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五人の少女たちの尊い愛の記録(笑)  作者: KP-おおふじさん
8/18

8:怪奇現象ファイル 猟奇カサブタ事件


 チュンチュンと小鳥の鳴く声に目を覚まし、留音はポリポリと右腕のとある部分を左手でかきむしった。


「あれ?」


 かきむしった場所は先日のランニングの帰り、あの子が片手に買い物袋を下げて歩いているのに見とれてしまい、走っている大型トラックにぶつかってそのトラックをぶっ飛ばしてしまった時についた傷からできたカサブタがあった場所だ。昨日の時点ではもうカリカリになっていたのだが、起きてみるとカサブタがなくなり、皮膚から赤い血が伸びてしまっている。先程むしった時にカサブタが取れてしまったのかも知れない。


「ん……ばんそこ……」


 留音は眠気まなこで傷口から伸びた血をティッシュで拭き取ると絆創膏を求めて布団を出て、そこで気づいた。他の四人の寝息が聞こえてくるではないか。本当はそれぞれに自室があるのだが、今はある理由で全員がリビングに集まって雑魚寝をしている状態にあった。


 その事を思い出し、そうだ……とあくびをしながらみんなを見回した留音。先日からみんなで集まって眠っているので、誰かを踏まないように気をつけながら洗面所に向かう。


 さて、こうして雑魚寝をしている理由だが、実は普段暮らしている実家がエイリアンの襲来だか世界戦争の勃発だかで破壊されてしまったのだ。そのへんの理由はどうでもいい、とにかくみんなで身を寄せ合って眠っているというのが重要だ。


 留音はみんなの寝顔の中でもあの子の天使のような寝顔とその吐息に事故を装って倒れ込みたい衝動を必死に押さえ込みながら洗面所の棚を開けて見つけた絆創膏を患部に貼り当てた。その日の朝はそれだけの事だった。


 その夜、就寝の時間。留音はパリパリになったカサブタのちょっとしたかゆみから患部を軽くかいた。あまり強くかくと剥けて血が出てしまうので優しくだ。そうしてその日も眠りにつく。みんなとおやすみの挨拶を交わし、あの子が一緒の部屋に眠っているという興奮をなんとか理性の内に抑え込めた者から眠っていく。あの子は全然気にしていないのだが。


 そして次の朝、というか朝になる直前の暁の時間に留音は小さな痛みを感じた。「んっ……」それは目を覚ますほどではなかったが、眠っている留音の表情をピっと力ませる程度には痛覚を与える。それから誰にも聞こえない程度のささやき声で「……小さい」と誰かが言った。


 それから数時間後の起床時刻に留音は目を覚まし、また無意識に右腕のカサブタのあった場所をポリポリとかいた。ほんの少しだけ血が滲んで、そこから眠る前まであったはずのカサブタが取れてなくなっている事には本人も気が付かなかった。


 カサブタと言えば。


 実は留音の他に真凛も膝と肘にカサブタを作っていた。留音が作っていたものよりも一回り大きいものが二つ。なんでも盛大にずっこけたらしいのだが、それの治りは異様に遅く連日大きめの絆創膏で覆われていた。留音は朝の歯磨き時間に真凛と洗面所の使用が重なり、鏡に向かってしゃかしゃかと歯磨きをしている真凛と並んで歯磨きをしようとした時、真凛の肘にあったカサブタが無くなって取れていることに気づいた。薄皮の下にある皮膚はピンク色をしていて、少し赤ばんでいるのは血のせいだ。ヒリヒリと痛いだろうと留音は視線を外しながら言った。


「痛そうだな、相変わらず」


「ん?なんですか?」


 歯磨きを加える真凛が手を止めて聞き返している。


「ほら、カサブタだよ、取れて血が出てるじゃないか」


 真凛は鏡で肘を確認すると「全然平気ですから」とうがいをしてその場を立ち去っていく。その反応がいつもの真凛よりもどこかそっけなくて留音は小さく違和感を覚えるも、そう気にせずに一日の始めるのだった。


 そしてその日の夕方……今度は衣玖だった。


「ねぇルー、あなた絆創膏知らないかしら?っつぅ……」


 白衣を着た衣玖が片手を労るように撫でながら、そこから生じる痛みに堪えるような表情でそう訊ねた。


「どうしたんだ?洗面所の棚のところにあると思うけど」


「ちょっと実験してたら切れちゃって……うぅ、グロは大丈夫なのに自分の血ってどうしてこうも怖いのかしらね……」


 留音は衣玖の可愛い一面に少し笑いながら立ち上がって洗面所に向かい、昨日自分が使った絆創膏のある棚を開ける。だがそこにあるはずの絆創膏の箱がどこにも無くなっていた。


