No.035
今回もまた、短編小説になっております。
No,035
此処ではないとき。
此処ではない世界。
紅と蒼、双つの月が昇る世界。
これはそんな世界のお話。
帝国と王国の国境にある、平原に野営の火が見える。
焚火の前に一人の剣士が、火を見つめ腰をおろしている。
「もうすぐ、全ての幕が終わるか……」
剣士はそう言うと、中天にかかる双月を見上げ、過去へ思い馳せる。
引っ込み思案で、弱虫だった幼少時代。
苛められていた私を助け出し、強くなろうと剣の道に連れ込んだ君。
共に競い合い、切磋琢磨した少年時代。
友として、ライバルとして腕を競い合ってた。
夢を語り、剣術論を交わし笑いあってた。
成長し、剣を生かすために二人で旅に出た青年時代。
剣の腕を鍛えながら、冒険者として日々を過ごし、次第に名を挙げていった。
王国の騎士になることになり、充実していた毎日。
戦に恋に、日々を駆け抜けていた。
剣士は、右目の上から縦に走る傷跡を、なぞりながらそっと、万感の想いを込めて呟いた。
「……そして、あの日が来たんだ……」
あの日、私と彼はそれぞれの小隊を率いて、帝国の補給部隊を奇襲するために、渓谷を進軍していた。
どこからか、情報が漏れていたのか解らないが待ち伏せに会った。
敵を全滅させたが、こちらも多大な損害を受け、生き残っていたのは私と私の副官、彼と彼の部下が三人だけだった。
その時点で、任務の遂行を断念して、撤退に移った。
うねうねと曲がっている渓谷の道を、半ばほどまで来たとき、前方と後方で悲鳴が上がった。
私は、注意を促そうと彼の方に向いたら、いつの間にか抜き放ってた剣を、振り下ろしてきた。
避けきれず、顔の右側を斬られた。
「な、なにをする……」
彼は、私の言葉に反応を返さず、剣を構え間合いを少しづつ詰めて来た。
彼が、剣を振り下ろして来た。
私も、剣を抜き放ち彼の剣を受け止めた。
「どうしてこんなことを……」
彼は何も言わずに、剣に力を込めてきた。
堪えていた私の足場が崩れ、私は下の川に落ちて行った。
その後、九死に一生を得て都に帰還した私を待っていたのは、驚愕の事実だった。
彼が王国を裏切り、機密文書を持って帝国に奔ったことを訊いた。
この日から、私と彼は敵同士になった。
幾度も戦場で、あいまみえながらも決着を付けることが出来ず、互いに傷を深めていった。
私の友を彼が討ち、結果として私が彼の大切な人を、討った…………。
彼が王国を、裏切った理由を知っても、すでに数多く傷を負っていた心は、癒されることはなかった。
過日、ついに私達の決着がつかないままに、王国と帝国の戦争が終了することになった。
私は上級武将になっていたし、彼は将軍になっていた。
和平が成ってしまいしかも、地位を得てしまっているので決着を付けることが出来なくなってしまった。
私は全ての職・地位を捨て、彼に果たし状を送りこの地にやってきた。
私が想いを馳せているうちに、東の空が白み始め日が昇り始めた。
朝日に浮かぶように、近づいてくる人影がある。
私は、その姿を認めるとゆっくりと立ち上がり、心を静まらす。
人影は、間合いをとって立ち止まった。
何も言わず見詰め合う二人。
剣士は剣を抜き放ちながら、相手に告げた。
「さあ、全ての思い出と因縁に決着を付けるとしようか………………友よ。」
…………完。
「 生剣哀歌 」 (剣が生んだ哀しい歌)