闇もいつか、光降り注ぐ
物心のついた頃から僕には見えてはいけないものが見えていた。
最初はみんなが見えているものだと思ってよく母さんとか姉さんに話してたっけなぁ。
中学生になってやっと気付いた。これは見えてはいけないもの達でそしてこの特殊な能力は決して人には教えていけないという事に。小学生のうちに気づけていたら。なんて思ってしまうこともあるけど、すぐにそれは間違いだって思い直すことになる。
だって、遅かれ早かれきっとこうなっていただろうから……
「おい、朔弥お前どこ見てんだ?」
「んー?あそこで女の子が泣いてるな。って」
すると友人達はいつも口を揃えて言うのだ
「どこにそんなのがいるんだ?」
そして、僕はいつの間にか「幽霊が見える変なヤツ」になっていて、気付いた時には僕のまわりには誰もいなくなっていた。
話しかけても誰も相手にしない。
話しかけられる事もない。
あったとしても
「なあなあ俺の後ろ誰かいる?」
とか
「やっぱ幽霊って気持ち悪いヤツ?」
「幽霊見えるとかありえな笑お前頭おかしいんじゃねーの?笑」
「何考えてるかもわかるの?じゃあ俺の今考えてる事当ててみてよ笑」
そんなやつばっかりだ。
確かにお前の後ろには誰かいるし、幽霊は気持ち悪いヤツもいる。お前に頭がおかしいとか言われたくないし、お前が考えていることもわかるよ、「死ねば良いのに」だろ。
楽しい日常はほんの些細な事で一瞬にして消え去る。
僕にとって学校はもう地獄同然だった。
「朔弥?学校いかないの?」
ドア越しから母さんの声がする。
「…行きたくない。」
「…そう。何があったの?お母さんに話してみない?」
「言いたくない。母さんだってどうせわからない。」
「そうかぁ…。まあ話したくなったら教えてね。お母さんはずっと朔弥の味方だから。」
そんな言葉に胸が痛んだ。
ごめんね母さん。きっと言えない。どんなに辛くて話したくなってもきっと言うことはできない。
そのまま僕は何も言えなくて、母もこれ以上は何も言わず部屋から離れていった。
夕方になると姉が帰ってきた。
「ただいま、さく。さくの好きな苺買ってきたけど食べる?」
「おかえり。ごめん、だけど今何か食べたい気持ちじゃないんだ。」
「そっか。食べたくなったらおいで。」
「うん」
家だけが僕にとって安らぎだった。
しかし、そんな安らぎも長くは続かない。
「さく!」
ドンドンとドアを叩く音が聞こえる。
「姉さん?どうし…」「お母さんが…!ー」
「…え?」
「ハァハァ…。」
息苦しくなりながらも一生懸命走った。病院の中に入っても走るのはやめず、一直線に母のいるところへと向かった。
怒ったような声が聞こえた気がするが、僕の頭の中は母のことでいっぱいいっぱいでとにかく走り続けた。
「母さん!」
ドアを盛大に開け、思い切り叫ぶ。
目に入ったのはベッドで寝ているように見える母とその脇で涙を流している姉の姿。
「母…さん?姉さん、母さん寝てるだけだよね?死んでなんかないよね?」
姉さんは無言でうつむく。その間も彼女の目からは涙は流れ続けていた。
本当は聞かなくてもわかっていた。一目見た瞬間、もう母はもう命を持たない亡骸に変わってしまっていることなんてすぐわかった。
それでも、信じたくなかった。
「母さん…。どうして…!」
一時間ほど前の事。
「お母さんが…!急に会社で倒れたって連絡が!救急車で病院に運ばれたって…!」
「…え?」
「ともかく、お姉ちゃんは先に病院に行くから朔弥も早く用意して来な!病院の場所はリビングにメモ置いてあるから!」
そう言って姉さんはいそいで出て行った。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ…
