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アリア  作者: 桜庭かなめ
特別編-浅野狂騒曲-

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第1話『後輩上司』

 午前8時45分。

 今日も普段通りの時間に警視庁へと到着することができました。私のデスクに行くと、まだ羽賀さんは来ていません。


「おはようございます」


 既に来ている警察官に朝の挨拶をして、私は自分のデスクに座ります。

 昨日までは氷室さんの事件で色々と忙しかったので、こうしてゆっくりと座れることに幸せを感じますね。


「浅野先輩」


 私のところへやってきたのは、羽賀さんと同じ2年目の子です。ただし、彼女は私と同じノンキャリア組の巡査ですが。


「先輩の欲しがっていた限定クリアファイル、持ってきましたよ」

「ありがとう! 私も、あなたが欲しがっていたファイル持ってきたよ」

「ありがとうございます!」


 そう、彼女は警視庁内の腐女子仲間です。彼女も重度のオタクで、こうして限定グッズを交換し合う仲なのです。


「これで今日の仕事も頑張れそうです」

「私もだよ。ありがとう」

「はい!」


 そう言うと、後輩の子はお辞儀をして自分のデスクへと戻っていきます。彼女は昨日起きた傷害事件について捜査しているので、私のあげたクリアファイルがちょっとでも癒やしになればいいのですが。


「いやぁ、この子はかっこいいな……」


 後輩からもらったファイルを見て、暫しの幸福を味わいます。これが一日の仕事の活力となる日もあるのです。


「おはようございます、浅野さん」

「お、おはようございます! 羽賀さん」


 今日も羽賀さんは美しい。彼は三次元では美しいと思えた初めての男性です。今日は晴れていて蒸し暑く感じるのに、スーツを爽やかに着こなしていますね。さすがです。

 羽賀さんもさっきの女の子と同じく2年後輩なのですが、階級は警部で、私の直属の上司に当たるので自然と敬語で話してしまいます。


「そのキャラクターは浅野さんのお気に入りですか?」

「えっ、どうして分かるんです?」

「……あんなに幸せそうな表情をしているのに、嫌いなわけがないでしょう」

「さ、さすがです。羽賀さん……」


 学生時代の友人や、警視庁での腐女子仲間に同じことを言われても普通に盛り上がるのに、羽賀さんだとちょっと恥ずかしくなってしまいます。どうしてなんでしょう。もしかして、このキャラクターの声に合っているからでしょうか?


「その表情からして、私の声がそのキャラクターに合っているとか思っているのでしょう」

「ど、どうして分かったんですか!」


 私がそう訊くと、羽賀さんはふっと笑って、


「特に理由はありません。ただ、今までの浅野さんなら……という勘ですよ」


 そう言って私の隣のデスクに座りました。

 羽賀さん、私のことをよく見てくれているのですね。それは上司としてなのか、人のことをよく観察してしまう職業病なのか。


「どうしたのですか? 私の顔をじっと見て。何か顔についているのでしょうか」

「いえ、特には。もし、顔に何かついてたらどうしますか?」

「ただ、ついているものを取り除くだけですよ」

「……恥ずかしくなったりはしないのですか?」

「時間は戻せませんからね」


 そう爽やかな笑みを浮かべながら言える羽賀さん……さすがです。2歳年下とは思えない落ち着き具合です。

 そんなことを考えていたら、午前9時を迎えていました。


「さて、氷室の事件については昨日で一段落しましたし、他の事件からの応援要請は特にありませんからね。……氷室の事件の資料をまとめておきましょうか。警察内部にまだ関わっている人物がいるかもしれませんし、今後……新たな展開になるかもしれませんから」

「そうですね」


 そういえば、調査や取調べは昨日で一段落したけど、資料などのまとめはまだしていませんでした。

 氷室さんの事件は冤罪による誤認逮捕、偏重報道、警察関係者による不正、事件の背景となった学校でのいじめ……様々な問題が浮き彫りとなった大きな事件になりました。特に警察関係者が関わったことを理由に、真犯人が逮捕されてからも連日報道されています。今後、どう転がるか分からないので、今のうちに情報をまとめるのは重要ですね。頑張りましょう。