「あれ?昨日あたし使ったんだけどな。そん時にはまだそこそこあったはずだけど」


 そこに真凛が通りがかった。家事全般を好んでやっている真凛なら場所を知っているかも知れないと絆創膏について尋ねる。


「なぁ真凛、絆創膏どこか知らないか?」


「……さぁ?切らしてしまったんですか?」


「そうみたいなのよ。私ちょっと手を切ってしまって。深くは無いんだけど、あんまり自分の血を見たくないのよね」


「うーん、でもわかりませんね。どこか探せば出てくるかもしれませんけど」


「そう……困ったわね。まぁ傷は深くないしティッシュか何かで止血するか……」


 外は大雨だ。今日は誰一人外へ出ていかずに家の中で過ごしている。ちょっとした傷でずぶ濡れになるのも……と、衣玖はティッシュで出血が落ち着くまで待って、それから普通に過ごすことにした。


 そうしてまた夜が来る。しっかりとカサブタになった衣玖の傷口をあの子が優しくさすったために衣玖は興奮して鼻血を吹き散らかしかけたがなんとか押し留めて全員眠りについた。


 そしてその夜遅く……獣のような息遣いが彼女たちの寝室を静かに満たす。


「はぁ、はぁ……」


 その声の主はある布団から影を伸ばしながらのっそりと動き、あの子という神の落とした至宝をも一瞥すること無く、まっすぐと一人の少女に近づき……その少女の身にあるカサブタをピリピリと剥がしたのだ。剥がされる少女はそれに気づかなかったが、物音を聞いた留音が「フゴっ」と汚い寝息からパッと目を覚ました。寝る前のトイレを済ますのを忘れていて途中で起きてしまったらしい。カサブタを取った影は留音の目覚めを察知し、その場で横たわって眠るふりをする。


 留音はぼんやりと立ち上がり、トイレを済ませて戻ってくる。眠っている他の四人に対して何の異常も認識できなかった留音はその数分後に深い眠りに付いた。


 影は留音の寝息が聞こえるまで潜み、やがて元いた場所に戻って何もなかったかのように眠ろうとした。だが。


「足りない……はぁ、はぁ……うぅ……」


 呻く影は立ち上がると居間からカッターを取り出し、眠る少女たちの前に立ったのだ。そしてその刃を眠る誰かの肘に少しだけ当てて謝りながら涙を流した。


 そして影は次にあの子の前にも立つ。真っ白い柔肌と、女神のような寝顔、そして全ての悪いものを浄化してしまう成分が吐き出されているかもしれない可愛らしい口唇。こんな子をどうして傷つけられようか!影は怯えたようにカッターを投げ捨て、自分を封じ込めるかのように布団をかぶり、恐怖が眠気に上書きされるまで震え、意識を落とした。


「ぎゃあああ?!」


 次の日の朝はそんな叫び声と共に全員が目を覚ました。声の主は西香だ。


「っせぇな……なんだぁ?」


 不機嫌そうな声音の留音が目をこすりながら西香の方を見た。


「わ、わっ、わたくしのこの至極の珠肌に……いやぁっ!傷がついてますのぉ!!」


 西香はプルプル震えながら肘のあたりに出来たカサブタを示した。そのカサブタはとても浅く、でも血が出るほどには深い三本の川のような字になって出来ている。それに対して口の端からよだれを垂らした衣玖がティッシュでよだれを拭きながら言う。


「そんなの平気でしょ……そんだけ浅いキズだったら傷跡だって残らないでちゃんと治るわよ……」


「で、でで、でもどうしてですの!?朝起きたらこんなっ……ひえええっ、やっぱりこんな雑魚寝なんてわたくしに合わないんですわ!もとの天蓋付き王族ベッドじゃなきゃっ……」


 慌てふためく西香にあの子が近づいていき、大丈夫?と心配する表情でその肘を撫でると西香はカーっと顔を赤らめて「あっ……大丈夫ですわ、もう痛くないです……」としおらしく黙り込むのだった。


「しかしどうやって切ったんだぁ?寝てる間になんてそうそうありえないだろ、そんな所」


 留音は「本当に西香は馬鹿だなぁ」という口調で冗談交じりに言う。その脇で衣玖がリビングの方に放り捨てられたまま放置されているカッターをじっと見つめていた。


「どうしたんですか?衣玖さん」


 真凛が衣玖に声をかけると、衣玖は「なんでも」と二度寝を始めるために布団をかぶった。その中でゴソゴソと、誰にもわからないように昨日怪我した自分の患部を擦ると、自分の傷口からカサブタがなくなっていた。