母さんが倒れるなんて。
そういえば。
父さんもそうだった。彼も昔いきなり倒れてそのまま死んでしまった。
彼は、僕と同じ能力を持っていたのに。彼だけが僕の事をわかってくれていた。
もしかして母さんも…いや、信じたくない。大丈夫だ。
しかし、不安は抑えきれない。僕はいそいで支度をして病院へ向かったのだ。
そして、今僕はその予期していた最悪の光景を見ている。
母さんが死んでしまった。あんなに元気だった母さんが急に。
姉さんはただずっと母さんに寄り添って泣いている。何も喋らず、ずっと。
なのに。僕は…一滴も涙が出てこなかった。
本当は大声で泣きたい。だけど涙は出てこない。ただ呆然と母の亡骸を見つめるだけ。
僕はいつの間にか、泣けなくなっていた。
両親どちらもなくしてしまった僕らは母方の親戚に引き取られる事になった。
親戚はここからかなり遠く、僕らは転校する事になった。
僕は高校生になる寸前でしかも学校に行っていなかったから何も問題はなかった。しかし、姉さんは違う。
僕と彼女は二歳差で今彼女は高校二年生だ。二年間も共に過ごしてきた友達と別れるのは辛いことだろう。しかも後一年で卒業だというのに。そして、違う高校へ行くにはもう一度試験などを受けなくてはならない。これは彼女にとって苦痛でしかない。
そして、姉は家を出た。何も言わず、跡形もなく、僕のもとから消えていってしまった。
僕は家族をなくした。父と母は死に、姉は行方不明。
そんな僕にはもう生きる気力もなかった。
そんな時。あの男に出会った。
入学式。
僕は感情というものをあまり表情に出さない事が増え、親戚は毎日不安そうにしていた。
そして、今日。僕が一番来てほしくない日。
僕の事を知っている人はもういないけれど、どうせまた気味悪がられて終わりなんだ。
そんな気持ちで教室に入る。席に座り、一人本を読んでいた。
そんな時、近くの席に座っていた男が話しかけてきた。
「なあなあ!お前なんて名前?」
明らかに無邪気そうな顔。なんか、毒気を抜かれた。
「…朔弥。」
ポツリと本から目を離さず言う。
これで会話が終わってはくれないだろうか。
そう思ったつかの間、その男は無邪気に笑って
「そっか、朔弥っていうのか!俺は秦賀って言うんだ!よろしくな!」
「お、おう…」
あまりの言葉に思わず返事をしてしまった。
そして、秦賀はムッと顔をしかめ、思いもしない言葉を言った。
「なあ、お前って…」
「ん?」
「もしかして、霊感ある⁇」
…は?
思わず本を手から滑らせる。
机に当たった本がコンッと音を立てて足元に落ちた。
そんな驚いた表情を見て納得したように彼は言う。
「やっぱりそうか!なんかそんな感じしたんだよなー!」
これは、はっきり言ってまずい。
また、あの恐怖が返ってくるのか…
苦しい…。
気づくと僕は過呼吸になっていた。
そんな様子に驚いた秦賀は慌てて僕のそばへやってくる。
「大丈夫か⁈ほら落ち着け!ゆっくり深呼吸しろ‼」
そう言われているうちにだんだんと呼吸が落ち着いてくる。
「大丈夫か?」
心配した表情。こいつは悪い奴じゃないのか…?
目をじっくり見る。
キィィィン…といった嫌な音が頭にこだまする。耳鳴りだ。
すると、いきなり頭の中に光景が浮かんだ。
「ー…ふぅーん気持ち悪!幽霊見えるとかお前普通じゃないな!…ー」
(やめてくれ…。もう嫌だ、何でこんな能力…!要らない!何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。何で俺なんだ。俺はただ普通に暮らしていたかっただけなのに…!)
これは一体何なのだろう。誰かのきお、く?
