第36話『ずっと見ていた』
昨日と同じように、僕と美来がイチャイチャした後で水代さんが現れたか。ということは、さっきまでのことは見ているだろうな。
「水代さん、また見ていたんですね。私と智也さんのイチャイチャを……」
「ま、まあね。今朝の温泉の件で、智也君と美来ちゃんの仲が悪くなっちゃったかもしれないと思って……」
今朝の温泉……ああ、僕が1人で露天風呂に入っていたら、水代さんが突然僕の目の前に現れたんだったな。その後に美来のいる女性の露天風呂に行った。美来が事情聴取をしたこともあって、責任を感じていたのかな。
「もしかして、僕らのことをずっと見守ってくれていたんですか?」
「う、うん。私のせいで2人が別れることになるのは嫌だからね。私と同じ想いをしてほしくなかったから」
「そうですか……」
つまり、朝にホテルを出発してから、観光して、ご飯やスイーツを食べて、プールで遊んで、打ち上げ花火を見て、メイド服姿の美来とイチャイチャしたこと……全てを水代さんに見られていたというのか。
「全てを見られてしまったんですね。そう思うと、何だか恥ずかしくなってきました」
「別に全部を見たわけじゃないよ。その……さっきのイチャイチャだって、あまりにも盛り上がっているから、見ているこっちが恥ずかしくなったもん。だから、落ち着くまでずっと夜景を眺めていたよ。バルコニーにいても小さいけど声は聞こえるから……」
思い返せば、美来……たまに大きな声で喘ぐことがある。バルコニーにいたら聞こえてしまうか。
「今度からは大きな声を出してしまわないように気を付けます。……できないかもしれませんが」
他の人に聞かれてしまったら恥ずかしいもんね。
「話は戻りますけど、どうでしたか? 今日の私達を見て」
「さっきも言ったけれど、とてもいいカップルだと思ったよ」
「でしょう? それに、智也さんのことは信じていますし、あのときだって水代さんの話すことを智也さんに確認して、本当だったらそれでいいと言ったじゃないですか」
「まあね」
水代さんは今朝の露天風呂でのことを正直に美来に話したみたいだし、僕からもそれを伝えたら美来は納得していたようだった。それでも、水代さんは僕達のことを心配してしまったのだろう。
「それでも、ちゃんと仲良くなれるかどうか見たかったの。もちろん今朝のことと……個人的な興味で」
「じゃあ、車中での智也さんとのひとときもずっと見ていたんですか?」
「ううん、観光地にいるときだけだよ。移動中は特に無いと思うし……何かあったら、観光しているときの様子で分かると思って。それに、私は幽霊だから一瞬で移動できるからね」
「なるほど。まあ、車中では智也さんとイチャイチャしていたということだけお伝えしておきます」
確かに、車の中で口づけをしたり、たわわな胸のアイマスクをしたり、美来の腋をくすぐったり……イチャイチャしていたと言っても過言ではないか。腋をくすぐったのはお仕置きだけど。
「なるほどね。それなら安心した。まあ、観光地でもイチャイチャしていたからそうだと思ったけど」
「ふふっ。あっ、もしかして……鍾乳洞で私の額に冷たい水を落ちてきたのは、水代さんの仕業だったんですか?」
「ううん、違うよ。私はただ見ていただけ。まだカップルになっていないなら、ちょっと面白そうだからやってみても良かったかもしれないけど、あなた達の場合はラブラブなのは分かっているから、やっても意味はないって」
僕も水代さんが見ていたなら、彼女がわざとやった可能性も考えたけど、あれは本当に自然と起こったことだったんだ。ただ、今の水代さんの言葉で、やはり彼女はいたずら好きなのは分かった。
「でも、美来ちゃんがキャッ、て驚いたのは可愛かったわぁ」
「ううっ……」
そう言って、美来はあの時のように顔を赤くして僕の胸に埋めてしまう。暗かったとはいえ、声が響くところで大きな声を出してしまったことを思い出し、再び恥ずかしくなっているようだ。
「本当にあの水……水代さんじゃないですよね。水だけに」
「本当だよ。何度も言っているけど、私は見ていただけ。恥ずかしい気持ちも分かるけれど、智也君に抱きつけて良かったんじゃない?」
