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6話「俺が呼ばれた日」

「ああ、おかえり」


 シロナの服の代金を払い、仕事も終わりだと戻った俺にそう言ったのはファウロさんだった。

 宿にふたたび到着したのは、かなたの空が緋色に染まり出した頃合いだった。戻ったと報告するため、宿でファウロさんを探していたが、見つからなかったのだ。だからとりあえずシロナだけ宿の部屋に戻ってもらい、彼を探してたどり着いたのがここ、星狩りの馬車がある馬小屋。

 精神的にも身体的にも疲れた状態で人探しをさせるとは。

 八つ当たりにも似た苛立ちを滲ませながら「ただいま戻りました」と返す。ファウロさんは困ったように苦笑した。


「ごめんね、いらない手間かけさせちゃって」

「……いや、別にファウロさんは悪くないですよ。それより、結構買ったんですね」

「まあね。次の村まで結構日数かかるから」

「といってもまた干し肉とか泥鰯の燻製ですか?ミズキが嘆いてましたよ、ろくな食事ができないって」

「我慢してもらうしかないね。保存性が高いし、なにより安いんだ……っと」


 ファウロさんは額に滲む汗をぬぐいながら、いくつかの木箱のうち一つを持ち上げる。相変わらずだな、と俺は肩をすくめた。

 この男、ぱっと見優しそうに見えるが、それだけじゃない。諦めが早いというか、割り切りがいいというか、ダメなことや無理なことに対しては驚くほど冷たいのだ。もちろん優しくはあるんだが、それと同時に星狩りの一隊の隊長をやるだけあって、それなりに冷淡でもあった。


 安さを求めるのも、それが必要とわかってるから俺も口は出さない。

 星狩りが組織され時が経つにつれ、その隊数も増えていった。宿は無料提供として、食費やその他必要な経費はすべて国から支払われる。隊数が増えているのだから、一隊あたりに支給される額が減るのも当然で。

 世知辛いよね、とこぼすファウロさんに、俺は苦笑いを返すことしかできなかった。


「で、シロナちゃんの服は買えたのかい?」

「ああ。割と安かったんだ」

「それはよかった。他に何かあったかい?」


 ファウロさんの問いかけに、少し言葉に詰まった。

 襲われたことを言っていいだろうか。一瞬そんなことが頭をよぎったが、報告すべきだと首を振った。


「街の人間に襲われました」

「そうか……」


 ふと、その反応に違和感。驚きはしていない、どちらかといえば当たって欲しくない予想が当たってしまったような。


「やっぱり予想はしてたんですね」

「……ごめんね」

「いや、だからフードとか被るように言ってくれたんですよね?」

「うん、まさかここまで敏感になってるなんて、予想外だった。ユルトも見たかい、あの広場の死体。多分あれのせいだ。あれは――」

「星喰いの子」


 ファウロさんは面食らったような表情を浮かべた。


「知ってたんだね」

「その広場で変なやつに教えてもらったんですよ」

「変なやつ……? まあいいや。たぶん、その襲った人たちに教えたのは門にいた衛兵だ。シロナには外出させないほうがいいかもしれないね」


 一つの木箱を馬車の中に入れて、彼はふうと息を漏らす。


 そのつぶやきは、俺も同感だった。さすがにハイラテラの住民全員に伝わってるとも思えないし、全員が襲ってきた連中ほど過激とも限らない。が、警戒するに越したことはない。

