第27話『メイド喫茶-2日目-』
「ご主人様、お嬢様、お待たせしました。アイスコーヒー2つにホットティー、クッキー、プレーンのホットケーキになります」
羽賀からの連絡があってから10分ほど。
美来は僕らが頼んだメニューを持ってきてくれた。その姿は本当のメイドさんのように落ち着いていて。接客業とかでやっていけそうな気がするな。変な客が相手でも上手く相手しそうだし。
「では、今回も食べ物を頼みましたので、おまじないをかけますね」
すると、美来は昨日のように両手でハートの形を作って、
「美味しくなーれ! 美味しくなーれ! みっくみくー!」
昨日よりも可愛らしくおまじないをかけてくれる。大きな声でかけてくれたので、周りのお客さんも美来のことを見ているよ。みなさん、彼女が僕の恋人ですよ。
「では、ゆっくりしていってくださいね! ご主人様、お嬢様!」
美来はゆっくりとお辞儀をして、お店に入ってきた女の子達のところへと向かっていった。楽しそうに接客しているので安心する。そんな彼女を見ながら飲むアイスコーヒーは格別だ。
「う~ん、ホットケーキ美味しい!」
「良かったですね、有紗さん。……うん、クッキーも美味しいです」
「美来ちゃんのおまじないのおかげかな? 詩織ちゃんも一口食べてみる?」
「いいんですか? では、お言葉に甘えて。あ~ん。……ふふっ、美味しいです」
ホットケーキを仲良く食べている2人の光景はとても美しい。文化祭の思い出の一つとして、スマートフォンで撮っておこう。
そういえば、会議室にいる羽賀や浅野さん、明美ちゃんは何か食べているのかな。あとで差し入れでもするか。
「クッキーはどう? 智也君」
「美味しいですよ。2人とも食べてみますか?」
「うん! いただくね」
「毎度すみません。クッキーいただきますね」
クッキーを食べたいって有紗さんの顔に書いてあったからな。ただ、一口あげると今のように美味しそうに食べてくれるから、悪い感じは全くしない。
「クッキーも美味しいですね」
「そうだね。……話は変わるけれど、アイブロウペンシルで500円玉の裏面を塗っていたことが分かって、一気にメッセージの解読が進んだ感じがするね」
「まだ、花園化粧品が関わっているかどうか決まったわけではないですが。ただ、何かが見え始めた感じがします」
「花園化粧品で黒いアイブロウペンシルを扱っているかどうか調べてみますね」
詩織ちゃんはスマートフォンを取り出して、アイブロウペンシルのことを調べてくれる。僕は化粧品を全然持っていないし、花園化粧品も企業名くらいしか分からない。ただ、小さい頃に肌が弱かったこともあって、今でも空気の乾燥する時期に乳液を使うことはある。
「黒いアイブロウペンシル、花園化粧品からも販売していますね」
「そっか。色合いはどうかな。参考程度でいいから見てくれるかな」
僕は500円玉の写真を表示させて、2人にスマートフォンを渡す。
「写真ですから比較はしづらいですが、似ている感じはしますね」
「そうだね。智也君、ありがとう」
有紗さんにスマートフォンを返してもらう。
アイブロウペンシルの種類については、更なる分析をしていけば分かることだろう。花園化粧品の名前を言ったから、羽賀もきっとアイブロウペンシルの詳しい調査をしていると思う。
「もし、塗るのに使ったアイブロウペンシルが花園化粧品のもので、実際に花園化粧品が関わっていたとしたら、500円玉は金銭問題だって考えることができるよ。だけど、2枚の赤い紙については何を示しているのかな。会社についてなのか。それとも、社長である花園さんの母親についてなのか」
「2枚の赤い紙については……まだ全然分からないですね」
花園化粧品とは全く関係ないことを示している可能性もあるし。
今一度、2枚の赤い紙の写真を見てみるけど……思いつかないな。2枚の紙の違いは1つの青い点だけ。この点が青い色であることや、1つだけ打たれていることにどんな意味があるのだろうか。
