勇者にレクチャーする内容を考えよう
開いてセンキュ
魔王が現れた。魔族を束ね、使役し、人類に仇なす、神なき畜ども。
有史以来何度も現れたことはわかっているが、なぜ現れたかはわかっていない。
魔王を倒すのは、王ではなく勇者であると相場が決まっている。少なくとも、伝承ではそうなっている。
こん棒と小銭を渡して、勇者を名乗らせた子供を大量にばらまいたこともあるが、今では異世界から呼び出すのが通例だ。
魔物の溢れる世界へたくさんの子供を放り出し、いずれは誰かが倒して帰ってくる。それでは余りに効率が悪かった。
結局軍隊を動員し、各国が便乗し、領土を切り刻まれた。
異世界から呼び出すと、不思議なことに言語能力に加え、その他能力を持つことが多い。実に効率が良い。
「それに」
近衛団長が続けた。
「帰りたがるから邪魔になりませんな」
宰相、国家魔術師、王女、そして国王。四人の顔を見た。
負けても勿論、勝っても英雄とは迷惑だ。お帰り頂くのが実にありがたい。
「とりあえず呼び出す手筈は済みましたから」
魔術師は濁した。
王女が不意に漏らす。
「ところで、どう説明なさるのですか?」
全員が虚を突かれたような思いだった。
王女は続ける。
「だってその……遠くからいらっしゃるんですよね?」
「お力がどんなものかわかりますか?」
魔術師は答える。
「わかりません。ご本人でも理解されてない例も確認されてます。異世界の……そう、門をくぐることにより能力を得るのです。知りようがないのです」
王女に一礼して終えた。非公式な場である。貴人への礼で良いのだ。
「なら、ご本人も制御できないかもしれませんわね。動揺されたり、私達の志が伝わらなければ、味方になっていただけるかも難しいのではありませんか?」
至極もっともである。暴れだした例も歴史上存在するが、難なく取り押さえてきたので注目されてこなかった。
しかし、最初から強力だった勇者も居なくはない。盲点であった。
「なるほど、我々とその目的について知ってもらいませんといけませんね」
宰相は述べた。
「経緯と相手、目的、我々のできる支援について、でしょうか?」
国王は口を開いた。
「大事な事を忘れるな」
宰相は僅かに動揺し、言った。
「ええと、何でしょうか?」
国王は少し意地悪く笑った。近衛団長には思い当たることがあるが、あえて沈黙を守った。
「報酬と罰則だ」
宰相はようやく理解したようだ。
「ああ、なるほど、罰則はいいでしょう。帰るあてもないでしょうし。報酬の方は……」
皆が魔術師の方を向いた。
苦虫を噛み潰したような表情で魔術師は答えた。
「お恥ずかしながら、帰還を確約できるものではありません。どこかに飛ばしますが、それがどこか、確認できたことはないのです」
国王は目を細め、何かを考えているようだ。
近衛団長はゆっくり口を開く。
「別にいいでしょう」
王女が目を見開いてるが、気にせず続ける。
「勇者は魔王を倒せば用済みです。飛ばしてからの行く先により、我々がどうこうなるでなし。最高の魔術を用意し、後は勇者の運命に委ねましょう」
「もし、残りたいと言われたら?」
王女が問いかける。
「近衛で指南役として召します。信用できるなら、私が退いて団長としても良いでしょう」
国王を見る。小さく頷いた。
「勝って生き残った場合です。今考えたってしょうがありません」
近衛団長は王女をみた。
「ええ、ええ、そうですね……」
なにか考えてるようだが、近衛団長は気にせずに飲み物を啜った。
「目的については、どう伝えますか?魔術師殿?」
近衛団長は魔術師に水を向けた。
「は、ああ、ええと、そうですね」
メモ帳をパタパタと用意した。
「まず、魔王を倒すべく」
「少し待ってください」
魔術師の筆記を、宰相が止めた。
「はい、どこでしょうか?」
魔術師はどこを指摘されたのかもわからず、ただ手を止めた。
「魔『王』と、お伝えするつもりですか?王の前で」
宰相は念を押すように魔術師に言った。
そりゃもちろん、と言うのを辛うじて止めた魔術師は、実に運が良かった。
『王』と呼ばれるのは、神に領土を安堵された者を指すのであり、他の者を指すのは反逆、と言うほどではなくとも不敬になる。
王の御前ではなおさらだ。
「あ、ああ、そうですね、通称とは別で」
「通称?他にそう呼ぶ者がいるのですか?」
宰相の追及は容赦なかった。
「いえ、ええと……」
魔術師は困り果てたようにうつむいた。
「うーん魔族の精神操作とは誠に恐ろしいですね」
近衛団長が助け船を出す。
「魔術師殿は、ご職業柄、魔族の外法に触れる機会も多かろうと思います。外法でもっても真の忠誠とは揺らぎませんが、大いなる言い違いを引き起こすとは魔族も恐ろしいですな」
国王はケラケラと笑い、対称的に宰相は刺すように魔術師を睨み付けた。
「熱心なのはよろしいですが、魔術を解かれてから陛下の御前いらしてください」
「ええ、はい」
王女はそわそわと二人を見ているが、国王が話した。
「では、『現し世に現れせしめた魔族が長たるものを』」
「陛下、陛下!」
王女が国王の発言を遮った。