 決してシロナと一緒にいるのが嫌だからというわけじゃない。心の内でこぼした言い訳は、誰に対してのものか自分でもわからなかった。

 ああ、こんなことを考えてたらクロナになんて言われることか。

 さっさと自分の部屋に戻ろう。そう思って「では」と一言。振り返って歩き出した時、背後から声がかかった。


「ああ、あと一つだけ」

「なんですか?」

「今日昔の友人に会ったんだ」

「昔の?」

「うん、五年ぶりにね。結構変わっててびっくりしたよ。本人は変わってないって言ってたけどね」


 はあ、と情けない声を漏らす。それが、俺を引き止めてまで話したいことなのだろうか。


「で、本題なんだけど、そいつとなるべく会わないで欲しいんだ。特にシロナちゃんにはね」

「シロナ?」


 なんであいつの名前が。たまらず聞き返す。


「うん。まあここも結構広いし、そうそう会うこともないと思うんだけど、一応ね」

「まあそれはいいんですけど、どんなやつなんですか?」

「見たらすぐにわかると思うよ。高身長にとがった耳なんてこのあたりにはそうそういないしね。伝えたかったのはそれだけかな。もういいよ」

「……あ、ああ。おつかれ、さまです」


 彼の言葉に押されるようにその場を後にする。しかし意識は半分おいていったままだ。


「高身長にとがった耳……」


 誰に言い聞かせるわけでもなく、そう零した。

 なんとなくその特徴におぼえがあった。記憶を探りながら、馬小屋の出口までの歩く。

 しかし思いのほか、答えはすぐに見つかった。


「ああ、あいつか」


 頭に浮かんだのは、日中広場で出会った変な男こと、メルサルバのことだった。あいつはたしかに高身長で耳はとがっていたし、ファウロさんの言っていた特徴に合致する。

 しかし思い出したからといってファウロさんに確認しようかというと、また別問題だった。もう実はシロナとそいつはあってましたなんて言うのもなんだか気が引ける。それになんとなく、メルサルバがファウロさんの言っているやつとは思えなかった。たしかに変な男ではあったが、過激とは思えない。


 いやでも一応いうべきなんじゃ……。

 なんてウンウン唸りながら馬小屋から出ようとしたその時、正面から歩いてきたのはミズキだった。

 とりあえず片手をあげる。しかし、こちらを見ているはずだが反応がなかった。

 無視か。心にかすかな傷を感じながら、小さく息を吐いた。


「ミズキも今帰ったのか?」

「……ああ、ユルト。ええ、そうね」


 無視というわけではなかったらしい。しかし俺は首を傾げた。すこし下の地面を見つめて、心ここにあらずといった様子。その言葉も上澄み液をすくいだしたかのような声だった。


「なにかあったのか?」

「……ごめんなさい。なにかいった?」

「いやなんでもない。おかしいな、やっぱり」


 厭味ったらしくそう投げかけても、これといって反応はない。これは重症だ。 

 思い出すのは、広場で見かけた彼女だった。あの時の彼女はどう考えても異常だった。あれが関係しているのは明白。でもどんな関係なのかはわからない。


「で、どうしたんだ?」

「なんでもないわよ」


 呆れたようにため息を漏らす。特に不快には思わなかった。たとえ尋ねてもあれだけ感情を荒立てるようなことだ、すなおに口にするとも思えなかった。きっとファウロさんが聞けばまた違うのだろう。ミズキが最終的に頼るのは、いつだってファウロさんだ。


「ミズキがそういうなら。ファウロさんならこの中にいるからな」


 まあいいかと歩き出し彼女とすれ違えば、背後から聞こえてきたのは大きなため息だった。


「待って」


 さっきまでとは少し調子の変わった、凛とした声に思わず足を止める。


「やっぱり言うことにするわ」

「まあそれはいいけど、なんでまた急に」

「ユルトを信用しているから――それじゃダメかしら」

「ダメじゃない。でもミズキはそんな簡単に信用するやつじゃないだろ」


 信用されてないと思っている、というわけじゃない。彼女はこれでも警戒心の強い人間だ。俺と彼ら星狩りは出会ってまだ数か月。あんなに変わってしまうようなことを話してもらえるほど、信頼されているとは考えにくかった。


