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アリア  作者: 桜庭かなめ
本編-ARIA-
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第88話『事実と真実』

 警視庁に戻った私と浅野さんは氷室のいる独房へ行く。先ほど判明した、美来さんの診断書を発行してもらうために病院へと行った警察官の男が佐相警視であると彼に伝える。


「なるほど。やっぱり、佐相さんの父親が美来の診断書を発行してもらったのか」

「ああ。なので、真犯人の協力者は佐相警視で間違いないと考えている」

「そうだろうな。でも、協力者が佐相警視であれば、佐相さんがこの事件に深く関わっているのは間違いないね」

「ああ。そして、佐相警視が協力した動機はおそらく娘のためなのだろうな」


 ただ、簡単に佐相警視が、娘の佐相柚葉がこの事件に深く関わっていること……真犯人であることを認めるだろうか。そもそも、自分自身が真犯人に協力したということも。


「やはりここにいたのか。羽賀君、浅野君」


 振り返ると、そこには佐相警視が立っていた。


「噂をするとやってくる……か」


 氷室が耳元でそう囁く。


「さっき、妻から連絡があってね。氷室智也が逮捕された事件について、娘の柚葉に話が聞くために家に来たそうじゃないか」


 どうやら、佐相警視はご立腹のようだ。それとも、明かされたくない事実が明かされそうになって焦っているのか。


「さすがに父親であるあなたにはすぐに連絡が行くのですね」

「……なぜ、娘に話を聞こうと思ったのだ」

「氷室智也は被害者である朝比奈美来さんのことをいじめから救っています。月が丘高校に聞き込み捜査をしたところ、クラスと声楽部でいじめがあり、クラスでのいじめは佐相警視の娘さんが中心となっていじめていたことが分かりました」


 それらについては氷室が逮捕される前から知っていたことだが。


「この事件の鍵はそのいじめであると考えています。ですから、佐相警視のお宅に向かったわけです。そうしたら、奥様が話すことはないと強い口調で仰って、娘さんに会わせていただけるどころか、家に入ることすらできませんでした。ですよね、浅野さん」

「ええ。声だけでしたが、怒っているように思えました」


 確かに怒っているように感じたな。そのおまけに、目の前にいる佐相警視も怒っているようだが。


「娘はいじめっ子というレッテルを貼られたんだ。朝比奈さんがいじめられたと言わなければ、いじめっ子にはならなかったのに」

「それはあなたの自分勝手な解釈ですよね。僕は娘さんと直接会って話しましたが、あの態度は父親であるあなたに似たみたいですね……」


 佐相柚葉は佐相警視のような態度を取るのか。


「犯罪者が何を言うかと思えば」

「そういった自分に都合のいい解釈をし続けても、やっていることが間違っているなら、いつかしっぺ返しが来ますよ」

「それは君に言えることなんじゃないか? 氷室智也。いじめから救ったから何をしてもいいだろうと思って、朝比奈美来にわいせつ行為をしたのだろう!」

「美来は僕にわいせつ行為はされていないと証言しています。あと、今の言葉はあなたに対する警告のつもりで言ったんですよ。もし、何かやったのであれば、早く自供すべきです。さもなければ、僕と入れ替わって独房に入る運命は免れられなくなるでしょう」

「……何を言っているのかさっぱり分からないなぁ」


 佐相警視は氷室を嘲笑している。

 しかし、さすがは氷室。一般人だからなのか、それとも美来さんをいじめから救っているからなのか、佐相警視と対等に話すことができている。あと、諸澄司との面会で慣れてしまったのか、佐相警視からの棘のある言葉にも全く動じていない。


「羽賀君と浅野君は今の彼の話を聞いてどう思うかね?」

「私は、そうですね……可能性の一つとして考えていますね。あり得ないと考えたら、真相に辿り着けなくなるかもしれないと思っています」

「私も浅野さんと同じ考えです」

「つまり、2人……いや、氷室智也を含めて3人はこの私を疑っているというのか?」


 佐相警視が核心に迫ることを訊いてきたので、ここで牽制しておくか。


「あなたがこの事件に関わっていることもあり得るのでは?」

「何だと?」

「今週の火曜日、5月31日の昼前にとある病院の入り口前の監視カメラに佐相警視、あなたの姿が映っていました。なぜ、病院に行ったのでしょうか」

「そ、それは……」

「あなたの姿は病院の中での防犯カメラにも映っていることが確認されています。そして、その時刻には警察官を名乗る男が、朝比奈美来さんの診断書を発行してもらったと、病院に勤務する看護師が証言しています。その診断書を発行してもらった警察官というのはあなたではありませんか?」


