表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

4話「彼女を知った日」

 俺もハイラテラを訪れたのは初めてだ。当てもなくただ歩き、また表通りに出られたのは幸運だった。人ごみに入ればいつもと変わらぬ日常がそこにある。


 かといってどこに行けばいいのか当てがあるわけでもなかった。しかし、逃げ出したのは襲ってきたやつらのほうだ。しかも襲われた場所からそこそこ離れているし、この人ごみだ。またあいつら自身に襲われることはないだろう。


「……シロナ、落ち着いたか?」

「……うん」


 まだ少し震えているとはいえ、いつも通りの細い声。相変わらず俺の手をきつくつかんで離さない。まだ混乱しているとはいえ、すこしは安定しているようだった。

 一つ、安どで嘆息した。


 しかしここはどこだろうか

 すこし背伸びをするようにして、あたりを見回した。


「見回してもわかるわけないですよ。私たち、ハイラテラに来たの初めてじゃないですか」


 背中に刺さる、クロナの呆れたようなため息。

 いやまあそうだけど。たしかにこの街はどこに行こうが初めて来た場所に違いないわけだけど。

 でも初めてなら初めてなりにわかることもあるはずだ。


 半ばやけくそのようにまたあたりを見渡した。


「なんだ……?」


 俺は思わずそう漏らす。明らかに異常な光景だった。空間が一気に広がったのはここが街の中心だからだろう。人が多いのもわかる。しかしほぼ全員が同じ方向を向いていた。その視線の先にあるのは――


「死体……?」


 広場の中央あたりに鎮座する大きな台座。そこから杭が伸び、死体がぶら下がっている。処刑されたというよりは、死んでからあそこにぶら下げられたらしい。

 どうやら彼女はよっぽど嫌われていたらしかった。乱雑な髪、顔半分を覆う火傷の跡。朽ちた布のような衣服に黒い染み。その体はかなり痛めつけられ、死体の足元には小さな石やらが散乱している。おそらく、ハイラテラの市民になげつけられたものだ。

 なんとなく、なぜシロナが狙われたのか分かった気がした。


 そのとき、俺の手が締め付けられるような感触。


「シロナ?」

「――ッ。なんでも、ない」


 ごまかすような早口でシロナはうつむいた。一瞬だけ彼女のおびえるような表情が見えたが、俺は何も言えなかった。

 それもしょうがないと、俺は小さく息を吐く。シロナと似ているのだ、その死体の彼女は。

 人間離れした白い髪。そして苦しそうに見開かれた瞳から覗く、真っ赤な目。それだけといえばたしかにそれだけだ。だがわかりやすい外見の特徴として、それはあまりにも目に入りやすい。

 きっとシロナは彼女に似ているから襲われた。


「でもなんであいつはあんなに嫌われてるんだろうな」

「教えてあげようか?」

「うわ!」


 隣にいたのは見知らぬ男だった。俺の驚いた反応がおかしいのか、カラカラ楽しそうに笑ってるのを俺は恨めし気に睨みつける。その隣でクロナまで同じように笑っているのだから、あたりまえだが気分はよくない。

 驚いたのはシロナも同じだった。彼女は体を小さく縮こませながら、俺の体に隠れる。


「はっはっは……はー、いい反応だねえ。あ、もちろん面白いって意味でね?」

「……そりゃよかったですよ」

「……だれ?」

「ん、ああ、そうだね。俺はメアサルバだ。ま、覚えるなり忘れるなり好きにしてくれ」


 何が楽しいのか笑みを浮かべながらそう言う男を、俺は訝し気に見つめる。

 いざじっくり見て見れば、初めて見る人種だった。まず背が異様に高い。ガタイがいいといえばそれまでだが、それにしたも二〇〇に届きそうな背丈の男はなかなかいない。次いで、耳。あきらかに常人よりもとがったそれは初めて見るものだった。


「この人……」


 隣でクロナがそう漏らす。何か心当たりがあるのか。顎に手を当て思案する彼女に視線を向ければ、「いえ、なんでもないです」と言った。

 クロナが何でもないというのなら追及もできない。そもそも⑥のいるここで話しかけるなんてこともできない。また今度聞いてみればいいだろう。

 そう結論づけ、メアサルバのほうを向いた。


「で、説明してくれるのか?」

「ん、まあそれはいいんだけど、あんた本当に知らないのか?仮にも星狩りだろ?」

「なんでそれを」

「まあそれは何でもいいじゃないか。ちょっと耳にしただけだよ」


 納得できず追及しようと口を開け、しかし何も口にせず閉じた。なんとなく、こいつはのらりくらりと躱すだけのような気がしたから。メアサルバもそんな俺を見て、それでいいとでも言うかのようにうなずく。


