9 その瞳に映るは偶像
照り付ける太陽が空高く登っているにも関わらず、鬱蒼と繁っている森は薄暗い。
俺の半歩前を歩く彼女は、両手の拳を空高く上げ、生き生きとした声をあげた。
「よしっ、狩るぞー!!」
「いってらっしゃい」
冷静にそう返した俺は、ヒラヒラと右手を振って彼女を見送る体制をとる。
公爵令嬢の執事という肩書を持つ、暗部の一員であるセバスチャンもいる事だし、影で護衛が何人かいるし、全く問題ないだろう。
そう思ったのだが、彼女はガシッと俺の右手を掴み、不満そうに頬を膨らませた。
「アルも一緒!せっかく王家の別荘に来たんだから、もっと楽しまないと!」
「え、えぇー?暑いじゃん……」
社交界に表立って出るようになって一年と少し。
13歳になった俺は、王妃様の元で暮らしていた頃とは比べ物にならない位忙しくなっていた。
いや、王妃様の元にいた頃も血反吐を吐く位忙しい……というか、暗部のメンバーから習っていた護身術の訓練は大変だったが、それに公務が多く加わるようになってしまった。
だから、エリとの時間もあまり取れなかったが、宰相辺りが気を利かせてエリとスケジュールを合わせてくれたらしい。
お陰で公務である視察ついでに、王家の別荘に夏の一週間程滞在を許された。
まあ、エリが大人しく別荘の部屋に居るはずもなく、俺達は暗部の力を借りて抜け出している。
「ほら、王子。ちゃんとここは子供らしく遊んどかないと。年寄りじみた子供になりますよ。あと好きな女の子の誘いは断っちゃダメですよ」
「年寄りじみた子供って何だ」
アンクに背中を押されながら、エリについて行く。
エリは既に剣を抜いていて、魔物か動物かは分からないが、狩る気満々だ。
俺も懐に仕舞っている短剣を服の上から確かめ、アンクとセバスチャンを引き連れ、森の中へ足を踏み入れた。
「そういえば、もうすぐアルの誕生日ね」
進路を防ぐようにして生える蔦を切り刻みながら、前を行くエリは思い出したように言った。
歩いているだけで噴き出る汗を手で拭いながら、「あ、そういえば」と返す。
細身のアンクはともかく、熊みたいなゴツくて今にも服が弾けそうな位がっしりした体型のセバスチャンも汗一つかかずに涼しい顔をしている。
暗部の鍛え方ってすごいよな……。
「何か欲しいもの、ある?」
「欲しいもの……」
エリの言葉を反芻して、俺は考え込んだ。
欲しいものは大抵手に入る。いや、欲しいと思う前に手に入ってると言うべきか。
「……エリが決めたのがいい」
「分かったわ」
毎年のように同じ質問をして、同じ答えを返している。
母上と父上からは物欲が無いだの言われるが、欲しいと言う前に貰っているのだから当たり前だ。
「今年も貰えるんじゃないですか。“友達”から」
「あ、うん……」
アンクの相変わらずの無表情に、感情の籠っていない声音。
だけど、視線は優しかった。
少し照れ臭くって、頬を掻きながら頷く。
友達が居なかった俺に、去年初めて友達が出来た。
それでも将来は“部下”という数多いる存在の1人になってしまうけれど、母上と父上が“友達”になれと言っていたから、俺としては仲良くなりたい。
仲が冷め切っているよりは、良いに決まってる。
それは、王妃様を取り巻く環境を見ていて思った。
ユーゴ、レンドル、ドイル、エリア、リンク。
全員俺と親しくしてくれる、良い奴ばかりだ。
王妃様の言いつけで、俺は王太子の皮を彼らの前で脱ぐ事は出来ないし、彼らの親の打算が入ってたとしても。
「あ、アルの側近達の事?なんかね、私、嫌われているみたいなの」
「……そういえば、エリは皆と話さないな」
「話しても良い顔してくれない、のっ!」
