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アリア  作者: 桜庭かなめ
本編-ARIA-
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第39話『みんなで呑む』

 午後7時。

 僕は有紗さんと一緒に、羽賀と岡村が既に呑んでいる居酒屋に到着する。


「すみません、既に到着している羽賀の連れなのですが」

「はい。羽賀様から、2名様が遅れてくると伺っております。個室の方にご案内いたしますね」


 女性の店員さんに連れられ、羽賀と岡村のいる個室の前に案内される。


「こちらです」

「ありがとうございます。有紗さん、最初はビールでいいですか?」

「うん」

「じゃあ、生ビールを2つお願いします」

「かしこまりました」


 僕が個室の扉を開けると、そこには既に日本酒を呑む羽賀と、2杯目のビールを上手そうに呑む岡村がいた。


「おっ、氷室! 仕事お疲れさん!」

「今週も突然ですまなかったな。月村さんもありがとうございます」

「いえいえ」

「……あれ? 氷室の隣にいる可愛い女性は誰なんだ!」


 予想通り、岡村が有紗さんに食いついてきたぞ。有紗さんのことを指さしやがって。


「月村有紗さん。僕の働いている会社の1年先輩で、今、同じ現場で働いているんだ」

「月村有紗です」


 有紗さんが軽く頭を下げると、岡村がこちらの方にやってきて、


「お、岡村大貴と申します。それで、突然なのですが!」


 両手で有紗さんの手をぎゅっと掴んで、


「月村さん! 俺と結婚してください!」


 大声でそんなことを言ってきた。やっぱり、岡村は有紗さんに結婚してくれって言ったよ。あと、ビールを飲んでいるからか既に酒臭いな。


「ごめんなさい、お断りします。智也君にしか興味がありませんから」


 有紗さんの返答も予想通り過ぎたので笑えてきてしまう。羽賀も同じなのか、口に手を押さえて笑っている。


「まったく、貴様という奴は。月村さん、気になさらないでください。綺麗な女性が視界に入ると、すぐにこういうことを言う人間ですから。特に今のように酔っていると」

「そうなんですか」


 羽賀も岡村に関しては容赦なく言うな。当の本人は……自分の席に戻り、有紗さんにフラれてしまったせいか、机に突っ伏して泣いている。

 羽賀が僕や有紗さんのことを考えてくれていたからか、僕らが隣同士に座れるようにしてくれていた。僕と有紗さんの向かい側に羽賀が座っていて、岡村は誕生日席に座っている。


「生ビールを2つお持ちいたしました~」

「ありがとうございます。有紗さん、ビールです」

「ありがとう、智也君」

「すみませんが、この日本酒をもう1つお願いできますか?」

「はいっ!」


 相変わらず、羽賀は日本酒ばかり呑んでいるな。それでも、全然酔っているように見えていないのが凄い。


「岡村、起きろ。氷室と月村さんが来たから、乾杯しよう」

「分かったよ……」


 岡村の目尻、とても赤くなってるぞ。有紗さんにフラれたからって、そんなに泣いてしまったのか。


「では、乾杯!」

『乾杯!』


 羽賀のシンプルな乾杯コールで、4人での呑み会がスタートした。


「まったく、氷室は。彼女がいないかと思ったら、朝比奈ちゃんと月村さんの2人から好かれているなんてよ。まったく、どっちかと幸せにならなかったら殺してやるからな!」


 開口一番で岡村は相変わらずのデカい声でそう言うと、

 ――バシン!

 僕の背中を思いっきり叩いた。そのせいで、危うく生ビールを羽賀の顔に吹きかけてしまうところだった。


「痛いな。何するんだよ」

「激励と憎悪のビンタだよ」

「まったく……」


 激励と憎悪じゃ矛盾しているような気がするけれど。


「……何というか、岡村さんって感情がすぐに態度で現れるタイプなのね」

「そうなんすよ! 考えるよりも行動派なので! ちなみに、俺、今は家を作ってます!」

「そうなのね……ご苦労様です」


 有紗さんにそう言われたからか、岡村はかなりご機嫌だ。おい、さっきまでの怒りや嫉妬はどこに行ったんだよ。そんな彼とは対照的に、有紗さんは引き気味。


「職場は男ばっかりだからか、女性にお疲れ様って言われると、凄く疲れが取れることに気付いたぞ。この歳になって」

「……良かったな、一つ学ぶことができて」

「ああ! 今夜はいい夢が見ることができそうだ……」


 岡村の表情からして、気分は有頂天なのか。何というか、ここまで単純だと逆に羨ましくなってくるな。


「岡村さんの楽観的な部分を、美来ちゃんにも分けてあげたいね……」

「そうですね」


 挙げ句の果てには、初対面の有紗さんにまで言われる始末。ただ、有紗さんの言うように、美来には岡村の単純さをちょっと分けてやりたい。


「朝比奈さんはそんなに気難しい女性だっただろうか? 私が遊びに行ったときの彼女は……こう言ってしまっていいのか分からないが、岡村と似ている部分があると思った」

「僕のことになるとそうだけど、実は……」


 呑み会が始まってから間もないけれど、僕は有紗さんと一緒に美来のいじめのことについて、羽賀と岡村に説明する。


「なるほど、それはさぞかし辛かっただろう。しかし、氷室や月村さんという大人が側にいるというのは朝比奈さんにとって救いだろうな。いじめられていることを話すのも、勇気がいることだと聞く。言えずに自ら命を絶ってしまう人もいるくらいだからな」

