第120話『甘美なる旅-中編-』
長めに温泉に浸かったので、ゆっくりと部屋で休んでから夕食の会場である大広間に行った。
夕食はバイキング形式。こういう高級な旅館だと部屋出しの食事か、食事の会場には既に料理が用意されているイメージがあったので意外だ。ただ、バイキング形式なら好きなものを好きなだけ食べられたので、僕にとっては嬉しかった。肉料理、魚料理、郷土料理……色々な料理を楽しめて満足した。
「美味しかったですね! デザートたくさん食べちゃったな……」
どうやら、美来もバイキング形式の夕食で満足だった模様。そういえば、美来はフルーツやケーキなどのスイーツ系のものを結構食べていた。
「智也さん、売店に行きませんか?」
「いいね。ご当地のお菓子でも買って、部屋で食べようか。食後のデザートってことで」
「お酒も買いましょうよ。智也さん、夕食のときに全く呑んでいませんでしたよね? 私に気遣ってくれたのか」
「お酒を呑むとすぐに眠くなるからね。万が一、あの場で寝ちゃったら美来に迷惑が掛かるし、美来と楽しい夜の時間を過ごせなくなると思って」
「ふふっ、そうだったんですか? まあ、智也さんが寝てしまったら、そのときは寝ている智也さんに色々と……しちゃいますから!」
きゃっ! と美来は1人でハイテンションになっている。僕が寝ている間に何をしようとしているのか。
「じゃあ、部屋でお酒を呑もうかな」
羽賀ほどではないけれど、僕も最近、日本酒が好きになってきた。地酒とかがあれば小さいものを買って部屋で呑むことにしよう。
売店に行くと、やはり地酒は売っていた。6月で暑くなってきたので、冷えたワンカップがちょうどいいかな。
「智也さん。ここに酒入りコーヒーっていうものがありますよ」
「へえ。どれどれ……」
酒入りコーヒーって聞いたことはあるけれ、一度も見かけたことがないな。
美来の指さすお酒のラベルを見てみると『珈琲酒』と書いてあった。500mlならちょうどいい量かな。
「よし、じゃあ……これを買ってみよう。美来は何か飲みたいものや食べたいお菓子はあるかな?」
「はい! 色々とありまして・…」
美来は僕の持っている買い物かごに、飲み物と結構な量のお菓子を入れた。僕の食べる分も考えてくれているんだろうけれど。ご当地のお菓子がメイン。ちなみに、飲み物はストレートティー。
「美来、こんなに食べて大丈夫? お土産なら明日の朝、またここで買おうと思っているけど」
「大丈夫です! 甘いものは別腹ですから! 食べきれなかったら……智也さんに託しますので!」
「……分かった。まあ、お腹と相談しながら食べてね」
夕食でも結構甘いものを食べていたので、別腹の方も結構いっぱいになっているような気がするけれど。
会計を済ませて、僕と美来は部屋に戻る。
「きゃあっ! おふとんが夫婦仕様になってますよ!」
「到着したときに夫婦ですって言った甲斐があったね」
部屋に戻ると、ふとんが2枚くっつけられている状態で敷かれていた。おそらく、どちらか1枚だけを使って一緒に寝ることになるだろう。
テーブルと2つの座椅子が端に動かされているけども、部屋が広く、2枚のふとんがくっついて敷かれているので、食後のお酒&ティータイムを楽しむには問題なさそうだ。
美来が選んでくれた酒入りコーヒー、ロックにするといいのか。
「美来。僕、氷を取ってくるね」
「分かりました」
同じフロアにある自動販売機コーナーに、無料で利用できる製氷機がある。アイスペールいっぱいに氷を入れる。
部屋に戻って、僕はさっそく酒入りコーヒーのロックを作る。
「お酒にコーヒーだなんて智也さんは大人ですね」
「この夏で24歳だからね」
と言ってみたけど、全然大人っぽくないな。
10年ぶりに女の子と再会し、その子の受けたいじめを解決し、警察に無実の罪で逮捕&釈放され、その果てに16歳の女の子を結婚相手に選び、会社都合で退職という経験をした23歳の男はそうそういないだろう。
「智也さん。今の智也さんと私に乾杯です!」
「乾杯!」
美来の持つコップと鳴らした後、僕は酒入りコーヒーを一口呑んだ。苦味がもちろんあるのは想像できたけれど、意外と甘みもあるんだな。あと、結構アルコール強いな。
「これ、美味しいな……」
「そうですか」
「美来のおかげだよ。こんなに素晴らしいお酒に出会えるとは。さすがは僕の嫁だ」
「……さっそく酔っ払っている気がします」
うん、さっそく酔っ払っている自覚はある。その証拠に既に眠気が来ているからな。
酒入りコーヒーのボトルを見てみると、ラベルにはアルコール度数が15度と書いてあった。日本酒くらいだけど、これまで度数の低いお酒ばかり呑んでいたので、僕にとってはこれでも結構強いお酒だ。
「美味しいな……」
自分へのお土産として明日、帰る前に買うか。
その後も僕は酒入りコーヒーを呑み続ける。
「智也さん。次はタルトですよ」
「……うん、美味しい。そして、美来は可愛い。こんな女の子が僕の嫁になるなんて、夢にも思わなかった……」
どうして、美来の頭を優しく撫でながら、涙を流しているんだろうな、僕。今日まで色々と辛いことがあったからかな。
「智也さんって、お酒を呑むと思い出に浸るタイプなんですね」
「……浸りたくなっちゃうよ。だって、これまで色々なことがあったけれど、美来とこうやって一緒にいることができるなんて、それはもう奇跡としか思えないんだよ。あんなに小さかった女の子がここまで立派に成長して、僕に会いに来てくれるなんて。もう本当に最高の嫁だよな、まったく……」
僕は思わず美来のことをぎゅっと抱きしめる。10年前は本当に小さかったのに、ここまで立派な女の子になるなんて。それが僕の妻になる予定だからさ……ああ、そう思ったらまた涙がボロボロと出てきた。
「もう、智也さんったら大げさですよ。ふふっ、でも……お酒が入って智也さんの本音が聞けたのは嬉しいです。智也さんは私の最高の夫です。ずっと……側にいてくださいね」
「……もちろんさ。約束だよ」
もう二度と離さないという想いで、美来のことを更に強く抱きしめる。
「お酒を呑んだ上に、美来に抱きしめられたことの温もりで……もう眠くなってきちゃった。ねえ、美来。2つ、並べてふとんが敷いてあるけれど……1つのふとんで一緒に寝ない?」
「あっ、それいいですね! 実は私も今夜も智也さんと1つのふとんで寝ていたいと思っていました」
「よし、じゃあ……寝ようか。ごめんね、僕のせいで早く寝ることになって」
「いえいえ。酔っているのですから仕方ないですよ。それに、明日だって旅行は続きますし、今夜はゆっくりと寝ましょう」
「ありがとう」
僕は美来にお礼のキスをする。
僕は美来と1つのふとんで一緒に寝ることに。ふとんに横になった瞬間にどっと眠気が襲ってきたので、程なくして眠りにつくのであった。