 今日は特に新たな事実が分かることもなければ、私達へ要請されるような大きな事件も起こりませんでしたので、事件の資料をまとめることを中心に進めていき、定時で仕事を終えられました。


「さて、今日はこのくらいにしておきましょうか」

「そうですね、羽賀さん」

「……今日はちょっと用事がありますので」


 羽賀さん、落ち着いている様子ですけど、私から目を逸らしています。もしかして、羽賀さんの用事というのは、


「もしかして、氷室さんや岡村さんと呑むお約束をしているんですか?」

「……その通りですが。私の家で」


 やっぱり。仄かに薔薇の香りがしたんですよね。それに、昼休み……ちょっとの間、デスクから離れていました。あれって、お2人に呑みの誘いをしていたのですね。

 親友同士で男3人と呑むのです。傍観するだけでもいいです! この機会を逃すわけにはいきません!


「私も行きたいです! 氷室さんや岡村さんと一緒に呑みたいですぅ!」

「……3人でゆっくり呑もうと決めたのですが。昨日、氷室は会社都合で退職させられましたし、彼も気心知れている私や岡村なら会ってもいいと言っていたので……」

「静かにしています! ちょっと離れたところで、置物のように眺めるだけでも十分ですからお願いします!」

「あなたが良くても氷室が気になってしまうと思います。あと、ここであまり大声を出さないでいただけますか。まだ、働いている人間がいますので」

「それについては私の不注意でした。ですけど、羽賀さん意地悪です……」


 いや、今までの話から推測すると、3人きりで呑みたいと思っているのは羽賀さんではなく氷室さんのようですね。このまま羽賀さんを説得すべきか、それとも氷室さんを説得すべきか。それとも、岡村さんを説得すべきでしょうか。彼、女性の言うことなら何でも聞きそうですし。


「ちなみに、岡村に連絡しても彼はきっと話には乗らないと思いますが」

「ううっ……」


 一番説得しやすいと思っていた岡村さんさえダメですか。こうなったら、2年先輩という権限を使って連れて行ってもらうしかない!


「せ、先輩の命令です! 私をあなたの家に連れて行きなさい!」

「これ以上、そういうことを言うのを止めてください。これは上司からの命令です」

「あううっ……」


 私の方が先輩だからとはいえ、羽賀さんは私よりも階級は上だし、直属の上司だし。何にも言い返せなくなってしまいました。


「今夜だけは親友同士でゆっくりと呑ませていただけますか。近いうちに、必ず4人で呑む機会を設けますから」

「ほ、本当ですね?」

「……私は不必要だと思う嘘はつきません。明日、きちんと今夜のことを浅野さんにお話しします。ですから、なぜか私の家の前まで来てしまいました……という流れで来てしまうことは止めてください」

「そ、そんなことはしませんよ。それに、羽賀さんは自動車通勤じゃないですか」

「そうですね。しかし、浅野さんは私の家の場所を知っています。最寄り駅からも徒歩圏内ですから、あなた1人で電車を使って来ることはできます」

「……その手がありましたか」

「では、今から場所を変えることに……」

「ごめんなさい。後日、3人と呑めることを楽しみにしています」


 そこまで言われると、さすがに行ってはまずいと思ってしまう。まあ、氷室さんは今月に入ってから色々とあって大変だったのは知っていますから、今日くらいは氷室さんの意に沿うことにしましょう。


「羽賀さん、明日……話を聞けることを楽しみにしています」

「分かりました。今夜のことを忘れてしまわないよう、お酒を呑みすぎないように気をつけます」


 羽賀さん、お酒を呑みすぎると記憶が飛んでしまうタイプなんですね。この間呑んだとき、羽賀さんは日本酒を呑んでも雰囲気が変わっていない様子でしたので意外です。


「では、私はこれにて失礼します。お疲れ様でした」

「……お疲れ様でした、羽賀さん」


 羽賀さんは優雅にデスクから去っていくのでした。

 羽賀さんと一緒に行けないのが残念ですが、今夜の話を楽しみにしておくことにしましょう。

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