「抱きつけて良かったのは否定しませんが、それよりも恥ずかしさの方が上回っているんです! あのときは、本当にビックリしたんですから……」
「ふふっ、可愛いわね。まあ、鍾乳洞は序の口で、羽崎山の展望台や恋人岬のときの方がもっとイチャイチャしていたよね」
「……そうかもしれません」
そう言うと、恥ずかしさが収まったのか美来はようやく僕の胸から顔を離した。
「一緒にお風呂に入って、果てには美来ちゃんはメイド服姿になってたっぷりとえっち……どれだけ変態でラブラブなカップルなんだか」
「そういう風に言われると恥ずかしいですね。でも、メイド服姿でイチャイチャするのは初めてでしたし、旅先でしたから忘れられない時間になりました」
「……幸せで何よりね。それもそうか、好きだって何度も言い合っていたもんね」
そのときのことを思い出したのか、水代さんは顔を赤くしている。そこまで僕らの情事が激しかったのかな。
「でも、お風呂に入る前、智也君が美来ちゃんに怒っていたときは焦ったよ」
「あぁ……あのときのことですか」
僕は別に怒ってはいなかったけれど、美来に分かってもらうために怒っているふりをして叱った。だから、僕らの様子を見た水代さんは、もしかしたら僕と美来が喧嘩をしたんだと思ったんだな。
「あれは、私が悪くて……智也さんはそんな私のために叱ってくれたんです。もちろん、今でも反省してます……」
「有紗さんも許してくれたし、美来が反省しているなら僕は何も言うことはないよ」
美来にあそこまで叱ったのは初めてと言ってもいいくらいだから、美来も深く心に刻まれているのかもしれない。
「何だかごめんなさい。嫌なことを思い出させちゃって」
「いえいえ、気にしないでください。叱っていたときの智也さんはちょっと恐かったですけど、向き合ってくれて嬉しかったですから」
僕、ちょっと恐かったのか。あまり然り慣れていないし……仕事でも今後は後輩もできるから、今度からは叱り方を考えた方がいいな。
「でも、こうして仲睦まじくしていたんだから、2人はいいカップルだと思ったの。仲がいいのはもちろんだけど、大切なのは何かあったときにどうやって対処していくかだからね。私、恋人とのあるきっかけが原因で自殺しちゃったからね。2人のようにすぐに話せていれば、今みたいに幽霊ではなく、生きている人間として会えたかもね。そうなったら、このさすがにこの姿じゃないだろうけど」
なるほど。だから、僕が美来を叱っている様子を見たとき、水代さんは焦ったのか。もしかしたら、最悪の場合……自分のようになってしまうかもしれないと思ったから。
「さてと、あなた達はいいカップルだと分かったし、これから先も何があっても大丈夫でしょう。あっ、でも……2人とも女性には気を付けてね」
「分かりました!」
女性には気を付けてか。まさか、それを覚えてもらうために今朝、僕のいる男湯の露天風呂に入ってきた……なんてことはなさそうだな。
「昨日と今日、あなた達を見て楽しかった。たぶん、この十本指に入るくらいにはいいカップルだと思ったよ」
「良かったですね、智也さん」
「……そ、そうだね」
彼女が亡くなってからの23年間なのか、縁結びの幽霊と呼ばれてからの3年間なのかは分からないけど、たくさんのカップルを見てきた水代さんにいいカップルだと言われたのは光栄かな。
「いつまでも仲良くね。それじゃ、またいつかどこかで」
そう言って、僕らに手を振ると水代さんはゆっくりと姿を消した。
「また、いつか会えますかね」
「どうだろうね。また2人でこのホテルや羽崎町に来たら、ひょっこりと姿を現すんじゃないかな」
「そうですね。思い返せば、彼女……いつも突然現れていましたもんね」
「そうだね」
水代さんのことも、今回の旅行の忘れられない思い出になったかな。何せ、20年以上前に亡くなった人としっかりと話せたんだから。握手もできたし。
「……何だか、今夜も気持ち良く眠れそうですね」
「うん。寝よっか」
「ええ」
観光したり、プールで遊んだり、メイド服姿の美来とイチャイチャしたり。色々なことをして疲れが溜まっていたからか、すぐに眠りにつくのであった。




