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第1話 王子様系TS少女は歓喜する

「アンリエッタ・マルタンです。皆様、よろしくお願いします」


 沈黙に支配された二年A組の教室内に、澄んだ声が響いた。

 ここは王立魔法学園。

 このファリアス魔導王国を代表する名門女学園、しかも最優秀の生徒だけが集まるA組である。常ならば教師が教室に姿を見せれば私語を話す生徒など存在しない。

 しかし今日に限っては、異例の転校生の話題でそこかしこからひそひそと囁き声が漏れていたのだ。それが、当の本人の登場によって一瞬で静まり返っていた。

 “女性としては”かなりの長身で、すらっとした体型と姿勢の良さも相まってある種の気品のようなものを感じさせる。

 肩にかかる高さで切り揃えられた髪は陽光を浴びて輝く金色で、それ自体がまるでお日様のようだ。制服の深紅クリムゾンレッドのブレザーにもよく映えている。

 すっと筋の通った鼻は高過ぎず低過ぎず。その下の唇は形良く、瑞々しくも健康的なピンク色だ。

 整い過ぎていっそ無機質とも感じられそうな面差しの中、唯一二重まぶたの双眸だけがいささか大き過ぎると言えるかもしれない。そしてそれがかえって躍動的な魅力を生んでいた。

 つまり一言で言うと彼女は―――


「…………きれい」


 誰かの口からこぼれ出た溜息交じりの小さな呟きが、切っ掛けとなった。


「なんて素敵な御方なのかしらっ」


「あんな綺麗な御髪おぐし、見たことがないわっ」


 もはや教師の目も気にせず、生徒たちは堰を切ったように騒ぎ立てた。

 “皆さんお静かに”という教師の注意もむなしくかき消され、アンリエッタは吸い込まれそうな青い瞳をぱちくりとさせている。


 ―――良かったぁぁあああっ!


 ローズ・ド・ボーモンもまた胸中で拳を高々と突き上げていた。

 本当なら現実に小躍りしたいくらいだが、ギリギリの理性でそれは踏みとどまる。

 “彼女”はローズにとって唯一無二の希望だったのだ。


 ―――唐突だが、この世界の話をしよう。


 この世界には、魔法と呼ばれるものが存在する。

 何もないところから水を生み出したり、手をかざしただけで傷を癒したりする力であり、術式だ。

 この世界の住人であればどんな人間も大なり小なり魔法を使えるものだが、特に強力な術者は魔法少女だとか魔女だとか呼ばれて尊敬を集めることになる。

 魔法“少女”に魔“女”。そう、いずれも女性である。

 個人差はあれど、平均して女性は男性の百から二百倍の魔力―――魔法の源泉となる力―――を有する。

 男性はよほど腕の良い術者でも松明程度の火をおこすのがせいぜいだが、女性は火炎放射器さながらに炎を放てる。

 魔法は女の物なのだ。

 しかしもしそんな世界に女性並みの、いや、女性としても規格外の魔力量を有する男の子が見つかったなら、どうなるだろう。

 当然、国は放っておかない。最高級の魔法教育を施すだろう。仮にそのための機関が、慣習的かつ必然的に女学園だったとしても。

 そしてもし、その男の子が女性と見まがう、いや、女性以上の美貌の持ち主だったなら。


 ―――かくして物語は紡がれる。


 “剣と魔法のファンタジー世界で、恋と冒険に彩られた女学園生活を送ろう”がキャッチフレーズのアドベンチャーゲーム『魔法少女はボクに恋をする』。―――通称『まほ恋』。

 いわゆるギャルゲーの中でも、女装主人公ものと呼ばれるニッチな一ジャンルに属する作品である。

 無駄に壮大過ぎる世界設定と、複雑に張り巡らされた末に放置された伏線の数々。繰り返される発売延期に、発売後のギガパッチ連発。半面、魅力的なヒロイン達は人気を博し、熱狂的なファンをも生んだ。

 そしてそれ以上に主人公、女装して女学園に潜入し、最終的には生徒会長に就任して全校生徒から“お姉さま”と呼ばれることになる美少年は作品を超えた人気キャラとなった。

 ネット上では男の娘の代名詞として定着し、見た目に反して男前な性格は広く支持を集めた。

 お察しの通り、その主人公こそが転入生アンリエッタ・マルタンであり、この世界は「まほ恋」の舞台が再現されたいわゆる異世界である。

 そして僕、―――ローズ・ド・ボーモンは王子様系ヅカ少女にして、主人公とは男同士の悪友に近い関係を築くサブキャラだ。

 交友関係が広く情報通で、ヒロイン攻略中の主人公に様々な助言をすることにもなる。例えばヒロインを交えたダブルデートを計画してくれたり、デートスポットのお薦めを紹介してくれたり。

 どのヒロインルートにも入らなかった場合の友人ENDでは、主人公と共に学園祭のステージに上がるパートナーでもある。

 そんなサブキャラその一、ローズ・ド・ボーモン―――にTS転生した元ギャルゲーマーがこの僕だった。

 由緒ある貴族の名門、ボーモン伯爵家にて自分は二度目の生を得た。

 ゲーム設定上も、そして現実にも一人娘である。名家の血筋を絶やすわけにはいかない。

 魔力の強さは生まれ持っての才能によるところが大きいので、この世界では血筋と言うものはとかく重視されるのだ。

 一人娘として比較的甘やかされて育てられたローズだが、さすがに生涯独身を貫くなんて我が儘は許されないだろう。

 当然相手は男性だ。

 しかし女性の身体に生れ落ちたからと言って、性自認が切り替わるということはなかった。

 ならばどうするか。犬にでも噛まれたと思って、夫との夜の営みをやり過ごすか。いやいや、そんなの根が甘ちゃんの自分に耐えられるはずがない。

 だいたい自分を犯した男と、表向きだって仲の良い夫婦生活なんて送れる気がしない。家庭崩壊待った無しだ。

 思い悩むローズに、ある日天啓が閃いた。

 それこそが我らが主人公アンリエッタ・マルタンこと、本名アンリ・マルタンの存在だ。

 男の娘ならギリ行ける。いや、それがあの主人公アンリなら余裕も余裕、むしろ望むところだと。

 ゲームでは最カワ(最も可愛い)と評判で、ギャルゲーなのに公式人気投票ではヒロイン達にダブルスコアを付けて優勝したのが彼女―――いや、彼だ。

 しかしゲームとは異なり、この世界は三次元。リアルな現実である。いくら可愛いと言っても男の娘、さすがに実写版は無理があるのではないか。一抹の不安をずっと抱えていたのだ。

 そんなローズの杞憂をアンリエッタはただの一瞬で吹き飛ばしてくれた。


「えー、それではアンリエッタさんの席は」


 ようやく騒ぎが静まり、教師が教室内を見渡す。


 ―――よしよし、予定通りだっ。


 この時のためにわざわざクラス委員に立候補し、席替えのくじにちょいと仕掛けなどをほどこさせてもらったのだ。


「はいっ、僕の隣が空いていますっ」


 ぴっと腕を伸ばし、原作ではモブキャラが発する台詞をローズは代わって口にした。


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