「あれはな――星喰いの子(ほしぐいのこ)だ」

「星喰い?」


 俺はつい尋ね返した。

 星喰いとは何だろうか。星噛みなら知っているが、星喰いは聞いたことがなかった。


「星喰いっていうのは簡単に言えば強い星噛みのことですね。相当強いみたいですよ。たった一匹で一国を滅ぼした事例もあるみたいですし」


 クロナがそう付け加える。その時、つないだ手のひら越しにシロナが震えるのがわかった。なんだろうかと彼女を見ても、俯いてその表情はうかがえない。

 勘違いだったのだろうか。


「まあ強い星噛みって考えてくれればいいさ。……星狩りが組織されて、たしかに星噛みの数は減少した。でもあいかわらず星噛みの群れに襲われる村や集落はなくなったわけじゃないんだよな」


 頭がチクリと傷んだ。


「普通なら星噛みはすべての命を喰らう。でもたまにみつかるんだよ、捕食跡に人間が」

「それは――」


 ありえないと。そう口にしようとして、慌てて口をつぐんだ。生存者がいるというのは星狩りにとっていいこと(・・・・)なのだ。メアサルバはそんな俺を察してか、大変だなと漏らす。


「そう、ありえないんだな、そんなこと。星噛みが命を見逃すはずがないん。しかもそいつらには記憶がないし、しかも星噛みに襲われない。それこそ、そいつが星噛みかのようにな。だからみんなそういうやつらのことを『星喰いの子』なんて呼ぶんだよ」


 なるほどと納得した。星噛みはすべての人にひどく嫌悪されている。しかし一般人が星噛みに対抗できるわけがない。そこで恨みの矛先になったのが星喰いの子というわけか。

 もしかしたら星喰いの子は、ただ星噛みに襲われないだけで特に力もないのかもしれない。逆に記憶がないからこそ、常人より弱いのだろう。


「もしかして、星喰いの子は白髪赤目なのか?」

「お、するどいねえ。なんでそう思ったんだ?」

「……なんとなくだ。白髪に赤目なんてめずらしいからな。やっぱりそうなのか」


 となりで心なしか小さくなったシロナに視線を向けた。


 こいつは星喰いの子、なのだろうか。

 メアサルバがいった特徴にシロナはほとんど当てはまっている。白髪に赤目で記憶はない。星噛みに襲われないかはまだわからないが、つい俺は彼女に疑惑の視線を送ってしまう。


 とそこで彼は「でも」といった。


「それじゃあ半分しか正解じゃないな」

「どういうことだ?」

「たしかに星喰いの子は皆白髪に赤目だ。でもそれだけなら人間にもいるんだよ。そうそう見ないけどな。そんなことじゃなくて、もっと確実な人間との違いは――あれだよ」


 そう言ってメアサルバは死体を指さした。するりと彼の袖がわずかにずり落ち、彼の手首があらわになる。


 入れ墨……?


 そこにあったのは木の葉をモチーフにしたような入れ墨だった。まあだれがどんな入れ墨をしていようがどうでもいい。

 メアサルバが指さす先を目で辿れば、どうやら刺しているのは彼女の首元だった。よく目を凝らしてみれば何か模様のようなものがあった。少し離れたここからじゃよく見えない。


