第148話 王子様系TS少女は生徒会選挙を戦う その3
「ただいまー」
「おかえりなのっ」
下宿先のアパートに帰ると、一足先に玄関に飛び込んだテレーズが迎えてくれた。
「お、お邪魔しまーす」
「ほんとにほんとにお邪魔だけど、いらっしゃいなのっ」
後へ続いたアンリには少々辛辣な歓迎の言葉。
「とりあえず、入って」
「はい。えっと、靴を脱ぐんでしたよね」
アンリの訪問はこれで二度目だ。
前回はスリッパ着用だったが、今回は靴下のまま部屋へ上がった。
これは心の距離が近付いたことの表れか。―――靴下まで脱いで生足のテレーズにならってくれても良いんだよ。
「とりあえず好きなところに座ると良いのっ」
ローズの寝台にどっかりと腰を下ろし、すっかりこの家の住人と言う顔でテレーズが許可を出す。
その認識もあながち間違いではない。今も週に三日四日は当たり前にローズのうちにお泊りする彼女である。食器も寝間着も常備されている。
「ここがローズさんのお部屋かぁ。―――あ、怪傑ビルが全巻揃ってる」
アンリは部屋に一つきりしかない椅子に腰掛けると、室内を珍しそうに眺めた。ローズは必然、寝台のテレーズの横へ腰を落ち着ける。
「前にも一度来たじゃないか」
「そうですけど、あの時はまだ知り合って間もなかったですし。それに……」
言葉を濁したのは“女の子の部屋だからじろじろ見ないように遠慮した”と言ったところだろうか。―――う~む、すっかり男友達扱い。
「テレーズ先輩はよくお泊りしてるんですよね?」
「そうなのっ。半分は私のうちみたいなものなのっ」
「…………ベッドが一つしかないですけど、寝る時は?」
「もちろん一緒なのっ」
「へえ」
アンリが何か言いたげな視線を向けてくる。と言うか、実際に“ローズさんって誰とでもすぐ一緒に寝ちゃうんですね”と小さくぼやいた。
これは“男”友達枠であるローズが少女と同衾することを問題視しているのか。あるいは“自分とも一緒に寝たくせに”と言う愛らしい嫉妬だろうか。―――悲しいかな、現状前者である可能性が高い。
「それで、今日はノコノコうちまで付いて来て、いったいなんの用なの、アンリエッタ?」
「実はアンリが用があると言うより、僕ら二人がテレーズに用があるんだ」
ローズが代わって答える。
「……ああ、選挙のことなの。なるほど、エリカ達の邪魔が入らない場所で、二人掛かりで私を説得する気ってわけなの」
さすがにテレーズは察しが良い。話の内容を全て悟ってしまった。
作戦の二番手はテレーズ。
中等部や高等部の学生からは恐れられがちの彼女だが、下級生からの人気は侮れない。生徒会長選挙は初等部の学生にも投票権が与えられるから、その影響力は決して小さくない。
基本ローズの言うことは完全肯定してくれるテレーズであるから、トリアとは違った意味で組みし易いはずなのだが―――
「無駄なの。何と言われたって私はローズを応援するのっ」
「頑なですね。理由をお聞きしても?」
「エリカなんかよりローズの方がずっと生徒会長に相応しいと思うからなのっ」
「でも慣例に従うなら、学年首席のエリカさんが就くのが当たり前ですよね?」
今回もローズの言うことに従ってくれるなら、最初からこんな状況に陥ってはいない。手を変え品を変えと言うことで、説得はアンリを中心に進められた。
「エリカなんてちょっと勉強が出来るだけなのっ。ローズの方が格好良くて、綺麗で、行動は常に深い計算を伴い、同時に勇気も備え、発する言葉の一つ一つまでぜんぶ素敵で―――」
「…………」
面と向かってそこまでべた褒めされると、さすがに照れるローズであった。
「えー、テレーズ先輩がローズさんを大好きなのはよ~~く分かりました。でもそれはそれとして、生徒会長の資質と言うのはまた別の話じゃないですか」