「まったく、人はどうしていじめなんていうつまんねーことをするんだろうな。それで、何年か経ったら、いじめた奴はいじめたことをネタにして、なぜかいい奴だとか言われてさ。いじめられていた奴は弱く悪い人間とか言われるよな。まったくおかしいぜ。いじめなんて犯罪と一緒なのによ!」


 酔った勢いからか、岡村は大声でそんなことを言うけれど……その内容は頷ける。こういう情のある人間だから、彼を信頼する友人も多いんだ。


「貴様にしては、珍しくまともなことを言っているな。私も同じことを考えていた。いじめというのは、いじめという犯罪なのだ。それに、朝比奈さんの受けているいじめの場合は傷害罪や侮辱罪などに該当する。罰則として実刑もあり得る罪を犯していることを、いじめている人間は分かっているのだろうか」


 酔っていても冷静にそう言う羽賀。うん、この2人を一度、美来のことをいじめている人間に会わせてやりたいな。


「人が人である限り、いじめは決してなくらないだろう。同じ人間など存在しないのだからな。好きになれとは言わない。ただ、世の中にはこういう人がいるのだと認められれば、いじめは限りなく少なくなると私は思うのだがな。みんな違ってみんないいのだ」


 何だか、羽賀に後光が差しているような気がしてきた。眩しい。羽賀のような人間が各学校に1人でもいれば、たとえいじめが起きても、すぐに解決できるかもしれない。


「そういえば、例のつきまとい青年については?」

「ああ、諸澄君か。美来の家族には話したけど、いじめと直接関係あるのか分からない。たぶん、美来の父親もそのことは学校に言っていないんじゃないかな。美来もそのことで何か被害に遭ったとは言っていなかったし。それに、美来は実家に戻って、常に母親が側にいるから大丈夫だと思うよ」

「そうか。しかし、危険な空気を察知したら、すぐに学校や警察に連絡した方がいい」

「そうだな、分かった」


 例え関係なくても、いじめのことに決着が付いたら、諸澄君のことは学校に連絡した方がいいな。


「クラスと部活の双方でいじめがあり、声楽では独唱を得意としているからアリアと言っているのか。おそらく、本人達はセンスがあるとか、上手いこと言ったと思っているのだろうが、私からしてみればセンスは微塵も感じられない。アリアとアリアを嗜む人への冒涜とも言えるだろう」

「羽賀もなかなか言う奴だな……」


 これも酔いの力なのか。普段はあまり言わないことをさらりと言ってきた。


「もし、学校側がそっけない態度を取ったら、俺が自前のトンカチで学校を叩き潰してやるからな」

「物凄く時間と労力を使いそうだな……」


 しかし、岡村もいじめがあった以上、学校側はきちんとした対応を取るべきだと思っているみたいだな。

 明美ちゃんの調査で、声楽部ではいじめがあることが分かったから、学校でいじめはないという結論にはならないだろうけど。


「仮に学校側が何もしないようであれば、私に相談してくれ。月が丘高校の地域を管轄する警察署に頼んで、捜査を要請しよう。こういうことは、何らかの形できちんと捜査をして事実関係を明らかにすべきだからな」

「ああ。そのときは頼むよ」

「氷室に恋をする少女のためだ。そのときは一肌脱ごうではないか」


 そう言って、羽賀は日本酒をお猪口一杯飲む。彼が僕と同じ学年なのが信じられないな。キャリア組の警察官だから、既に何人も部下がいるそうだし。しっかりとしている男だ。


「羽賀さんと岡村さんがいれば、美来ちゃんのことも大丈夫かもね」

「そうですね。心強い親友を持ちましたよ、僕は」

「私や岡村は協力できるといっても、それは微々たるものです。朝比奈さんにとっては、氷室や月村さんの存在が何よりの心の支えではないのでしょうか。だからこそ、2人は気をつけてください。何が起こるか分かりませんし、仮に、諸澄司という青年がいじめに関わっていたら、2人の存在は知られているので」

「……ああ、そうだな」


 美来が受けているいじめの問題に関わると決めた以上、僕や有紗さんにも何かしらのリスクが伴ってくる。羽賀の言うとおり、諸澄君がいじめに関わっていたら、報復が待っている恐れもある。


「何があっても美来のことを守るつもりだよ、僕は」

「……あたしだって」


 ニコッと有紗さんは可愛らしい笑顔を見せながらそう言ってくれた。

 その後は温かく、4人で呑む時間が穏やかに過ぎていったのであった。

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