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アリア  作者: 桜庭かなめ
続編-螺旋百合-

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第32話『それでも時は過ぎてゆく』

 有紗さんが朝食の後片付けを終わって、3人で食後の紅茶を楽しんでいるときだった。

 ――プルルッ。

 スマートフォンが鳴っているな。今度は誰だろう? 僕のスマートフォンを確認すると……お、岡村から電話がかかってきたぞ。


『氷室、ひさしぶりだな』

「ああ、ひさしぶり。どうした?」

『お前、夏に朝比奈ちゃんと2人で旅行に行ったんだろう? 先週、羽賀にお土産を受け取りに行こうって誘われたけど、用事があっていけなくてさ』

「そういえば、まだお前には渡せてなかったよな」

『ああ。新居に行くのは初めてだから、今、羽賀の運転でそっちに向かい始めたところなんだぜ! あと3、40分くらいで着くからよろしくな!』

「分かった。待ってるよ」

『ああ。じゃあ、またな!』


 岡村の方から通話を切った。急だとは思ったけど、先週、用事があって来られないと羽賀から聞いていたので、早ければ今週末くらいにお土産を受け取りに来るかなとは思っていた。


「岡村さんからですか?」

「ああ。お土産を受け取りに来るけど、ここは初めてだから羽賀と一緒に来るって。美来、大丈夫だったかな」

「岡村さんと羽賀さんであれば大丈夫ですよ」


 羽賀はもちろん大丈夫だし、岡村も……女性を傷つけるようなことはしない男なので、きっと大丈夫だろう。

 岡村の言っていたように、電話があってから40分後ぐらいに羽賀と岡村が家にやってきた。


「お邪魔しまーす」

「急にすまなかったな、氷室。岡村も住所は知っているが、ここに来るのは初めてだから私と一緒に来ることになったのだ」


 そういえば、岡村は方向音痴なところがあったな。本人曰く、一度行くことができれば大丈夫らしいけど。


「岡村。はい、日本酒に温泉饅頭だ」

「おっ、ありがとな! 美味しくいただくよ」


 旅行のお土産が入った紙の手提げを岡村に渡した。岡村はこの歳になってもお土産を渡すと、すぐに嬉しそうな表情を見せるので買った甲斐がある。


「さっ、アイスコーヒーを淹れましたのでどうぞ」

「ありがとう、美来さん」

「朝比奈ちゃん、ありがとな」


 羽賀と岡村は椅子に座って、美来の淹れたアイスコーヒーを飲む。


「そういえば、美来さん、何だか先週よりも元気がないように見えるが、具合でも悪いのだろうか?」

「羽賀もそう思ったか? 俺も何か普段の朝比奈ちゃんとは違うかなって。氷室が逮捕されていたときみたいに元気ねえなって」

「ほぉ、貴様も女性の変化に気づける男になってきたのか」

「何だその言い方は。俺の職場は男ばかりだけれど、それ以外のところで女と関わりを持とうと頑張っているんだ! 女に関してはお前よりも分かっているつもりだぜ」

「……そうかもしれないな」


 女性と関わりを持とうと頑張っているところが岡村らしいというか。自分よりも女性のことを分かっていると言われても表情をあまり変えないのも羽賀らしい。


「お二人にも分かってしまうんですね」

「じゃあ、2人にも話す?」

「……そうですね」


 羽賀と岡村にも昨日の天羽女子での出来事を話した。


「なるほど。美来さん、天羽女子高校でとても辛い経験をしていたのか。それは神山さんにも言えることでもあるが」

「そうだな。でも、神山ちゃんっていう女の子の気持ち、俺は凄く理解できるぜ」

「……なぜ、そこで私のことを睨むのだ?」


 僕も、羽賀に鋭い目つきで羽賀に視線を向けることが気になっている。その理由は何となく想像がつくけど。


「小学生から高校生まで、俺は好きになった女の子に告白したんだよ、何度も! そうしたら、十中八九、羽賀のことが好きだからごめんなさいって言われたんだぞ。あぁ、思い出したらムカムカしてきたぜ」


 やっぱり、そういう理由だったか。羽賀も予想通りだったようで、はあっ、と一度大きなため息をついた。高校生くらいまで時折、告白したけれど振られたって岡村が僕に泣きついてきたことを思い出した。


「ただフラれただけならまだしも、羽賀が好きで告白したいから呼び出してくれってパシリされそうになったこともあったんだ。俺が自分で呼び出して告白したように、お前もやってみろって全部断ってやったけどな!」


 岡村はドヤ顔でそう話した。何度もチャレンジをする姿勢は凄いと思うけれど、虚しく見えてしまうのはなぜなのだろう。


「そういうことであれば、私は美来さんや神山玲奈さんの気持ちは分かる。私も何度か告白された経験はあるが、全て断っていた。そのときの悲しげな表情には胸が痛んだものだ」

「お前にもそういった心があるとはな。つうか、自慢かよ!」

「自慢などではない。学生の頃を思い出していただけだ。私にもそれなりの心が備わっているつもりだ。これは私の考えだが……断られたときに泣いたり、怒ったりする人よりも笑顔でいる人の方が実は一番ショックを受けているのではないかと思うのだよ」

