始めの4月。番外編〜神田栞の場合〜
神田栞視点の番外編。
毎週月曜日に発行される無料求人誌『work City』の締め切りは、毎週金曜日の午後3時である。
その時間迄に募集主から募集内容を専用のフォーマットに書いて貰い提出して戴く。
そこから紙面に載る原稿を作り終えるのが午後5時。
大半は掲載した事がある原稿の流用なので間違った記載は無いか、違反内容や法に触れる服務規程では無いかもチェックする位。新規掲載や大型掲載は営業が数日前から募集主とゲラと言われる原稿の下書きをチェックにチェックを重ねるので、この時間の頃にはほぼスルーだから実は楽な話である。
特にバタバタするのは大型連休が絡むお盆、年末年始、GW。
毎週発行なのだが流石にこの期間は発行も止まるので、代わりに『2週合併号』となる。
この場合は掲載される求人誌も2週間専用ラックに置かれ発行部数も少々多くなるので、掲載希望の問い合わせが殺到したりするのだ。
特に今回は酷い様に思える。
私が求人部を抜けたせいか、3週間振りなせいか。
余りにも原稿数が多く、原稿締め切りの午後5時には到底間に合わないと昼前に応援要請が来たのだ。
『townWALK』のレイアウトの切りが良い所で求人部の様子を見に行ったら、中々の慌しさ。
友人の小森の姿を探したが、どうやらギリのタイミングで新規掲載希望が入ったらしく、今は客先に出向いてるそうだ。
編集長に話と、急ぎの案件を確認してから昼休憩のチャイムが鳴り響いた。
締め切りがある金曜日は外で食事を摂る事は少ない。事前に買ってデスクで摂るか食堂で済ませてしまう。
今日はカツ丼。
午後5時迄は身動きが取れないから、ガツっとした味の濃いのがどうしても欲しくなる。
空いた窓側の席に座って一息つく。
ふと食堂入り口から若干、ふわふわした歩き方の小森の姿を見つけた。客先から戻った様だが…見た感じ、相当のダメージを食らったみたいだ。
ありゃ無理難題を相当ふっかけられたな。
そして小森が毎週金曜日に食堂で食べるメニューはカレーうどんだ。
あ。やっぱりうどんコーナーに行った。
小森が言うには「金曜日の午後は、ほぼ客先に行く事無いからね。カレー汁が服に飛んでも大丈夫。」らしい。カレーうどんは彼女の好物らしい。
そんな読み通りにトレーの上にカレーうどんを乗せた小森がキョロキョロと席を探していたので、此方から手を振ってやった。
気がついた彼女は「お疲れ〜」と私の正面に座る。
「新規顧客にやられた?」
「まぁ…そうじゃ無いんだけど、話を脱線させるのが大好きな店長さんで…凄く良い人なんだけど無下に出来なくてさ…。」
やれやれと言った感じで小森は箸を持つ
「中々話相手がいない、寂しい店長さんだったんじゃない?」
「や。話の内容がラブドールなのが途中からキツかった。」
「ラブドール?」
「簡単に言うと、高級なダッチワイフ。」
ため息混じりでカレーうどんをすすり始める。
「何処の会社のシリコーンが良いとが…コッチは来週号に載せたいからって来たんだし、原稿の話をしたいのに冒頭1時間はそれよ。」
「しかし、何故に女性の小森にそんな話を振ってきたんだろ。」
「私にソックリなラブドールがあって、店長が買い悩んでるんだってさ。」
口に含んでいた緑茶を吹き出しそうになったのを我慢し、ぐっと緑茶を飲み込んだ。
小森曰く、ラブドールの話が最初1時間。原稿の説明とヒアリングで1時間半。そして最後にとどめのラブドール話が1時間だったらしい。御愁傷様。
「何処の店長さん?」
「駅前に出来た新しい居酒屋。来てる女性のお客さんをそんな目で見ているのかと思ったら、あそこ行かないわ。私。」
「まぁねぇ…。」
「あ、編集長から聞いたけど、栞が応援で来るんだよね?そのラブドールのゲラ、午後イチで確認しといてくれる?」
もう彼女の中では居酒屋では無く、ラブドール屋になってるのが可笑しくて仕方がなかった。
「そーいや明日からGWだねぇ。小森はどうすんの?」
「私は毎度の如く、爺ちゃんに脅されてるから。」
「栃木に行くんだ。」
カレーうどんを汁まで完食した小森は再び深いため息をついた。
小森の母方の爺ちゃん話は良く聞く。
これまた中々ヘビーな爺ちゃんで初孫だった小森を溺愛しているらしく、長い休みには色々理由を付けては呼び寄せて数日過ごすらしい。
「今度はお爺ちゃん、何て言って来た?」
「カマキリを捕まようとして転んだから1人じゃ生活出来ないって。」
「相変わらずだねぇ。」
「じゃあ今はどうやって生きてんだって話なんだけどさ。第一、叔母さんがほぼ毎日様子伺いに行ってんのよ?」
「確か、お爺ちゃん1人だよね?お婆ちゃん亡くなって結構経つから構って欲しいんだよ。」
「それならそうと素直に言えば良いのに…。ズレた所が変に頑固ってか…。」
「とは言え。小森のGWの予定は無いんでしょう?それ以外。」
うっ…。と目が泳ぐ小森。分かりやすい。
「まぁ…。」
「それとも朝比奈氏に何処か誘われた?」
「……………ある訳ないじゃん。」
本当。小森をからかうと面白い。
仕事している時は隙が無さ過ぎて近寄り難いけど、仕事以外はその辺の女子より色々な経験値が低過ぎて見ていて面白いを通り越して可愛い。
社内の男性陣は何でこれを知らないんだろうな。本当勿体無い。私が男だったら絶対付き合って楽しむわ。
「そー言う栞は?」
「明日から休み前半は彼と温泉旅行です。」
「…………………………そっか。」
あー!本当良い!その落胆した顔!!可愛い!
「でもさ、後半は彼、サバゲー大会で山に篭りきりだから1人で映画行くわ。」
「山。」
「そ。最近山を所有している人がメンバーになったらしくて。」
「山。」
凄い顔して遠くを見ている。そんな小森も堪らなく愛おしいのは私だけの秘密だ。
まぁ、山でサバゲーなんてやらない人が聞いてもイメージ湧かなくて当然だよね。
今日は締め切りもあるので食器を早々に片付け歯磨きを済ませオフィスに向かう。
小森の表情からすると、未だに山のイメージから抜け出せない模様。
「もしかしたらさ、GWに朝比奈氏から連絡あったりして。」
「うぐっ!」
何時もの変な返事と共にビクッと歩みを止めて
「それは無いよ。きっと忙しいよ、休みも。」
「そうなんだ。」
「いや…朝比奈さんからは聞いてないけど…。」
「ふうん。」
先週、初めて朝比奈氏と小森のやりとりを見ていたけど…私から見た感じ、朝比奈氏は小森の事を好意を抱いてる風が凄く感じたんだけどな。
まぁ。絶対面白いからまだまだ私の中でこっそり見ていようっと。
本編の合間にワンクッション入れました。
次回から5月です‼︎