第14話『学生時代の親友』
5月16日、月曜日。
今日からまた5日連続で仕事か。月曜日の朝は決まって憂鬱だけれども、美来も学校で勉強や部活を頑張っているんだと思うと、僕も頑張らなくてはいけないと背中を押されている気分になる。
「おはよう、智也君」
「おはようございます、有紗さん」
「月曜日の朝なのに何だか元気ね。先週の金曜日よりも元気そうだけれど、週末の間に何かいいことでもあったの?」
「ええ、まあ。楽しい休日を過ごせたので」
「そうなの。それは良かったわね」
美来と一緒に土日を過ごすことを一つの楽しみにして、今週も仕事を頑張っていこう。
幸いなことに、週の初めから何か案件が入ってくることはなく、金曜日に引き続いて業務に必要な技術を勉強することに。
「有紗さん、質問してもいいですか」
「うん、いいわよ」
「ここが分からないんですけど……」
「ああ、それはね――」
勉強していって、分からないときには今のように有紗さんに訊いて理解する。
ただ、逆のパターンで有紗さんが分からないところを僕が教えることも。有紗さんと一緒に勉強している感じである。今は美来と変わらないのかも。
質問をすることが多かったからか、あっという間に時間は過ぎていって、正午になり昼休みへと入る。
「食堂に行きましょうか」
「はい」
今は有紗さんと食堂で昼食を取っているけれど、いつかは美来の作ったお弁当を作る日が来るのかな……と妄想してみたりする。
『午前中のお仕事お疲れ様です!』
食堂に向かう途中、美来からそんなメッセージが来た。
『いずれは私の愛妻弁当を作りますから!』
妻じゃないから愛妻弁当じゃないんだけど、本人がやる気になっているようなのでその点については突っ込まないでおこう。
『ああ、そのときを楽しみにしているよ』
美来の料理は楽しみだし、そんな返信を送っておいた。
「何だか楽しげにスマホを弄ってる」
「知り合いからメッセージが来たので」
「なあに? 彼女?」
「いいえ、違いますよ。僕の……大切な人です」
「……大切な人、ねぇ。やっぱり彼女じゃない」
不機嫌そうな表情をする有紗さん。スマホを弄っていたことに怒っているのかな。
「すみません、そっちの方に気を取られてしまって」
「別に気にしなくていいよ。そのくらいのことは。智也君、いつもあたしの話を聞いてくれるし。むしろ、それで迷惑なんじゃないかって……」
「迷惑だなんてとんでもない。僕は有紗さんの話を聞くのが好きですよ」
話を聞くのはもともと好きだけれど。有紗さんと一緒にいると楽しいし。女性と話すのは苦手で、最初は有紗さんの前でも緊張していたけれど、配属されて1ヶ月も経つとその緊張も大分取れた。
「そう。なら……良かった」
ニコッと有紗さんは笑った。可愛いなぁ。こういうところに男子社員の方々は惹かれているのかな。
有紗さんと談笑をしながら昼食を取り、12時半過ぎにデスクに戻った。昼休みの残り30分ほどをどう過ごすか考えていたとき、
――プルルッ。
誰かから電話が来た。もしかして、美来かな?
「電話がかかって来たので、ちょっと失礼します」
「うん」
僕はデスクを離れて、休憩所へと向かう。
スマートフォンを取り出して発信者を確認すると、美来ではなくて『羽賀尊』と表示されていたので驚いた。
「もしもし、氷室だけど」
『久しぶりだな、氷室。羽賀だ。今、大丈夫だろうか』
「ああ、昼休みだから大丈夫だよ。突然電話をしてきたけれど、何かあったのか?」
『いや、先日まで私が扱っていた事件について一段落して、ようやく落ち着くことができているのだ。だから、氷室さえ都合が良ければ、岡村と3人で久しぶりに呑もうかと思って。岡村にはさっき連絡していつでも大丈夫だと返事をもらったが、氷室はどうだ?』
「ああ、今はそこまで忙しくないし。今週は……金曜日以外だったら空いてる」
金曜日は有紗さんと呑む約束があるからな。
『では、急で申し訳ないが今夜はどうだろう。思い立ったが吉日と言うだろう』
「分かった。店とかはそっちで頼めるか?」
『そこは任せておいてくれ。といっても、学生のときからよく行っているいつもの店にするつもりだがな』
「ははっ、そっか。決まったら連絡してくれよ」
『ああ、分かった。では、また後で連絡する』
「うん。楽しみにしているよ」
羽賀の方から通話を切った。
小学校から高校までずっと同じ学校で同じクラスだった羽賀と岡村。親友と呼べる唯二人だ。美来と出会ったあの日、遊園地には2人と一緒に遊びに行っていた。
3人とも20歳になり、僕と羽賀が学生の間は定期的に会って呑んでいたけれど、社会人になってからはお盆や年末年始くらいしか会えていなかった。2人と会うのは今年の正月以来かな。
岡村は高卒で土木関係の仕事に就職し、僕とは別の大学に進学した羽賀は大学を卒業した去年の春に警察官になった。ただし、キャリア組。あいつ、新年度になって階級が警部になったと連絡が来たな。今夜呑むときにでもゆっくりと話を聞けばいいか。
デスクに戻ると、有紗さんはスマホを弄っていた。
「さっき、智也君にLINEでメッセージをしてきた人?」
「いいえ、別の人です。学生時代の友人からで、久しぶりに呑まないかって誘われて」
「へえ、いいわね。そういうの」
「彼は警視庁に勤める警察官で普段は忙しいんですけど、やっとその忙しさから開放されたって。前々からタイミングが合えば呑もうとは言っていて」
「警察官かぁ。確かに担当する事件によっては、長期間に渡って忙しくなりそうね」
すると、有紗さんの目つきが鋭くなり、
「その友達との約束、金曜日にしなかったわよね?」
「しませんよ。金曜日以外がいいと言ったら、今日呑もうって言われました」
「……そう。ならいいけれど。あたしと呑むこと忘れてないわよね?」
「忘れてませんよ。それに、そのカレンダーに僕と呑むことが書かれているんですから、むしろ忘れることなんてできません」
僕は有紗さんのデスクにある卓上カレンダーを指さす。
「ふふっ、確かにそうね」
今のやりとりからして、有紗さんは金曜日に僕と呑むことを相当楽しみにしているようだ。まさか、僕のことを……ね。ないとは思うけれど。
「会う約束ができたので、今日はなるべく定時で帰れるように頑張ります」
「大丈夫よ、何事もなければ」
「ですね」
何事もなければね。
ただ、こういうときに何かあるんじゃないかと危惧をしながら、午後の業務に入ったんだけれど……結局、特に緊急の案件が舞い込んでくることもなく、今日は定時の午後6時に職場を後にすることができたのであった。




