第8話『欲望ゲーム-後編-』
勝ったら何でもお願いを1つ言えることをご褒美に、僕は美来とビーチボールを使って勝負することに。
ただ、1度だけ練習をしたけど、美来……なかなか強そうな気がする。
「じゃあ、次から本番にしようか。美来からでいいよ」
「分かりました」
僕は美来に向けてビーチボールを投げ、自分の陣地へと戻っていく。
「さっ、行きますよ!」
「よし、来い!」
正直、さっきのアタックの豪快さを知ってしまったので、どんなサーブが来るのかちょっと怖い。
「そーれ!」
おっ、美来、優しいサーブを打ってくれたぞ。
「はい!」
美来のコントロールがいいからか、僕はあまり動くことをせずにレシーブをすることができた。僕のレシーブによって、ビーチボールは美来の陣地へと無事に戻っていく。
「よし!」
そう言うと、美来はビーチボールをトスしてくる。さっきよりも球速はゆっくりでふんわりと放物線を描いている。
よし、ここはちょっと強めにアタックをしてみるか。
「いくよ! えいっ!」
パン、と僕は美来に向かってアタックをする。まずい、意外とビーチボールの球速が速くなってしまった。
「これなら!」
そう言うと、美来は慌てることなくビーチボールを受ける姿勢になり、落ち着いてレシーブをする。
しかし、僕のアタックが強いからか、ビーチボールはかなり高く上がってしまう。これなら陣地の外に落ちてアウトになるかな。そう思って、追いかけることはせずにボールが落ちるのを待った。
「……えっ」
アウトになると思ったビーチボールは、僕の陣地のライン上に落ちたのだ。勝利の女神は美来に向けて微笑んだってわけか。
「これは……インだね。美来の勝ち」
「やった!」
美来、僕に好きなお願いを1つ言うことができるからか、とても喜んでいるぞ。
「お願い、何にしようかな……」
そんなにじっくりと考えなくていいんだよ。美来のことだからとんでもないお願いをされそうで怖いんですが。
「決めました!」
「……な、何かな?」
僕がそう訊くと、美来は楽しそうな表情を浮かべて、
「夕食後に売店で飲み物とお菓子を買おうと思っているのですが、その代金を全て智也さんが払ってください!」
普段よりも大きな声でそう言った。
確か、2ヶ月前に温泉旅行に行ったときも、夕食後に売店でお菓子やジュースや僕の場合はお酒を買ったか。そのときも僕が全部払った。
「そんなお願いでいいの?」
「……いざ考えてみると、いいのがあまり思い浮ばなくて」
「なるほどね。いいんだよ、無理に考えようとしなくても。このくらいのお願いで」
むしろ、いいのがなかなか思い浮ばない末のお願いがこのくらいというのは僕にとって有り難い話だ。
「分かった。じゃあ、夕食後に売店に行ったときは僕が奢るね」
「ありがとうございます!」
嬉しそうにそう言ってくれるなんて、美来は何ていい子だろう。あと、美来なら海の中でえっちなことをしたいなって言いそうだと考えてしまった自分を殴りたい。
「どうしたんですか? 智也さん」
「何でもないよ。さっ、続きをしようか」
「そうですね。私が勝ちましたけど、智也さんがサーブを打っていいですよ」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて」
バレーボールのルールを踏襲するなら、勝った方がサーブをするんだけどね。美来には余裕があるのか、それとも僕がサーブを打ってから始めた方が有利になるのか。何にせよ、次こそは勝ってみせる。
「じゃあ、いくよ」
「いつでも来てください!」
僕は練習のときよりもちょっと強めにサーブを打ってみる。すると、
「えいっ!」
いきなり、美来は思いっきりアタックをかましてきたのだ。
僕はビーチボールの軌道を予測して、レシーブを打とうとするけど、
「あたっ!」
美来のアタックが強すぎるせいか、僕の腕に当たったビーチボールは僕の顔に直撃してしまった。もちろん、そのことでビーチボールはコートの外へ。
「また勝ちましたけど……大丈夫ですか? 智也さん」
「ビーチボールで良かったよ。顔に直撃したけど、どこもケガしてないよ。ちょっと痛いけれどね」
「それなら良かったです」
美来、ほっと胸を撫で下ろしている。相当強いアタックだったから、僕が一度レシーブをしたとはいえ、顔に直撃したのでケガをしたと思ったのかな。
「今回も美来が勝ったけど、次は何のお願いかな」
「えっと、そうですね……」
「今すぐに決められないんだったら、後で言ってくれてもいいよ。勝った回数をごまかしたりはしないからさ」
「……いえ、お願いは……あります。そのために、ビーチボール遊びを中断して、海に入りましょう」
「分かった」
僕は確保していたサマーベッドにビーチボールを置いて、美来と一緒に海の中に入る。
美来に手を引っ張られ、結構深いところまで連れて行かされる。気付けば、美来の胸元くらいの深さのところまで来ていた。
「……ここまで来れば、周りに人は全然いませんね」
美来はそう言うと、僕のことをぎゅっと抱きしめてきた。さっきまでビーチボールで遊んでいたからか、美来の甘さと汗の混ざった匂いが感じられる。
「……智也さんと海に入って、こうして抱きしめることが……10年間、ずっとやりたかったことの1つでした」
「そうだったんだ」
「智也さんと再会できて、結婚を前提にした恋人の関係になって、こうして智也さんと2人きりで旅行に来られました。ですから、今……とても幸せなんです。ですが、その幸せをもっと感じていきたいんです」
「……そっか」
きっと、僕と再会するまでの10年の間で、僕としたいことをたくさん思い抱いたんだと思う。ただ、ゲームに勝ったご褒美として叶えていいのかどうか迷ったんだろうな。
「智也さん、ここでキスしてください。……ううん、したい」
「……僕も同じことを考えていたよ」
僕は美来のことを抱きしめてキスする。いつになくしょっぱい。
海はちょっと冷たいのに、美来と抱きしめ合っているからか、彼女からの温もりが確かに伝わってくる。ただ、このままだと熱中症になっちゃいそうだな。
僕は一度、海の中に潜った。ちょっと冷たくて気持ちがいいな。
「……ふぅ」
「どうしたんですか? 智也さん」
「リフレッシュ。興奮した気持ちを落ち着かせようと思って。冷たくて気持ちいいよ」
「そうですか。私もやってみますね」
そう言うと、美来も海の中に数秒ほど潜った。
「本当だ。気持ちがすっきりしました」
「だろう? ひさしぶりに海に来たけれど、海っていいね」
「そうですね! じゃあ、ゲームを再開しますか?」
「そうだね。さすがに、一度くらいは勝ちたいな……」
浜辺に戻ってビーチボールの対戦に戻る。しかし、美来は想像以上に運動神経がいいのか、それとも僕の運動神経がとても悪いのか、僕は一度も勝てなかったのであった。