「なんか……紋章みたいのがあるな」

「お、正解だ」


 メアサルバが取り出したのは羊皮紙。そこに描かれていたのは、紋章だ。


「――っ」


 その瞬間背筋に悪寒が走った。

 似ている。あまりに似ている、俺も右手にある(あざ)と。こまかな形は違う。でもやはり似ていた。

息が乱れそうになるのを、「これは……?」と口にしてごまかした。


「ん、手配書、みたいなもんだな。この紋章があるやつを殺せば報酬金、ってやつだ」

「国が出したものじゃないな。この街のものか」

「そ。まあ紋章なんてわかりにくいからさ、結局みんな白髪赤目のやつを殺そうとするだよな」


 そこまで言うとメアサルバは視線をシロナに向けた。なんとなく、嫌な予感。彼はニヒルな笑みを浮かべ、


「ちょうど――そこの子みたいにね」

「――ッ!」


 俺は即座に距離を取ろうとする。が、結局周りには人がいる。たいして離れることもできず、彼に体を向けるくらいしかできない。シロナの前に出て、メアサルバを睨みつけた。

 もしかして、こいつも? まさか街中でも襲ってくるとは思わなかった。完全に俺のミスだ。


 しかし彼が何か仕掛けてくることはなかった。ただ俺たちを見つめ、クククと喉を鳴らす。


「いや、そんなに警戒するなよ。特に俺はお前らを襲おうなんて考えてないぜ?」

「信用できるとでも?」

「ほんとほんと。いくらフードで隠してても注意して見てみればそれくらいわかるって。そもそもそいつ、星喰いの子じゃないんだろ?その子の体のどこかに紋章あったか?」

「いや……」


 なかった、はずだ。シロナの名前を決めた時、俺は背中だけとはいえ彼女の裸を見た。そこにあったのは傷跡だけで、おかしな痣も何もなかったはずだ。

 メアサルバの横にいたクロナにこっそりと視線を向ける。彼女の前の裸はクロナが目にしていたはずだ。クロナは肩をすくめながら、


「私が見た限りなにもありませんでした」

「ああ、なかった。見た限りシロナにあんな紋章は」

「ならその子は星喰いの子じゃないってことだ。よかったじゃねえか」

「――ッ」


 メアサルバは俺の背に隠れたシロナに向かって手を伸ばす。頭をなでようとするかのような挙動だったが、シロナは逃げるようにさらに俺の背に隠れた。一瞬のキョトンとした表情。次いで気恥ずかしそうに笑うと、行き場をなくした手を引き戻す。


「でもま、そんなの知らねえ、怪しいものは皆殺しって輩もいるから気をつけろよ?」

「ああ、存分に気を付けるさ」


 確証はない。しかしおそらくこの男はさっき俺とシロナが襲われたことを知っていると、そう感じた。皮肉気にそう返しても、メアサルバは反応しない。じっと探るような視線を向けても「どうした?」と首をかしげるだけだ。なんだか空回りしている気がして、脱力感。まあいい、どちらにしても、あまり関係がない。なら利用したほうがましだ。


「なあ、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」


 俺はそう切り出した。


「こいつの服を買いたいんだ。お前みたいに差別しない店、知らないか?」


 俺の背中に隠れたシロナの背中を押しながら、そう尋ねる。

 もともとファウロさんやミズキから与えられた俺の仕事は、シロナの服の入手だった。今のシロナはミズキから借りたサイズの合っていないコートを着ているが、その下は多くの黒い染みのある、出会った時のままの服装だ。黒い染みは星噛みの血を連想させるし、さすがにこのままでいさせるのもかわいそうだと。そう言われたのだ。

だがどうやらこのまま普通に古着屋――仕立て屋は財政的に無理だった――にいっても下手したらさっきのようになりかねない。

その点、メルサルバなら差別しないところも知っていそうだ。


 彼はためらうことなく首肯した。店の名前、場所を教わり、メアサルバと分かれる。彼が歩きだし人ごみに消えてしまうその瞬間まで、こちらを見て不自然なほどに笑っていた。


「変な人でしたね」

「変な人、だった」


 クロナとシロナがほぼ同時に、そして同じことを口にして小さく心臓が跳ねた。


「なんかユルトのこともいろいろ知ってるみたいでしたし。それになんとなくあの雰囲気が気に入りませんねー」

「うん……わたし、あの人、苦手……」


 チクリと、脳裏を針で触れたような違和感。しかしかすかに強くなるシロナが俺の袖をつかんで意識を盗まれる。シロナの隣を歩くクロナは、なぜか険しい表情でシロナを見つめていた。


「まあ確かに怪しかったけど。でも俺たちにいろいろ教えてくれたのは事実だろ?」

「ん」

「……とりあえず、教えてもらった古着屋行くか」


 相変わらずの表情の乏しさだ。何を考えているのかわからず、とりあえず歩きだした。

 先ほどよりは収まったが相変わらずの人ごみの中を歩き。俺の袖をシロナが引く。


「――ん?」


 ふとそのとき、見覚えのある赤髪が人ごみの中に見えた。


「ミズキ……?」


 無意識にそうつぶやく。

 そこにいたのは確かにミズキだ。彼女も他の人と同様、吊り下げられた星喰いの子の死体を見つめている。

 だがしかし、どうにも様子がおかしい。

 目玉が飛び出るかというくらいに目を大きく見開いて、その死体を凝視している。彼女は星狩りになって数ヶ月の新人の俺と違って、星喰いの子のこともその扱われ方も知っているはずだ。

 なら、あの表情はなんだ?


「ほら、何してるんですか。行くんでしょう?」


 クロナの呼びかけが俺の意識を刈り取った。ああと口の中だけで頷いて、ミズキに背を向けて歩き出す。俺の袖を掴むシロナもそれに続いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