 そしてまた次の日の朝も同じような事が起こったのだ。今度は西香の傷部分からカサブタが剥がされ、真凛と留音の体が傷つけられていた。ほんの少しだけ血が流れ、そこにカサブタが出来る。流石に全員がおかしいと思い始めた。


「もう!嫌ですわ!きっと何かちっこい猿みたいなのが入り込んでいるんです!そうしてわたくしのような美少女の柔肌を傷つけて楽しんでいるのですわ!衣玖さん!あなたの技術力なら害獣滅殺装置くらい数分で作れますでしょう!?」


 西香は前の日に出来たカサブタを控えめな力でかきながらそう言った。カサブタが出来ているときというのは少しだけ患部が痒くなるものである。それを見た真凛が「あんまりかきむしらないほうが良いですよ」と言う。


「まぁ特殊装置くらいすぐに作れるけど……この流血事件の犯人は害獣では無いと思うわ。あの子は一切傷つけられていないし」


 IQの限界を知らない衣玖の頭脳が探偵っぽさを発揮し始めた。そんな衣玖の言葉に対して留音が反論する。


「いやいや、そりゃそうだろう。あの子に悪意を持って接するものは全宇宙に存在しない。蚊だってあの子からだけは血を吸わないし、全宇宙に共通した慈愛や平和という言語を体現したのがあの子だぞ?そりゃあ害獣だってあたしらを狙うだろうが」


「まぁそれもそうね……私としたことがわかりきったことを言ってしまったわね。でもそれ以外にも害獣が犯人でない理由があるのよ」


 淡々と説明する衣玖に対して、約一名が早口で反応する。


「そ、それは一体なんなんですかぁ?」


 反応の主である真凛がビクビクと訊ねた。


「この流血事件はね、ただ私達にちょっとした怪我を負わせることが目的じゃないってことよ」


「どういうことだ?」


「これまでの経過を思い出してみれば簡単よ。犯人は……明らかに私達のカサブタを集めることに執着しているのよ」


「な、なんですって?!」


 西香の驚いた表情に衣玖は冷静にうなずいてみせた。


「私達は全員カサブタをつくっている。そして次の日になると何故かそのカサブタが剥がされていた……そうでしょ?」


「た、確かにそうだけど……じゃあ犯人はカサブタの為にあたしらを傷つけてるっていうのかよ?」


「そうとしか説明できないわね」


 馬鹿な……留音がそんな表情を作った。


「で、でも衣玖さん。どうしてカサブタなんて集める必要があるって言うんですか?」


 真凛が怯えたように震えた声でそう尋ねると留音もうなずいて続ける。


「そうだよ、カサブタなんてただの血の塊じゃないか」


「そこなのよね……私にもその理由がわからないのよ」


 探偵よろしく、顎を乗せるような手の形を作り、そのへんをうろちょろしながら考え込む衣玖に対し、西香がおずおずと挙手をしてこう言った。


「それでしたら……わたくし、たった今ピンと来ました。カサブタにはDNAが豊富に含まれているはずですよね?」


「DHAみたいに言うわね。まぁその通りよ」


「な、なんですか?西香さん、ピンと来た事って……」


 真凛がわずかにつばを飲み込む。他の全員が西香の推理に傾聴しようと目線を向けていた。


「つまりです。カサブタがあれば科学的にクローンが生み出せるのではなくて?」


 西香は衣玖に向けて、少し責め立てるかのようにそう言った。意図を察した衣玖が「何が言いたいのよ」とやや攻撃的につっかかる。


「つまり……衣玖さん、あなたの技術力ならクローンなんてお手の物でしょう?わたくし達からDNAを奪い、純度の高いクローンを作ろうとしているのではないのですか?」


「そんなわけ無いでしょ。仮にもしクローンを作るにしてもあんたらなんていらないわよ!作るなら……」


 衣玖はあの子を一瞥して咳払いをして黙り込む。そこに留音がフォローに入った。


「まぁ実際、仮に衣玖があたしらの細胞が欲しいにせよそんな回りくどい方法はとらないだろうな。黙って髪でもぶち抜いていくのがこいつだよ」


「そうよ、私はわざわざカサブタなんて取らないわよ。自分を傷つけるのも嫌だしね」


「じゃ、じゃあ誰がカサブタを取るような真似を……」


 推理を外した西香が疑うように周囲の顔を見回した。留音も衣玖も考え込むようにしていたが真凛だけが表情を固めて汗をダラダラと流し、西香と目があった瞬間に叫ぶように言った。