「それだってローズの方がずっとずっと上なのっ。アンリエッタはまだローズのことあんまり知らないから、分からないだけなのっ」
「……僕だってローズさんのことはもうよく知ってますよ」
アンリがちょっとムッとする。
「ううん、まだまだ全然なのっ! そうだっ、良い機会だからアンリエッタにも教えてあげるのっ、私とローズのこれまでの歴史をっ!」
「えっ、良いのかい、テレーズ? それって―――」
“君の出生に関わる結構な秘密を明かすことになっちゃうけど”と視線で伝える。エリカ達にも教えていない話だ。
「む、…………うんっ、構わないと思うの。アンリエッタは新入りの割によくやっているから、特別に話してあげるのっ」
「そうかい、君がそれで良いって言うなら、僕からは何も言うことはないよ」
トリアに続いてテレーズまでアンリエッタに昔話、すなわち前もってローズがクリアしておいた彼女のシリアスパートを語るつもりらしい。―――むむむ、何かおかしな力でも働いてるんじゃあるまいな、この手の話でよく聞く歴史の修正力的な。
「私とローズが出会ったのは高等部一年の二学期が始まった時だから、今から一年とちょっと前なのっ」
「なんだ、それじゃあ僕とたいして変わらないじゃないですか」
「むっ。出会って半年程度のアンリエッタとは全然違うのっ!」
「そうですかね? 一年と半年、それほどの違いとも思えませんけど?」
「むむむっ、私とローズには時間なんか超えた固い絆があるのっ! 今からそれを教えてあげるんだから、黙って聞いてるのっ!」
「……は~い」
アンリが珍しく不貞腐れたような返事を返す。―――おおっ、日毎テレーズやジャンヌの間で繰り広げられるローズ争奪戦にアンリが参戦する日が来るとはっ。愛は愛でも友愛っぽいのはこの際目をつぶるローズであった。
「当時の私は今よりもちょっと尖ってたの。すぐにもう一つ飛び級してやるつもりで、そのためにも学園でちょっと名の知られてたエリカ・ステュアートをけちょんけちょんにして、この学年に私の相手はいないってところを見せつけてやるつもりだったのっ。でも、そんな私の前に立ちはだかったのがローズだったのっ!」
トリアほどに話が脱線することも無く、テレーズの昔語りは続いた。少々、いやかなりローズが美化され過ぎなきらいはあるがご愛敬である。アンリも興味深そうに耳を傾けているし、当然口は挟まない。
魔法戦でのローズの辛勝、学園祭での母とのやり取り、そして親子喧嘩の落着の様子が語られる。
「と、言うわけで、ずっとちゃんとした親子になりきれなかった私とママをっ、ほんとの意味で親子にしてくれたのはローズなのっ!」
テレーズがえっへんと胸を張る。
「ええっと、……す、すごい話を聞いてしまった気がするんですが。つまりその、テレーズ先輩はルイーズ様がお腹を痛めて産んだ子供ではないってことですか?」
「お腹は痛めてないけど、ちゃんと親子なのっ」
「せ、世間には色んな親子がいるんですねぇ。孤児院育ちなものですから、ぜんぜん知りませんでした」
「いやいや、テレーズのところは超特殊ケースだからね」
おかしな理解をしそうなアンリを訂正する。
「あっ、なんだ、やっぱり特殊なんですね。……ちなみにテレーズ先輩のお父さんって?」
「…………お父さん? ああ、父親っ。そういえばそんなこと考えたことも無かったのっ」
「ああ、言われてみれば」
原作でもその辺りは触れられていなかったが、試験管ベイビーと言えど父親は存在しているはずだ。
ルイーズの卵子のみから生み出されたと言うなら母娘はまったく同じ遺伝子を有することになり、それは子供と言うよりもクローンに近い存在となる。よく似た母娘ではあるが、瓜二つと言うほどそっくりなわけではない。生まれついての資質に依存する魔力量も、王家ほどではないが魔力測定器の上限を超えるテレーズに対してルイーズはそこまでではない。
