第6話『肌焼かず、胸焦がさず。』
ホテルのプライベートビーチだからなのか。それとも、午後4時という時間だからなのか。はたまた、ウォータースライダーなどがあるプールの方が人気があるのか。ビーチにいる人は意外と少ない。ただ、寂しく思うほど人がいないわけでもないので、ゆったりと過ごしたい僕にとってはちょうどいい感じだ。
「人、意外と少ないですね」
「そうだね」
「でも、智也さんと一緒に海を楽しむことに、人の多さは関係ありません」
美来も今のビーチの雰囲気に好意的で良かった。
砂浜にはホテル側が設置したのか、サマーベッドや日よけのパラソルがたくさんある。近くに2人分の空きのサマーベッドがあったのでそこを確保した。
僕はさっそくサマーベッドの上で仰向けになる。さすがに、1人でちょうどいいサマーベッドでは、僕の横に美来が寝そべることはなかった。美来は僕と同じように仰向けになっている。
「いやぁ、海に来たって感じだね」
「そうですね。まさか、今年の夏休みに、智也さんと海に来られるとは思いませんでした」
「確かに、どこかに旅行へ行きたいとは思っていたけど、海に入ろうとは全然考えなかったよ。ただ、実際に来てみると……海っていいもんだね」
そう思えるのは、今日の天気が快晴で、波が穏やかだからなのかな。潮の香りもして。隣に可愛い水着姿の美来がいるというのも大きい。
僕等が住んでいる地域では味わえない風景や匂いを堪能しているので、旅行に来ているんだなと実感できる。まさか、社会人2年目にして、結婚を前提に付き合っている女の子と一緒に海へ旅行に来られるなんて思わなかったよ。
「目の前には青くて綺麗な海。そして、横には智也さん。ふふっ、幸せな時間ですね。こんな時間がずっと続けばいいのに」
「夢のような時間だよね」
「ええ。今年の夏は二度と忘れない夏になりそうです。智也さんと同棲し始めて、新婚旅行にも来て」
「……婚前旅行・パートⅡじゃなかったっけ、この旅行は」
「もう、何を言っているんですか、あ・な・た」
ふふっ、と美来は可愛らしく笑った。
さっきの演技が影響しているからか、美来はもう僕と結婚したと思い込んでいるんだな。それだけ僕のことを好いてくれている証拠でもあるから嬉しいけど。
「では、プレ・ハネムーンというのはどうでしょう。まだ結婚していませんけど、私達は……結婚を前提に付き合っている関係なのですから」
それがいわゆる婚前旅行のような気がするけど。
「プレ・ハネムーンか。洒落た言い方だね。初めて聞いたけど」
「私も今思いつきました」
「ははっ、そうか」
ただ、美来のようにプレ・ハネムーンと言っている人は意外といるかもしれない。
「話は戻るけど、美来と一緒にこういった時間をずっと過ごしたいね」
「でしょう?」
「実際は3日間だけど、だからこそ楽しまないとね」
「そうですね!」
限りがあるからこそ、こういった時間に価値が生まれてくるんだと思う。
「じゃあ、そろそろ海に入ろうか」
「ちょっと待ってください。海に入る前に日焼け止めを塗ります。背中など、私では塗れないところもありますので、そこは智也さんにお願いしてもいいですか?」
「うん、いいよ」
そういえば、美来……小さなバッグを持っていたな。今、それはサマーベッドの横にあるテーブルの上に置かれている。
昔は肌が弱かったから、小学生くらいまでは海やプールに入るときは日焼け止めを塗っていたなぁ。
美来はバッグから日焼け止めを取り出して、腕や脚、お腹などを塗っている。ちなみに、塗るのに邪魔なのか、パレオを塗る前に取っている。そのことで美来の美しく艶やかな脚の全貌が明らかに。
「じっと見られると恥ずかしいものですね」
「ご、ごめんね」
「見られると嫌だというわけではありません。ただ、水着姿でこんなことをするのが初めてですから」
「そうなんだ」
「……ふふっ、ドキドキしちゃいます」
美来は顔を赤くしながらはにかんでいる。
「背中以外は塗りましたので……智也さん、塗っていただけますか?」
「うん、分かった」
美来はビキニのトップスの紐を解いて、サマーベッドの上でうつぶせの状態になる。こういった状況、漫画やアニメで見たことあるな。
「じゃあ、美来。塗り始めるね」
「はい、お願いします」
こうして見てみると、美来の肌……白くて柔らかそうだ。日焼けをしないためにも僕がしっかりと丁寧に日焼け止めを塗らないと。
僕はゆっくりと美来の背中に日焼け止めを塗り始める。
「ひゃあっ」
「大丈夫?」
「日焼け止めが冷たいことに驚いちゃって。さっきまで、背中以外は自分で塗っていたのに。ふふっ、おかしいですね」
美来は僕の方に振り返り、笑いながらそう言った。
「じゃあ、このまま塗っていって大丈夫かな」
「はい。お願いします」
僕は日焼け止め塗りを続行。本当に美来の背中ってスベスベしているな。
「あっ……」
「大丈夫? もう少し優しく塗ろうか?」
「いえ、このままでお願いします。気持ち良くて、思わず声が出ちゃいました」
そんな風に可愛らしい声を漏らされると、色々と意識してしまう。
でも、ここは部屋じゃなくてビーチ。そこまで多くはないけど、周りに人はいる。美来に厭らしいことをしないように気を付けなければ。ちなみに、近くにはいなかったので、今の美来の喘ぎ声は聞かれずに済んだようだ。
「智也さん、上手ですね」
「良かったよ、ちゃんと塗ることができてさ」
「ありがとうございます」
美来はビキニのトップスの紐を結んだ。
「智也さんも日焼け止めを塗りますか? 確か、お肌が弱いんですよね」
「昔はね。しばらく海やプールに入っていなかったから、念のために塗っておこうかな。男の人が塗っても大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ」
「じゃあ、美来と同じように、背中だけは美来に塗ってもらおうかな。それ以外は自分で塗るからさ」
「分かりました」
何も塗らないよりはいいだろう。それに、日焼けをしたら温泉に入るときに痛くて、楽しむことができなくなっちゃうからな。
美来に手伝ってもらい、僕は全身に日焼け止めを塗る。
ただ、背中に日焼け止めを塗ってもらっているとき、たまに手にしてはやけに柔らかいものが触れたような気がした。もしかして、塗っていないところに美来がキスしていたりして。いや、美来のことだからしてるか。
「じゃあ、海に入りましょうか!」
「うん、そうだね」
僕は美来に手を引かれる形で海へと向かっていく。ひさしぶりに入る海はちょっと冷たかったのであった。