「わ、わたしじゃありませんよ!?」


 やたら狼狽え、裏声になる真凛。ただ西香は全くを持って空気を読むことが出来ないため「……ふむ、やっぱり害獣かなにかの仕業ですわね……衣玖さん、害獣滅殺装置の開発を」なんて疲れたように言った。


「おいいや待て待て、真凛、何か知ってるのか?」


 すかさず留音がそう突っ込むと真凛は小さくぴょんと飛び跳ねる勢いで「何がです?!」と震えている。


「まさか……犯人、あなたなの……?」


「そ、そんなわけあるわけないじゃないですかぁ!やだなぁもう!カサブタなんてそんな、た、食べるわけでもあるまいですしー!」


 外は今日も大雨だ。おまけに雷も鳴っている。真凛の動揺を表すかのように雷が近くに落ち、電気の光が少し揺らいだ。


「でも真凛、お前すごい汗だぞ?何か隠してるのか?」


 留音が一歩近づくにつれて真凛は半歩ずつ距離を取っている。


「隠しませんよ!隠しません!なんにも隠してませんてばぁ!」


 その様子の意図が微塵も理解できていない西香が首をかしげる隣で、あの子が真凛を心配そうに見つめる。その視線に真凛の困苦した目が混ざり合うと、真凛の中のやましい気持ちがあの子の澄み過ぎた瞳が一瞬で心を浄化させた。


「す、すいませんでしたぁ!わたしが犯人なんですぅー!」


 白状すんの早っ、と留音。続けて「どうしてそんな事をしたんだ……」と聞く。


「わたし……わたし、カサブタが欲しかったんです」


 その理由について聞きたいのだが。質問の続きを衣玖が受け持った。


「どうしてなの真凛、どうしてカサブタを欲しがるの?カサブタなんて生体保護現象の一つで傷口からの出血を止めるくらいしか役にたたないのよ?」


「あ、あうあうあ……」


 言いよどむ真凛。再びあの子の心配するような瞳に真凛は泣き喚くように吐露する。


「あーん!皆さんのカサブタは美味しくいただきましたぁー!」


「はっ?」


 西香が表情を歪ませて聞き返した。それ以外の(あの子以外の)全員が信じられない事を聞いて脳の理解が追いついていないような表情でいる。真凛はもじもじしながら暴露を続けた。


「わたし……カサブタがどうしても食べたかったんです……」


「ど、どういう意味だ?なぁ、なんかの比喩なんだよなぁ?えっ?」


 留音も状況を理解できかねている様子であった。


「だってっ、カサブタってなんかパリパリで薄焼きのお煎餅みたいじゃないですかぁっ、お菓子っぽいのかなってっ」


「いやそうはならない」


「でも食べたらそこそこ美味しかったんですよぉ!」


「ヴォエええ!」


 西香は嗚咽を隠そうともしなかった。


「わかってます、アブノーマルな食嗜好だってことは!でもくせになっちゃったんです!ちょっとパリっとして、口に入れたらシナってなって血の鉄の味が少しだけしてっ、少し歯ざわりにしつこくてっ……最初は自分のだけで我慢出来たんです!でもだんだんと衝動が抑えられなくなって……そんな時に留音さんが怪我をして帰ってきて……どうせ治ってしまうカサブタだったら、わたしが食べたって……!そんな考えが溢れてきてしまって……」


「そもそも何故口に入れようと思ったの……」


 まるで吸血衝動を抑えられないヴァンパイアのように苦悩する物言いをしているのに周りのほぼ全員が顔を歪ませていた。あの子だけは本気で心配していて真凛に付き添って頭を撫でている。


「じゃ、じゃあそれであたしらのカサブタが毎日無くなっていたんだな……」


「ごめんなさい……でも留音さんのを食べたら自分のだけじゃ足りなくなって来て……わたしはっ!うぅ、皆さんになんて事を……」


「ゔぉうううええ!!」


 本気の嗚咽を惜しげもなく披露する西香。誰も特に気にかけること無く進行している。


「わたしは一体どうしたらぁっ……」


 真凛はガクッと膝を折って床に手を付き、大泣きを始めてしまう。あの子以外はそうそう同情の瞳も向けられない。


「まぁなんていうか……あたしらだって生き方の多様性認めてなんぼみたいなところあるけど……」


「きんもッ!ヴォエッ!」


「何か良い解決方法は無いかしらね……いっそ私の好きなドライフルーツ入りのコーンフレークでも似たような食感にならないかしら。カサブタの代わりに食べるなんて風評被害になるから該当商品の名前は出せないけど」