だから間違いなく父親―――精子提供者は存在しているはずである。それもテレーズの魔力量を思えば王家にも相当するような魔女家系の人間だろう。
「…………ふむ、そういうことか」
「?」
一人得心したローズにアンリとテレーズは二人仲良く首を傾げる。
テレーズの父親は王家か王家から別れた公爵家か、その辺りの男性と言うことになる。王家には適齢の男性は―――女王やメアリー殿下と同年代も、一世代上の先代女王と同年代も―――いないから、たぶん公爵家だ。
それがルイーズと公子とのロマンスの結果であるなら、わざわざ試験管ベイビーと言う手法を用いるとはさすがに思えない。だからあくまで、魔力量を期待できる血筋の男性から精子だけ提供を受けたと言うことだろう。
そこで問題となってくるのが生まれた娘―――テレーズの立場だ。ステュアート家のような宮廷貴族を除いて、この国の貴族の当主は魔法使いである女性が継ぐものだ。だから精子提供者の公子には継承権はないのだが、外孫であっても女性であれば継承権は与えられる。つまりテレーズは公爵家の跡取り候補となってしまうわけだ。それも強い魔女であることが何よりも重んじられるファリアスにおいて、テレーズは最有力候補ともなり得る。
公爵家からしてみれば乗っ取りのようなものだ。実際、外孫と本家筋とでお家騒動と言うのは珍しい話でもない。恐らく、精子の提供と同時に継承問題を避けるための取り決めが交わされたはずだ。“認知はしない”であるとか、“提供者の情報は破棄する”であるとか。―――だからきっと、テレーズが実の父を知ることは今後もない。
「…………テレーズ、おいで」
「いったいなんなの? 変なローズなの」
戸惑いつつも、テレーズは言われるがまま素直にローズに身を寄せた。小さな身体をぎゅっと抱きしめ、すりすりと頬擦りする。
「んふ、くすぐったいの」
「嫌だったかい?」
「そんなわけないの、もっとするのっ」
もはや一切の疑問を差し挟むこと無く、素直に可愛がられるテレーズであった。そして猫っ可愛がりされながら言う。
「とにかくっ、そんなわけでローズはねじれにねじれた私とママの関係をきれいに解いて、これ以上無く完璧に結び直してくれたのっ。そんなこと、ローズ以外の誰にも出来やしないのっ。エリカはもちろん陛下にだって、他のどんなにすごい別の誰かにだって。生徒会長に一番必要なのは、頭が良いとか、魔法戦が強いとかじゃなく、きっとそんな力なのっ。だから私はローズこそが生徒会長に相応しいと思うのっ」
「な、なるほど、結論はそこに落ち着くわけですね。でもそれならエリカさんだって、いや、エリカさんこそ、これまで生徒会役員として生徒達の問題に当たって来た実績があります」
「実績だったらローズにだってあるのっ。ううんっ、むしろローズの方が上なのっ! だってローズがいなかったら、私はきっと今だって刺々しくって、トリアやアンリエッタ達と仲良くなることもなかったし、学園でも大暴れしてたのっ! ローズはこの私の手から学園の平和を守った功労者なのっ! 学園生みんな、ローズに感謝すべきなのっ!」
「そんな、無茶苦茶な理屈っ、くっ」
アンリが言葉を失う。
暴論だが、しかしこの場でしなければならないのはテレーズの論理の矛盾を突くことでも、議論に勝利することでもない。説き伏せ、納得の上で味方になってもらうことなのだ。―――説き伏せる? こんな無茶な理屈を吐く子を?
「ふふん、ようやくアンリエッタにも少しはローズの素晴らしさが理解出来たみたいなの。今後も精進するの」
絶句したアンリにテレーズが勝ち誇る。
「うっ、むむむむっ」
アンリが悔しそうに呻き、懐柔作戦第二弾もまた失敗に終わった。




