第66話『クライムゲイザー』
午後1時半。
浅野さんと一緒に、私の運転する車で朝比奈さんの家へと向かっている。まずは彼女からこれまでの氷室とのことを聞かなければ。
「羽賀さんも辛いですよね。親友の氷室さんが逮捕されて、被害者と言われている朝比奈美来さんにも会ったことがあるなんて」
「……ええ。朝比奈さんは10年前、氷室に遊園地で助けてもらったのですよ。それをきっかけにすぐさまプロポーズをするような女性です。氷室と朝比奈さんは様々なことをしているかもしれません。仮にそうだとしても、それは朝比奈さんと合意の上でしたはずだと思っています」
むしろ、朝比奈さんの方から氷室にお願いするように思えるが。その辺の確認を含めて彼女としっかりと話さなければ。
――プルルッ。
ホルダーに置いてある私のスマートフォンが鳴っている。運転中にはあまり通話をしたくない主義なのだが、緊急のことかもしれない。
「浅野さん、タッチをすれば通話が始まりますので操作をお願いします」
「分かりました」
浅野さんが助手席にいて良かった。
スマートフォンの方をチラッと見ると、画面には電話番号しか表示されていない。番号からして携帯かスマートフォンだろう。ということは、まさか。
『もしもし、月村と申します。羽賀さんのスマートフォンでしょうか?』
「はい、そうです。羽賀です。私は今、車を運転していますが、ホルダーに置いてあるので、そのまま話していただいて大丈夫です」
『……そうなんだ。智也君のデスクに置いてあったメモを見たよ。今までチームのメンバーやうちの会社に事情を話さなきゃいけなくて。あと、美来ちゃんにはついさっき連絡をしたけど』
確か、先週は4日間会社を休んでいたと氷室が言っていたな。朝比奈さんの受けているいじめを解決するためと。その理由を知っているのは月村さんだけとも言っていた。
「そうでしたか。ちなみに、今、部下の女性警察官と一緒に、朝比奈さんの家に向かっているところです」
『そっか。それなら安心かな。美来ちゃん、凄くショックを受けていて……あたしが連絡するのが遅れちゃったからか、テレビのニュースで智也君の逮捕を知っちゃったみたいで』
「それは……確かにショックでしょうね」
テレビやラジオ、インターネットのニュース記事でも、氷室が女子高生にわいせつ行為をしたと大々的に報じている。その中でもテレビでは、彼がパトカーに乗せられる映像も差し込まれていた。それを観てしまったのであれば、朝比奈さんのショックはかなり大きいことであろう。
『あの、羽賀さん。これはあたしの想像なんだけど、今回のことに美来ちゃんって関わっているの? 児童福祉法違反ってことは、高校生までの子に関する法律なんだよね?』
「……そうです。簡単に言うと、朝比奈美来さんにわいせつ行為をした疑いで氷室に逮捕状が発行されてしまいました」
『そうだったの……』
そのことをこれから朝比奈さんに話さなければならないのは、心苦しいものだな。それが第三者による虚偽の不正な逮捕でも。
『……もしかしたら、美来ちゃんはそのことに感付いているのかも。自分のせいだって言っていたし……』
「そうですか。氷室が何者かによって嵌められたことも、朝比奈さんには伝えたのですか?」
『うん。何かの間違いで智也君は捕まっただけで、すぐに美来ちゃんと会えるから大丈夫だって励ましたけど』
「それが今できるベストな対応だと思います。ただ、氷室は先週、朝比奈さんの受けたいじめに関して追求することに尽力していました。もしかしたら、そのことで恨みを買い誰かに嵌められた。その原因を作ってしまったのは自分だと朝比奈さんは考えているのかもしれません」
『……あたしも同じことを思った』
週末だけだが、月村さんは朝比奈さんと一緒に過ごしていた。先週末も氷室と3人で一緒に休日を過ごしていたとのこと。そんな彼女にとって、声だけでも朝比奈さんの気持ちは分かるのだろう。
「それだけ、学校での氷室さんの糾弾が凄かったのですか?」
「学校側はいじめを隠蔽しようとしていました。おそらく、朝比奈さんをいじめた生徒も、学校に任せていれば何事もなく高校生活を送り続けられると考えたのでしょう。しかし、氷室によって隠蔽の事実が明らかにされてしまった」
「……なるほど。それなら、氷室さんのことを恨むのは分かりますね」
「その生徒は実際に氷室と面識があり、朝比奈さんとの関係も知っています」
「それなら、被害者を朝比奈美来さんとして、わいせつ行為の逮捕をさせたのも納得ができますね」
おそらく、氷室が逮捕される理由として一番ショックを受けるとすると、やはり朝比奈さんに関わることだろう。真犯人は氷室と朝比奈さんの進展具合を知っていたのか、朝比奈さんに対するわいせつ行為を逮捕の理由にしたと考えられる。
『今、女性の声が聞こえたけど……羽賀さんの同僚の方?』
「私でしょうか。私は羽賀さんの部下の浅野千尋といいます。あっ、羽賀さんの部下ですけど、年齢は羽賀さんよりも2歳年上なんです」
『そう……なんですか。じゃあ、あたしよりも1歳年上なんですね』
なぜ、浅野さんは私よりも年齢が2つ上であることを強調するのか。もしかしたら、年下の上司というのは本人にとって嫌なのかもしれん。
『浅野さんからみて、智也君が罪を犯したと思いますか?』
「……最初はそう思いましたけど、氷室さんや羽賀さんの話を聞いて今は他に真犯人がいると思っています。ただ、真実を見つけない限り、大多数の人が氷室さんのことを犯罪者だと思ってしまうでしょう。報道でかなり言われていますから……」
『やっぱり、そうでしたか……』
ただ、真犯人の目的の一つが世間に『氷室智也が犯罪者である』と印象づけることであると私は考えている。大衆を味方に付けることで、氷室に犯罪者であると認めさせようとしているのではないだろうか。
「月村さんのように、氷室が無実であると信じることが、彼を助ける何よりの力になります。彼のためにも、その想いを持ち続けていただけると友人としても嬉しく思います」
『もちろんだよ! チームのみんなには事情を説明して、智也君が無実であることを理解してもらっているところだけど……』
「そうですか、分かりました。こちらはもうすぐ朝比奈さんの家に到着しますので、一旦電話を切りますね」
『うん、分かった。もし、美来ちゃんの元気がなさそうなら、彼女のことを元気づけてあげて。きっと、親友で警察官の羽賀さんならあたしよりずっと……』
「……分かっています。氷室の大切な人ですからね」
今の口調からして、朝比奈さんは精神的に相当なダメージを受けているようだ。氷室のおかげで自身の受けたいじめについて前進できたところで、氷室の逮捕。もしかしたら、いじめを受けたときよりもショックが大きいかもしれない。
「それでは、失礼します。何かあったら連絡します」
『うん。こっちも何かあったら連絡するね』
月村さんの方から通話を切った。
「朝比奈さんのショックが少ないといいですよね……」
「ええ。ただ、月村さんからの連絡よりも先に報道で氷室の逮捕を知ってしまったので、かなり傷心しているかもしれません。我々が事実を必ず明らかにしていく姿勢を彼女に示していきましょう」
氷室が無実であること。すなわち、第三者によって氷室は関係の無いことで逮捕されてしまったと証明することだ。それが朝比奈さんを元気にさせることにも繋がると私は信じている。
近くのコインパーキングに駐車し、私は浅野さんと一緒に朝比奈さんの家へと向かうのであった。