「えっ……そんなものが、あるんですか……?」


 絶望感から目に暗さを作った真凛が泥のようになりながら衣玖にしがみつく。


「私、夜食にたまに食べてるのよね。ちょっと持ってくるわ」


 衣玖は部屋からそのシリアルを持ってくると牛乳と一緒に更に盛り付けて出してあげた。


「わぁ……ありがとうございます衣玖さん。わたし、シリアルって食べたこと無くて……」


「そうなのか?料理好きなのに意外だな」


「料理するのが好きだからですよ。簡単に食事が済んじゃうのって味気ないのかなって思ってて……」


「いいから食べてみて。カサブタの代わりになればいいのだけど……言ってて違和感しか無いわね」


 カラカラカラ、と小気味の良い音を立ててお椀の中にシリアルが踊るように入り込み、次に新鮮な牛乳が注ぎ込まれた。


「ちょっと置いたほうが良いかもね。牛乳淹れたてのサクサクフレークが一番美味しいけど、カサブタに似せるならシナシナのほうがいいかも」


 そのアドバイスに真凛はシリアルをかき混ぜて待ち、牛乳でひたひたになってちょうどよくなった感じのシリアルを口に運んだ。


「あっ……ふぁああっ、これすごい!ひたひたになったところはシナっとしたカサブタに少し似てて、それに小さなドライフルーツが噛みごたえを演出してそれはまるで凝固した血液がジュワってなるところみたいで、そこからは血の混じった皮膚の鉄の苦味みたいなのとは違う甘酸っぱい味がにじみ出て来てっ……」


「ゔぉえええ!想像させないでくださいまし!シリアルとカサブタの共通点を探さないでくださいな!」


 二口、三口。真凛は何か悪い憑き物から解放されたかのように笑顔で真凛はこう言った。


「これ、カサブタより美味しい!」


「まぁそりゃそうだろうなぁ」


「そうね、特にそれについてのコメントは持ち合わせないわね」


「おえー!わたくししばらくシリアル食べられませんわー!今後一年は絶対にシリアルを食卓に並べないでくださいまし!」


 そんな三人の言葉など真凛には聞こえていない。幸せそうな表情でシリアルをかき混ぜながら牛乳とドライフルーツによって彩られた新たなカサブタの世界に浸っている。


「そっか……こんなところにあったんだ、わたしの求めたモノ……ありがとうございました、皆さん。人生って、わかっていても負の連鎖を作ってしまう事がある。でも少し視点を変えるだけでこんなにも幸せな感情を知ることが出来る……わたし……生きている世界が狭かったんだな……」


 ぐーるぐる。シリアルはゆっくりと回り、たまに硬い部分がサクサクという美味しそうな音を立ててはいるが、真凛にはキレイなタイプのカサブタに見えている。


「カサブタとシリアルの話でそこまで言うの?」


「私、これについてのコメントも特にないわね」


「うっ、おえっ、小さいドライフルーツのいちごがっ、赤いの、オエッ」


 三人の少し距離を保っての言葉にも動じない真凛はみんなに優しい微笑みを向ける。


「皆さんはやっぱりわたしの大事な人ですね……それなのに傷つけてしまって……もとに戻さなきゃ……ですね。えーーーーい!」


 そうして真凛は自身の能力によって地球を木っ端微塵にして全人類を消滅させ、数秒後にもとの状態に戻すのだ。ただし真凛の大事な人達は皆、カサブタを作っていなかった。そしてまた同じ時間軸に戻ってくる。やはり雑魚寝はしていたが、真凛は新たに手に入れたシリアルという存在によって誰からもカサブタを奪う必要がなくなっていたのだ。


 そんな日常はいつも通りゆっくりと流れていく。買い物のために外に居た真凛がリビングに入ると西香がこう言った。


「あら真凛さんおかえりなさい、ところでわたくしお腹が減ったんですけれど。何か小腹に入るようなものありません?」


「あ!さっき良いのを買ってきたんです!」


 じゃじゃん!と真凛は西香にドライフルーツ入りのシリアルを振る舞った。その様子を見た留音や衣玖は「真凛がシリアルなんて珍しい」と軽く茶化すのだが、真凛だけはこのシリアルを通じて知った人生のあり方を感謝し、こう返すのだ。


「これ、カサブタより美味しいんですよっ」


 真凛の向けた表情、それはとても素敵な笑顔だった。


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