「羽賀さん……」


 美来、何かを思い出そうとしているのか腕を組んで真剣な表情をしている。


「智也君はそういった色恋沙汰の話はないの?」

「特にないですね。10年前に美来にプロポーズされてから、今年になってまた美来にプロポーズされるまでの間、一度も告白されなかったですからね」


 桃花ちゃんや仁実ちゃんは僕に男性として意識していた頃もあったそうだけど。彼女達のような人がいるかもしれないけど、それを直接言われた経験はない。


「あったら大問題ですよ、智也さん」

「私の知る限りでは氷室にそのような経験はない。氷室が気になっている女子がいたことは確かだが」

「……そういえば、氷室が好きだから断れたことも2, 3回あった気がする」

「そ、その方は可愛かったですか?」


 新事実が明らかになったからか、美来はとても真剣な表情に。


「どうだったかなぁ。朝比奈ちゃんや月村さんよりは可愛くなかったと思うよ。ただ、朝比奈ちゃんが一番、氷室とはお似合いだぜ。そこに張り合えるのは月村さんくらいだと、俺は直感でそう思ってる」

「そう言われると照れてしまいますね」


 美来はちょっと嬉しそうな表情を浮かべる。岡村、告白は撃沈することが非常に多いけど、気さくな性格だからか、友人は凄く多いんだよな。


「話は戻るけど、羽賀が好きだからって断られてばかりで、時には恨んで、ボコボコにしてやりたいと思ったときもあったさ」

「私のことをそこまで恨んでいたのか。さすがに申し訳ない気分になるな」

「昔の話だ、気にすんな。ただ、普段の羽賀を知っているからこそ断られたことも大体は納得しているし、こうして今になれば笑い話にもなる」

「笑い話にしてはさっき、私にかなり鋭い眼光を向けていたように思えたが」


 羽賀の言う通りだ。さっき、羽賀に対してかなり怒っていたぞ。羽賀には気にするなと言っていたけど。ただ、羽賀の場合は今日の岡村のことはあまり気にしなさそうだ。


「とにかく、その神山ちゃんっていう子が朝比奈ちゃんと普段仲がいいなら、時間が解決してくれるんじゃないかって思うんだ、俺は。もちろん、ショックがでかそうだから、すぐに仲直りするのは無理かもしれないけど」


 思い返せば、羽賀が好きだからフラれたと泣きつかれた翌日には、普通に羽賀と3人でつるんでいたことは何度もあった。経験者は語るってやつなのかな。


「確かに、岡村さんの言う通りかもね。あたしも、智也君が美来ちゃんのことを選んだときはショックだったけど、眠って一晩経ったら急に気持ちが軽くなったの。きっと、それは智也君と美来ちゃんのことを信頼していたからだったのかも」

「そんな感じっすよ、月村さん! それに、佐々木ちゃんっていう親友の女の子がクラスメイトにいるんだから、その子に甘えてもいいんじゃねえかな。俺、告白してフラれたときは大半、氷室に愚痴をこぼしてたからさ」

「ちゃんと覚えていたんだな、岡村」


 中学生くらいからは「またか」としか思えなかったけれど。むしろ、ことごとくフラれても告白し続ける岡村が凄いと思ったほどだ。


「まさか、24になって岡村が意外とまともな考えを持っている男であると分かるとは」

「おい羽賀てめえ、今まで俺を何だと思っていたんだ」

「好みの女性のことになると何も考えず、猪のごとく突進する男だと」

「……ひ、否定できねえ」


 くそっ、と岡村は悔しがる。何だか、こういう風景を見ていると高校生くらいまで頃に戻ったような気がする。


「ふふっ」


 美来もクスクスと笑っている。羽賀と岡村がここに来てくれて良かったな。


「みなさんのおかげで、これからどうすればいいのか分かってきたような気がします。それに、昨日のことを思い返すと気になることが幾つかありますし」

「そうか。でも、無理はしないでね」

「分かっていますよ」


 どうやら、美来は少しずつ道が見えてきたようだ。学校では亜依ちゃんがついていてくれるから安心していいのかな。


「さあ、岡村。我々はそろそろおいとましようではないか」

「そうだな。氷室からお土産をもらうことができたし、朝比奈ちゃんの月村さんの顔を見ることができて良かったぜ。じゃあまたな」

「ああ、分かった」

「またいつでも来てくださいね」


 羽賀と岡村はあっさりと家を後にした。てっきり、一緒にお昼ご飯を食べるかと思ったんだけれど。


「……羽賀さんと岡村さんったら、私に気を遣ってくれたのかな」

「そうなのかもね」

「……せっかくのお休みです。智也さんや有紗さんと一緒に楽しい時間を過ごしたいなって」


 そう言う美来の笑顔は……全快ではないものの、昨日、会社から帰ってきたときと比べるととてもいい表情をしているのは確かだった。美来自身の力が一番大きいだろうけれど、僕達が少しでも役に立ったのなら嬉しい。


「そうだね、美来ちゃん。でも、智也君に甘えたくなってあたしが邪魔になったらいつでも言ってきていいからね」

「な、何を言っているんですか! でも、有紗さんがいる前では恥ずかしくて甘えられない場面はあるかもしれませんが……」


 美来は顔を赤くしてはにかみながら僕のことを見つめてくる。どんなことを想像しているんだか。それでも、今の美来を見て嬉しく思うのであった。



 週末は美来や有紗さんと一緒に楽しい時間を過ごした。

 3人で一緒にいるときは美来の僕に対する甘え方も控え目だったけど、日曜日の夕方に有紗さんが帰ると一気に凄くなった。それが良かったのか、日曜日の夜になると普段とほとんど変わらないくらいの元気さに戻ったかな。ただし、乃愛ちゃんからの連絡は一切なかったので、そのことに関しては不安そうだけれど。

 美来も色々と気になっていることがあると言っていたので、僕は引き続き彼女を見守っていくことにしよう。

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