ハッと僕は目を覚ました。秦賀が心配そうに僕を見ているのが見える。
「あぁ…。」
ゆっくりと身体を起こす。僕は保健室のベッドで眠っていたことに気づいた。どうやら彼が保健室まで運んできてくれたらしい。
「もう大丈夫か?」
「あぁ…ごめんな。」
ふいに思った。アレはもしや…
「なあ、秦賀っていったっけ。」
いきなり呼ばれ驚いた表情をしながら秦賀は頷く。
「お前ももしかして、霊感ある⁇」
更に驚いた表情。
しかし、わかったかのようにコクリと頷く。
「あぁ…。そうだよ。お前と俺は一緒だな。まあ、お前の方が遥かに強いけど。だって、俺の記憶見えたんだろ?」
気付いていたのか。
勝手に見てしまったのが何だかとても申し訳なくてぎこちなく頷いた。
そんな僕の様子に彼はにっと歯を見せて笑うと、
「まあ、俺も少しお前の記憶が見えたんだけどな!」
と大笑いした。
っていうか、まじか。
カーッと顔が熱くなる。
「照れてやんの!」
「は、はあ⁈て、照れてなんかないし!」
こうして僕にはかけがえのない仲間とも言える親友ができた。
秦賀と出会ってから、毎日が信じられないほど楽しくなった。
彼は普通の人と仲良くなる術を学んだらしく、能力を上手く使ってすぐにクラスの人気者になっていった。
僕はもう気味悪がられることもなくなり、正直言って何だか僕も人気者の方だった。
学校がこんなに楽しいなんて。昔の僕に言ってあげたい。
未来はこんなに良い友達ができるんだ!だからくじけず頑張れ!と。
そして、秦賀がいることによってもう一つ良いことが増えた。
それは、彼は住職の息子だったのだ。その為、幽霊に対する術をとことん学んでいたのである。だから、僕は幽霊の嫌がらせなどにもう困らなくなった。何かあると彼が助けてくれたからだ。
そして、時々彼はその術を少しずつ教えてくれる。もし、彼がいない時、一人の時に何かがあったとしても僕は怖がらなくても平気なんだ。
そう思うと彼の存在が僕にとってどんなに大事なものか思い知らされた。
ずっと仲良くしていたい。これからもずっとずっと、親友で…。
そう、願っていた。
しかし、その願いは届くことなく儚く散ってしまうことになる…
秦賀が、死んだ。
死因は溺死だった。海に遊びに行った際、溺れてしまったらしい。
みんなは泳ぎが苦手だったのだろう、としか思わなかった。
しかし、僕はすぐにわかった。
これは幽霊の仕業だって。
霊感がある人たちの中でも特殊な魂をもつ秦賀はよく幽霊に狙われやすかった。
彼がある時、僕に教えてくれたのだ。
「俺の魂は特別で、幽霊からは光ってみえるらしい。だから、よく狙われちまうんだよなー。ま、俺は神だから?術使ってすぐさま退治しちゃうけどな!」
これは、僕に心配かけないために言っているのだと僕は知っていた。
彼は多分わかっていたんだと思う。どんなに術を知っていたって敵わないこともある事を。万が一の時は死を受け入れなければならない事を。
秦賀は海や川、森などの幽霊が多くいるところへは僕を近づけさせなかった。
でも。…いや、だからこそ彼がなぜ海へ行ったのか僕は理解できなかった。
家族と行ったわけでもない、友達と行ったわけでもない。
一人で。そう、彼は一人で海に行った。本当に遊びに行ったのかすらもわからないのだ。
こんなにも信じがたい事はあるだろうか。
彼の両親も彼がなぜ自ら危険な場所に行ったのかわからないようだった。彼の親族は彼の死が防ぐことができたものだと、皆がわかっていて後悔をしていた。特に彼の父はすごく自身を責めていて、
「私がもっと注意していれば、こんな事には…!」
と歪んだ表情で言っていて、僕は彼の父に何も言うことができなかった。何を言えばいいのかすら、わからなかった。
僕はただ、母が死んだ時と同じように呆然とその場に立ち尽くしていた。
秦賀の死はクラスの皆が悲しんだ。
僕も悲しかった。父さんに代わって新たにできた気持ちをわかってくれる人。その大切な彼が死んでしまうなんて。
また、僕は一人か。
ふっと失笑が漏れる。
やっぱり、どんなに苦しくても涙が出てこない。
僕はもしかしたら、人間ではないのかもしれない。人間の姿をしたバケモノなのかもしれない。
どんなに苦しくても、悲しくても、一滴も涙が出てこない自分が僕はこの世で一番嫌いだ。
彼が死んでしまった今、僕はまた独り。
そんな事なら、またあの苦痛を味わうくらいなら。…きっと死んだほうがマシだろうとすら思った。だって、死んだら会えるじゃないか。母さんにも父さんにも。秦賀にだって。
…その時だった。
「そんなこと言うなって!お前はまだまだ生きれるだろ?もう俺がいなくたってやっていけるさ!」
なんて声が聞こえた気がした。辺りを見渡しても僕のまわりには誰もいなかった。
もしかして秦賀だったのだろうか。
そんな考えがふと頭をよぎる。そんな訳ない。だって母さんも父さんだって、僕に話しかけてくれたことなんてなかったから。
でも、もしそうなら少しでも良いから姿を見してくれないだろうか。本当に、少しだけで良いから。
まだお前に感謝を伝えきれていないのに。ずっと伝えたかった。
一緒にいてくれてありがとう、秦賀と出会えて本当に良かった。って。
でも、言葉にするのは何となく照れくさくて結局言えずじまいだった。
こんな事になるくらいなら、ちゃんと伝えていれば良かった。何度そう思っただろう。
そして、何で秦賀は海に一人で行ったのか。その理由も聞きたかった。
死ぬかもしれないとわかっていて何故行ったのかと。何か理由があったのだろうとは思う。
けれど、何故僕に相談をしてくれなかったのだろう。彼は一言も言ってくれなかった。
僕じゃ頼りなかった?それとも何か言えない理由があった?
