第104話『3日ぶりの朝』
美来と色々なことをして、彼女のベッドで一緒に寝ようとしたけど……さすがに9時間ぐっすりと眠った後なので、全然眠ることができない。有紗さんとのキスで僅かなアルコールが入ったけど、それだけではさすがに眠気すら全然来ない状況で。
美来が眠ったことを確認してから、僕は彼女の横でスマートフォンを弄っている。
この2日間で僕のことに関して、色々な記事が書かれていたようだ。児童に対する性犯罪で逮捕されてしまったので、かなりひどいバッシング内容の記事まであって。
ただ、幸いなことに、警視庁の管理職クラスの警察官が不正に関わっていたことなので、無実だと判明してからは僕を擁護する記事も多くなっている。警察の闇を語る記事もあって。無実の罪でも、逮捕というインパクトは大きいので、全ての人に僕が無実だと伝わることは……おそらくないんだろうなぁ。
「やってくれるなぁ。『TKS』め」
おそらく、『TKS』は無実まで想定して犯行の計画を立てていないはずだ。もしかしたら、今頃……新たな計画を立てているかもしれないので、『TKS』の正体を掴み、逮捕するまでは安心はできないか。
「眼が疲れてきた」
暗い中、スマートフォンの画面を見続けていると、メガネを四六時中かける生活になってしまう。今は仕事中にたまにかけるくらいで、それ以外の日常生活ではかけていない。
眼が疲れたことで若干の眠気は来たけど……それでも、眠るほどではない。ただ、ふとんの上でいるのがちょっと気持ち良くなったって感じかな。
それから、ふとんの上で物思いにふけていたら……外が明るくなり始めていた。
スマートフォンで時刻を確認すると、午前4時半か。
そろそろ夏至だから、こんなにも陽が昇るのが早いんだな。平日でもこんなに早く起きることはないので、この時期の朝は早いのだと23歳になって初めて知った。
そういえば、勾留されていない状態で朝を迎えるのは3日ぶりなのか。とても久しぶりのような気がする。それだけ、この3日の間に色々なことがあった証拠だろう。まさか、逮捕されるなんて3日前には想像できなかったし。あのときは夏になったからもうすぐボーナスだ……としか思わなかったな。
「あっ、ボーナス……」
もし、このまま懲戒解雇処分が撤回されなかったら、夏のボーナスももらえなければ退職金ももらえないのか。しかも、懲戒解雇で失職したら、無実だったとはいえ転職するにも色々と悪い影響が。
「……はあっ」
思わずため息が出てしまった。
今後の生活を考えれば、もちろん解雇を撤回したいけど、現実はどうだろうなぁ。あんなに騒がれちゃったから、撤回はないかもしれないな。そうなると、有紗さんとも一緒に働けなくなるのか。それは寂しいな。
「智也君……?」
有紗さんの声が聞こえたので彼女の方に体を向けると、そこには僕の方に体を向けていた有紗さんがいた。彼女の目はうっすらと開いている。
「有紗さん、起こしちゃいましたか?」
「ううん。それよりも、智也君はいつから起きてるの?」
「昨日の夕方から寝始めましたからね。3時間くらい前からずっと起きています」
「そうなんだ……」
あれ、この様子だと有紗さんは夜中のことを覚えていないのかな? まだ酔っていたようだし、忘れていても仕方ないか。
「あっ、そうだ。夜中に目を覚ましたとき、美来ちゃんとイチャイチャしていたよね?」
覚えてた。
あのとき、僕と美来のことで勘違いをし、号泣した流れで眠ったから忘れているかと思ったんだけど。
ただ、勘違いしていたということも覚えているようで、有紗さんは頬を赤くして申し訳なさそうな表情をしている。
「その節は本当に申し訳ございませんでした……」
「気にしないでください。誰にでも勘違いはありますし、あのときの様子を見たら僕と美来が付き合うことになったと思いますよね」
「……お恥ずかしい」
それは今の有紗さんの顔を見ればよく分かる。どうやら、有紗さんは酔っ払ったときの記憶がしっかりと残るタイプらしい。
「それで、実際にはどんなことを美来ちゃんとしたのかな?」
急に真剣な表情に変わったな。ライバルの美来が僕とどんなことをしたのは、やっぱり気になるみたいだ。有紗さんに教えてはまずいことはしないので教えるか。
美来が起きないように細心の注意を払い、ベッドから離れてふとんの上にいる有紗さんの横まで行き、彼女の耳元で昨晩のことを教える。
「……それだけなんだね」
「ええ」
「でも、こうしてまた智也君と一緒に朝を迎えることができるなんてね。逮捕された直後なんて、そんな未来は想像できなかったな」
「そうですか。僕も逮捕されたときは、いつ釈放されるんだろうって不安でした。実際は2日間で出られましたが……」
でも、その2日間は何だかとても長かった。警察官が不正に関わっていたし、羽賀が担当していなかったら、今頃、僕は起訴されていたんじゃないかな。
「職場に智也君がいないと寂しいな。釈放されたから良かったけれど、このまま懲戒解雇処分が撤回されなかったら、あたし……」
「もし、撤回されなかったときはこうして休みの時に会いましょう」
「……あたしはいつでも智也君の側にいたいの」
有紗さんの目が潤んでいる。今にも泣きそうだ。それだけ、僕が逮捕されてしまったことで寂しい想いをしたんだろうな。
僕は有紗さんにキスする。
「僕らがどこにいても、どんな関係になっても……心は繋がっていると思いますよ。それは今回、僕が逮捕されたことで分かったでしょう? 勾留されているとき、僕は暇さえあれば、有紗さんや美来のことばかり考えていました。2人が僕の心の支えでした」
「智也君……」
「できれば、撤回されて、また有紗さんと一緒に仕事ができればいいですけどね。会社の方に抗議してくれたみたいで。ありがとうございます」
「……智也君は大切な人だもん」
すると、今度は有紗さんの方からキスしてくる。ベッドで美来が眠っているのに、音を立ってしまうくらいに激しく舌を絡ませる。僕が離れないようにと、しっかりと指を絡ませて手を掴んでくる。
「智也君、大好き」
そう言うと有紗さんはニコッと笑う。
「ねえ、智也君。一緒に……お風呂に入ろう? 昨日の夜、お酒を呑んだからシャワーしか浴びてないんだ……」
「……分かりました」
雅治さんや果歩さん、結菜ちゃんに朝風呂の習慣があるかどうかは分からないけど、まだこの時間だったら誰も入っていないだろう。
僕と有紗さんは美来が起きないように静かに部屋を出るのであった。