「まったく、信用してるっていわれてるんだから素直に受け入れればいいのに。それに嘘じゃないわ。このことについては、あなたくらいしか話せる人もいないし」

「どういうことだ?」

「とりあえず、今日の夜。私の部屋に来てくれないかしら」

「は? お前の部屋?」


 言い残して馬小屋に入っていこうとした彼女の背中に呼び掛ける。

 なぜミズキの部屋なんだ。なぜ夜なんだ。今ここじゃダメなのか。


「いいから」


 ミズキは振り返って、俺にそう言った。さっきまでの呆然とした雰囲気なんて感じさせないような鋭い視線。


「今日の夜、私の部屋、ね」


 強調するように言葉を区切って。にらみつけるといってもいいくらいの厳しい表情に俺はなにも言い返せず。


「……ああ、わかった」


 そう答えるしかできなかった。




「いいわよ、入って」


 シンとした空気の中、扉の向こうからミズキの声が届く。

 おじゃまします、と。一応一言口にして、ミズキの部屋に入った。


「なによ、おじゃましますって。別にここは宿の一室で私の部屋じゃないんだから、そんなこと言わなくてもいいのに」


 揺らめく橙の光に照らされながら、ミズキはバカにしたように笑う。

 彼女は寝間着のような、とにかく普段よりもずっとラフな格好をしていた。風呂上がりなのか潤いを含んだ赤髪、頬はかすかに上気して。ベットに腰かけた、見たことのない彼女に驚いて、反射的に顔をそらした。その先でいつの間にかそこにいたクロナが、可笑しそうにクスクスしているのが恨めしい。


 ミズキの言うとおりここはハイラテラにある宿の一室だ。俺たち星狩りはこの街にいる間、この宿を使うことになる。

 決して古ぼけてもいない、かといって豪華すぎることもない、無難な宿。星狩りの特権から無料で使わせてもらってるだけ、その素朴さは逆にありがたかった。


「よく来たわね。ほら、そんな入り口に突っ立ってないで、中入ったら?」

「あ、ああ……」


 一歩踏み入って、辺りを見渡す。一応俺たちは一人一人で部屋を借りているが、性別による違いはないようだった。

 これといった家具はベッドくらいしかないシンプルな部屋。鎧戸から差し込む光はゼロに等しく、ここにある光源といったら小さな机の上にあるロウソクだけだ。

 「ほら、適当に座って」とミズキの言葉に従って、そこらにあった小さな丸太みたいな椅子に腰かけた。

 しかしなかなか切り出さない。沈黙に耐えきれなかったのは俺の方だった。


「あー……、わざわざ呼び出して、なんだ?別に話ならさっきでもできただろ」


 さっきというのは、ファウロさんとミズキと俺でした話し合いのことだ。

 毎回村や街に滞在するとき、今後のことを決めたり予定を伝えられる会議のようなものをする。といっても、ほぼ連絡事項を伝えるくらいだが。

 そこにはファウロさんもいる。そんな深刻なことなら、そこで話した方がいいはずだ。

 そう尋ねるも、彼女の表情はどこか釈然としない。


「ファウロがいるからダメなのよ。いえ、ちょっと違うわね。なんていうか……ファウロに言うべきか悩んでるのよ」

「へえ……」


 少し、意外だった。ミズキがファウロさんではなく俺を頼るだなんて。だからこそ、それがなんなのか気になってくる。


「告白、とかですかね?」


 投げやりに言い放ったのは、俺の隣に座ったクロナだった。しかも空気椅子。からかうような表情からして、本心では全くそう思ってないくせに。俺にしか見えないからか、こんな空気でもいつも通りのクロナにため息をつきたいのを我慢した。


「で、そのファウロさんに言いづらいことってなんなんだ? それを言うために俺を呼んだんだろ?」

「まあそうだけど……ねえ、ユルト」


 ようやくかと腰を据えても、開いた彼女の口はなかなか次を吐き出さない。躊躇うかのように閉じてはまた開いて、それを何度か繰り返す。

 いい加減話してくれと、急かそうとしたその時。彼女は俯いたかと思うと大きく息を吐いて、また顔を上げた。何か覚悟したかのような、強い目つき。まっすぐ俺を見据えたまま、ついに彼女は口を開く。




「ねえユルト――赤く光る星噛みを見たことはない?」


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