お前に聞きたい事が、伝えたい事が、たくさんあるんだ。
あんなに大切に思っていたのに。
何故、僕の大切なものは全部全部離れていってしまうんだろう。
「ごめんな。朔弥。俺は何も言えない。姿も見せられない。けれど、約束する。いつまでも、お前のこと見守ってるって。そして、いつかお前が全部やりきって、人生を終えた時。
また、2人でふざけて笑い合って、遊ぼう。その時まで、待ってるから。だから、お前は生きろ。すぐ俺のところに来たらぶん殴るからな!」
また、声が聞こえた。さっきの声よりしっかりと。
そうだ、僕はもう、1人なんかじゃない。いや、ずっと1人なんかじゃなかった。父さんだって、母さんだって。
死んでも僕のそばにいてくれている。きっと見守ってくれているはずだ。
姉さんもそうだ。此処にはいないけれど、何処かで僕の事を思っていてくれているかもしれない。
…もしかしたら、父さんも母さんも秦賀のように何か話しかけてくれた時があったのかもしれない。けれど、あの時の僕は殻に閉じこもって外の声を聞こうとはしなかった。
そうだ。考えてみたら、僕に優しい言葉をかけてくれた人もいたかもしれない。
でも、僕は傷つくのが怖くてどんどん硬い殻に閉じこもって全てを拒否していた。
けれど、新しい学校に入って、秦賀に出会って。秦賀は僕を硬い殻を破って僕を光に連れて行ってくれた。世界は辛いだけじゃないんだって、全てが闇で覆われている訳じゃないって教えてくれた。
さっきの言葉は、空耳かもしれない。
僕の身勝手な妄想だったのかもしれない。
けれど、僕は信じたい。きっと空耳なんかじゃなくって本当に秦賀が言ってくれた言葉なんだって。
だって、僕には霊感があるんだから。だから、これは空耳なんかじゃない。僕自身の力で、秦賀の力で聞こえた奇跡ともいえる希望。
そうだ、父さんも言っていた。
この能力は、みんなに恐れられる半分、感謝される能力でもあるんだって。
もう、大丈夫。怖くない。これからはしっかりとこの力と向き合っていける。そんな気がした。
秦賀、父さん、母さん。そして、姉さんも。
僕はもう、逃げないよ。
しっかりとこの力と向き合うと決めた。
この力で誰かに感謝されるような、誰かの為になるような人になりたいって思うんだ。
だから、どうか見守っていて。
「ずっと見守ってる。だから、朔弥。少しくらいは泣いても良いんだぞ。」
ふと、父の声が聞こえた気がした。
頬に生暖かいものが伝っていくのを僕は感じた。それは、久しぶりの涙だった。涙は止まることなくあふれ続けた。今までの悲しみや苦しみと共に。
こうして、闇に覆われていた僕の世界は終わった。もう闇で覆われてなんかいない。僕の世界は今、光が降り注いでいる。
さあ、光のさす希望の世界で。強く、生きていこう。
そしていつか。きっと、その時僕はおじいちゃんになっているけれど。
かけがえのない親友と遊びたい。
だから秦賀。待たせてしまうかもしれないけれど、待っていてくれよ。
いかがでしたでしょうか?
この物語は題名を特に悩みました(-_-;)
そして、初めて主人公の名前を物語のイメージ?に合わせたものです。…本来ならばいつもしなくてはいけないような気もしましたが。
朔弥の朔には新月、つまり闇という暗い意味があり、弥にはAの地点からBの地点を通過、経過する。という意味があります。
なので、闇から光の差すところへ。という意味を込めて名付けました。
この物語はここで完結となりますが、朔弥の人生はまだ始まったばかりです。
皆様の人生も光あふれる人生になることをいのり、終わりとさせていただきまっす。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。