 さあ、この質問に対して佐相警視はどう反応するか。


「……そうだ。私が朝比奈さんの診断書を発行してもらった」


 あっさりと診断書を発行したことを認めた。意外だな。しかも、さっきよりも焦った様子ではなくなっている。


「ただ、頼まれたから病院に行っただけだ。真犯人に協力したからではないぞ」

「誰に頼まれたんですか?」

「それは捜査情報の秘匿だ」

「この事件を担当し、捜査を指揮しているのは私です。診断書を発行してもらうように頼んだ人物を。私は知っておくべき立場だと思いますが」

「この事件を捜査する上で重要なのは、被害者の朝比奈さんが体に複数のあざがあったということだ。それを証明するために診断書を発行した。私に診断書を頼んだ人間が誰なのかさほど重要ではない」

「さほど重要でないなら明かしてもいいはずです。それなのに明かさないということは、それなりの理由があると受け取りますが……それでもよろしいですね?」


 おそらく、明かせない理由があるとしたら、佐相警視に診断書を発行した人物が真犯人だからだろう。それ以外に考えられない。


「好きにすればいい。どうやら、羽賀君と浅野君は私がこの事件に何か不正に関わっていると考えているようだな」

「……先ほど、彼女が言ったではありませんか。それは可能性の一つですよ」

「いいか。そこにいる氷室智也が朝比奈さんにわいせつ行為を行なった。それが真実なのだよ。だから、逮捕されたのだ」

「それもまた可能性の一つにしかすぎないのですよ。警察官として、あらゆる可能性を考えて事実を追求します。その姿勢はこれからも変わりません。まあ、1人の人間としては氷室が無実であると信じていますがね」


 だからこそ、最初から真犯人がいることを念頭に捜査をしているのだ。

 すると、佐相警視は再び嘲笑する。


「この男が無実だと? 笑わせないでくれ。何の根拠があって信じているのだ」

「根拠がなければ信じられない場合ももちろんあります。しかし、私にはどんな状況でも根拠なしに信頼できる親友が2人います。その1人が氷室です。もし、氷室が無実であることが分かり、佐相警視が何かしらの形で関わっていたのであれば……そのときは容赦しませんよ」


 決して許されることではないからな。警察官が犯罪者に協力し、不正を働くなんてことは。

 佐相警視から笑みが消え、私のことを鋭い目つきで見る。


「……そう言っていられるのは今のうちかもしれないぞ。真実に抗う者は痛い目に遭うことを覚えておいた方がいい」

「私も1つあなたに言っておきます。事実に勝る真実などあり得ないのですよ。私が『真実』ではなく『事実』という言葉を好む理由はそこにあります。真実はいくらでも作ることができると考えております。もし、事実とは異なった真実を作っていたのであれば、それこそ、いつかその報いを受けることになるでしょう。覚えておいていただきましょうか」

「……せいぜい、その事実とやらを追求するために頑張ってくれたまえ。ただ、羽賀君や浅野君も、氷室智也が犯人であるという真実を認めざるを得ないときが来るだろう。そのとき、君達の態度次第では厳しい処罰が下る可能性があると覚悟しておけ」


 そう言って、佐相警視は立ち去っていった。

 どうやら、あの様子だと……彼が真犯人の協力者であることは間違いなさそうだ。問題はそれをどうやって認めさせるか。


「羽賀、よくあの刑事さんに言ってくれたな。ありがとう」

「なあに、私は捜査方針を伝えただけだ。ただ、氷室が無実であるかもしれないことを伝えてしまったことで、今後の捜査に支障を来たすかもしれないが」


 佐相警視のことだから、何か捜査妨害をしてくるかもしれん。


「そうですよ! もしかしたら、今のことで佐相柚葉さんにより話を聞けなくなるかもしれません」

「そうですね。でも、聞けなくなってしまったのであれば対策を立てて、話を聞けるようにすればいいだけの話です。安心してください、その策は考えていますから」


 ただ、色々な事態を想定して準備を念入りにしないといけなくなったのは事実だが。氷室を無実だと信じる人は何人もいる。そのような人達に協力してもらえれば、今の状況を切り抜けられるだろう。


「でも、羽賀さんと氷室さんなら事実を明らかにできそうですね。何せ、こんなにも信じ合っているのですから……!」


 ときめかないでほしいのだが、浅野さん。


「羽賀も浅野さんも気をつけてください。佐相警視の表情からして、何か圧力をかけてくるかもしれないし」

「分かっている。氷室の方も気をつけろ。何が何でも罪を認めさせてくるかもしれない」

「ああ、分かった」


 どのようなルートを通れば事実に辿り着けるのかを考え、その上で色々な人に協力してもらえるよう連絡を取るようにしよう。私や浅野さんだけでは、おそらく事実には辿り着けないだろうから。

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