で二回目だし。どれくらい魔力を込めたらいいかなんて、わからないわ」
「んん? それってどういう意味だい?」
「そのまんまの意味よ。水魔法をまともに発動出来たのは今回と前回、ローズと一緒に使った時だけなのよっ」
やけくそと言う感じで、トリアが叫ぶ。
「そ、そうだったのかい」
ポンコツなのは知っていたが、まさかそれほどとは。
A組の生徒なら、苦手な属性も含め基本四属性の初級魔法は現時点で全員が問題無く習得している。発動も出来ないというのは、言うまでもなく習得するしない以前の段階だ。
「ローズ、あなた、人にものを教える才能があるんじゃないかしら?」
「い、いやぁ、それはどうだろう?」
ただお手本を示しただけで、何か特別なことをしたつもりはない。誰が教えてもあれくらいは出来そうな気がするが。
「いえ、それに関しては私もヴィクトリア殿下に同意します」
「エリカまで、何だい? おだてたって何も出ないよ?」
「そんなつもりはありません。素直な感想を口にしたまでです」
「う~ん、君から褒められると、なんだか怖いな」
「何やら失礼なことを言われているような気がしますが」
「いや、そんなつもりはないんだけどっ」
「―――よしっ、決めたわっ!」
エリカと言い合っていると、何やら押し黙っていたトリアが大きな声を出した。
「ど、どうしたんだい、トリア? 決めたって何を?」
「あなた、私の個人教師になりなさいっ!」
びしっと指を突き付け、トリアは高々と命じた。
「…………あー、べっ、別にこれは命令とかじゃなく、ただのお願いなんだけど。その、……だめぇ?」
が、すぐに偉そうにし過ぎたと思い直したのか、言い直す。さすがはツン弱めのツンデレ少女。
「いいよ。個人教師だろうが白馬の騎士だろうが、謹んで拝命いたします、我が姫様」
願ってもない提案だ。
ローズは鼻先に突き付けられたトリアの手を取ると、その甲に軽く口付けた。