ただ、考えすぎると何も思いつかなくなる。ここは一度、アイスコーヒーを飲んで頭や気持ちを落ち着かせよう。
「あっ」
「どうしたの、智也君」
「ちょっとお手洗いに行ってきます。さっきは緑茶やラーメンのスープを飲みましたし、今、アイスコーヒーを飲んでいたら行きたくなっちゃって」
「緑茶もコーヒーもカフェイン入っているもんね。いってらっしゃい」
「はい。もしよければ、残りのクッキーを食べちゃっていいですよ」
「うん、分かったよ」
「じゃあ、行ってきます」
僕は席を立って、1年2組の教室から出ようとする。すると、
「智也さん、どうしました?」
「お手洗いに行こうと思って」
「では、お手洗いまで私がご案内しましょう」
「いいの? お店から離れちゃって」
「だって、ここに帰ってきているご主人様のことですから。それに、そういう理由を付けてでも智也さんと一緒にいたいですから」
「いいことではないような気がするけれど……お手洗いの場所も分からないし、お願いするよ。何か言われたら僕がそう言うから。でも、できるだけ早く戻って来よう」
「そうですね。では、ご案内しますね!」
僕は美来と一緒に1年2組の教室を後にする。
トイレにつれて行ってもらうという理由であっても、美来と2人きりで学校の中を歩けるのは嬉しいな。こうしていると美来と同じ学校に通っているみたいだ。
美来と2人きりだからなのか、さっきよりもこちらを見てくる人が多いような。手を繋いでいるからかな。
「昨日のコンサート効果でしょうかね。私達のことを見てくる人が多いですね。智也さんも昨日と同じく黒い帽子を被って、ロングカーディガンを着ていますし」
「それで、僕が美来の彼氏だって分かるのか」
「ええ。教室棟のお手洗いはフロアごとに男性トイレと女性トイレが違います。この8階は女性トイレです。うちは女子校ですから、女性トイレが多いですが。パンフレットにも書いてありますが、階段のところにも案内が貼ってあります」
「そうなんだ。美来がいて助かった」
「まあ、智也さんであれば、ここにある特製の……んんっ」
「周りにあまり人がいないけど、それ以上は言っちゃダメだ。美来が何を言おうとしているのか想像できちゃったから、何とも言えないけれど」
「ふふっ、智也さんったら。何を言うと考えていたんですかぁ?」
美来はクスクスと笑っている。まったく、僕と一緒だとどこにいてもブレないな。ただ、あまりにもブレがないので、不安に思うときもあるけど。
階段に行くと、美来が言っていたようにトイレ案内が貼られている。
「ええと、今は8階か。8階は女性トイレか。じゃあ、7階……も女性トイレ。6階に男性トイレがあるのか」
「ここは女子校ですから、女子トイレが多いですね。赤文字と青文字で男女を色分けされていますからすぐに分かりますけど、両方同じ色の文字だったら見逃しちゃいそうですね」
「そうだね。女性トイレが多いから、同じ色だと男性トイレを見逃したり、間違えたりしちゃいそうだ」
「そうですね。色分けをして書くのって重要なんですね」
「急いでいるときでも、色がちゃんと分かれていれば間違える可能性が減るもんね。……あっ」
なるほど、青薔薇が送ってきた2枚の赤い紙は、そういう風に考えることもできそうだ。見落としていたな。
「智也さん、どうしたんですか? 何かひらめいたって顔をしていますが」
「うん。青薔薇が送ってきた2枚の赤い紙を読み解く鍵を見つけることができた気がするよ。それを話す前に、まずはトイレに行こう」
「間に合わなそうだったら、いつでも私に言ってくださいね! 何とかしますから!」
「……そこまでギリギリの状態じゃないから大丈夫だよ」
何とかしたい気持ちは有り難いけれど、美来のことだからろくでもない方法だと思う。少なくとも、周りに人がいる学校という場所では。
その後、僕は美来の案内で6階にある臨時の男性用のトイレに向かう。ちゃんと間に合いました。