世が世なら処刑に値するが、非公式のばであり、親子という情もある。
「そんな言い方では勇者さまも訳がわかりません。もっと柔らかく言いましょう」
「ふうむ。例えば?」
魔術師がここしかないと必死になる。
「『人間に悪さをするやつをやっつけて』でどうでしょう」
近衛団長は興味を失い、使いへ注文をつけ始めた。
「わかりやすさという点では良いのではないでしょうか」
宰相はあっさりと良しを出す。先ほどの追及をやり過ぎたと思ったのかも知れない。
「ありがとうございます」
魔術師は顔いっぱいに笑みを見せた。宰相はここからダメ出しをするつもりだったが、挫かれた。
近衛団長が地図を取り出した。
「奴らの根城はこの辺りですね」
地図の深い森を指差す。
「ええと、祖先が神より賜りし」
「おほん!げふん!」
魔術師の発言を、宰相が咳払いで止める。
「……どこでしょうか?」
魔術師は顔色を伺うように尋ねた。
「そうですね、悪くないんですが、悪くないのですが、その、祖先が賜りしは少し控え目にいけませんか?」
魔術師は首を傾げた。
「つまりどういうことでしょう?」
宰相は言葉を探すのに少し焦った。
「この森は係争中でして、あまり露骨な表現は控えて欲しいのです」
近衛団長は鼻で笑った。
「係争中だろうと事実は事実、そのままお伝えするべきでしょう」
宰相は絞り出すように答える。
「今、我が国の財政難は深刻です。この隣国との貿易が頼みなのです……」
「金で誇りと天領を捨てると?」
近衛団長は穏やかに厳しい視線を向け、返答如何では逮捕権を行使すべく構えた。
「違うのです。違うのですが、召喚の儀には僅かといえど証人として人を呼びます。隣国も呼ぶのです」
近衛団長は冷めた目でにこりと笑い、衛兵を呼ぼうとした。
「止めなさい」
国王がその合図を遮った。
「宰相も財政は熟知してる。仕方ないこともある。くれてやるわけではないのだ。ただ隠すだけだ」
近衛団長はすぐに切り替え、宰相に非礼を詫びた。
「じゃあ、後は歴史ですね!」
王女は大いに張り切った。
人を知るには経歴や人生を知る。国も同じ、そうした意識があった。
「こんな時間か」
国王がポツリと呟いた。
「そうです!我が国700年の歴史をお伝えすれば、きっと勇者さまも魔族よりも私達のお味方をされますわ!」
「そうか……」
国王は明らかに何かを思案している。
宰相と近衛団長はすぐに理解した。
魔術師は諦めていた。
王女は疑問に思うだけであった。
「よし!」
国王は言った。
「余は執務があるでな。一旦戻る、近衛団長、共に来なさい。宰相は王女と共に口上の検討を続けよ。終われば余が裁決をしたのち、通常業務に戻りなさい」
近衛団長は笑いをこらえ、宰相はあからさまに天を仰いだ。
「警護はキチンと交代で送ります、何かあればその者に」
近衛団長は宰相に伝え、宰相にだけわかるよう目の端で笑って見せた。
宰相は絶望を胸に、やる気に溢れた王女と、穏やかではない覚悟をした魔術師と、三人で深夜まで検討した。
そもそも世界の始めから魔王登場まで、魔王打倒の意義を数分にまとめるのは不可能なのだ。
三人はあらゆるものを諦めた。
「つまり、落ち着いてからでも良いのです。そのあと時間はあるのですからね」
宰相は寝不足のまま王女に伝えた。
「王女殿下、いいですか?殿下の仕事は勇者さまの教育ではありません。警戒心を解くことです。それだけ考えましょう」
「そうね……そうします」
魔術師は無駄になったメモ帳を落書きを覚え始めた。
勇者召喚の日
王女は準備を整えた。
気遣いや作法ではなく、愛嬌と顔立ちと体つきで揃えた小間使い。
さんざん練習した媚び。
せめて公には迂闊なことを口走らないよう徹底した。
きっと世界を救うと信じた。
魔術師が正装に大げさな振り付けで術式を解いている。
国王陛下には許可をいただいている。
胃が痛む。
閃光のような目映い光。伝承通りの光だ。
(予定通り)
すでに当初の目的を忘れ、一言も話させまいとしていた。
陣の中央に人がいる。
珍妙な服に平たい顔。
男性!よし!予定通り!
(サン!ハイ!)
黄色い声援をともかく叩きつける。
もみくちゃにしてともかく担ぎ上げる。
間違いなくパニックのようだが、攻撃してこない。
そうだ、機先を制するのだ、他は全て後でいい。
今攻撃しないなら必ず話を聞くだろう、勝った、賭けに勝った。
これは召喚史上最高の進歩だ。
やった!賭けに勝った!
何かを忘れたまま勇者を担ぎ込んだ部屋に来た。
予定通りの部屋に身支度を整えさせ、その担当が報告したのだ。
ノックする。
「入ります」
勇者のわりには些か幼い顔立ちの人間がいた。
「すみません、待望の勇者なのであの子らも浮かれていたのです」
そう、嘘ではない。
「うーん?勇者?どういうこと?」
ふとなんと説明するのか迷ったが、いつぞやの結論を伝えた。
「ここはたくさんの人が昔からすむ広いとこです。人間に嫌がらせするなんだかのエライやつをやっつけてください。私たちもがんばります」
勇者はポカンと虚空を見つめた。
もしかして勇者ってバカ?
読んでくれてありがちゅ