話しながらその時の状況を思い出したのか、勢いに任せてエリは剣を振るう。
その時に魔法を使ったらしく、目の前の森に綺麗な一本道が出来ていた。
……木を、吹っ飛ばしたな。
「さ、行くわよ」
「あ、はい」
クイッと親指で道を指し示したエリに、俺は逆らわずに頷いた。
アンクが「いやあ、もう王子と姫、生まれてくる性別間違ってますよね」なんてボヤいて、エリに剣を突き付けられているのを見たからではない。……決して。
「姫は大人しく座ってるだけ……というか、顔面だけで、男落とせるのになんか勿体無いですよねえ」
「おまえ、軽口が減らんな」
「まあまあ、良いじゃないですか。たまにしか無い休日なんですし、私とセイドリックがスケジュールを調整したんですよ」
「セイドリックが?最近見かけないけど、何してるんだ?」
「セイドリックも真面目に仕事してるんですよ」
アンクにそう言われて、茶髪の整った甘い顔立ちをしている暗部の1人を思い出す。
趣味のナンパを何度か目撃したせいで、真面目に仕事している想像が出来ない。
「セイドリックもアンクと同じように暗殺の仕事か?」
「いえ……、セイドリックとは分野が違うというか。セイドリックは騎士になったり、商人になったりしてますね。そして、女性を誑かす」
「誑かす?」
「まあ、子供には早い話です」
無理矢理会話を打ち切ったアンクに、俺は抗議の視線を向けるが相手にされなかったので、諦めた。
「今、セイドリックが宰相付きの文官に紛れ込んでるから成せる技ですね」
「……そうだったのか。ありがとな」
時々、暗部の奴らが神出鬼没過ぎて困る。
宰相付きの文官って、何やっているんだろうか……。
「それにしても、アンクは分かるか?何で皆エリの事嫌っているのか」
「思春期特有の何かですかね?私に人の感情の事聞かれても分かりませんよ。それに、私は側近達はリンクに任せてます。リンクも何も言ってませんし」
「そうか。リンクが何も言わないのなら、大丈夫なのかもな」
「そうですね。あの子は優秀ですし」
アンクが信頼しているリンクが何も言わなかった、という事は、放っておいても大丈夫な問題なのだろう。
今は仲が悪くても、俺が取持ったり、時間が解決していくだろう。
ーーあれ、でも最初は皆エリに好意的だったっけ?
ポッと出た疑問は、その日のうちに跡形もなく消え失せてしまっていた。
◇◆◇◆◇◆
「リーゼンバイス王国から来ました。フリードリヒ・リーゼンバイスです。よろしくお願いします」
学園の教壇に上がり、丁寧なお辞儀をするプラチナブロンドの短髪の少年を、俺は自分の席からぼんやり眺める。
久しぶりの登校。フリードが留学して来るのもあるが、メーラー侯爵が信頼の置ける文官を3人ほど送ってきたので少し時間に余裕も出来た。
暗部に頼んで一応身元は調べたが、問題は全くなかった。
まあ、文官3人は応急処置みたいなものだし、元の部署に返さないといけない貴重な人材(仕事のできる人)らしい。
「あの人が、リーゼンバイスの王太子様ー?」
「うん、そうだよ」
隣の席に座るドイルがこっそり俺に尋ねる。
「なんか、すごく元気そうな感じだなー」
「うん。すごくフレンドリーだね」
「アルフレッドが従兄弟だから?」
「かもね」
その返事を聞いたドイルは、難しい顔をして「うーん」と唸った。
「なーんか、アルフレッドの従兄弟だっていうから、もうちょっとキラキラしてて、神々しさがあると思ったんだけどなー」
俺と教壇に立つフリードを見比べて、ほんの少し残念そうにしているドイルに、顔から表情が抜け落ちていくのが自分でも分かった。
「ーーねえ、ドイル」
「んー?」
不思議そうに首を傾げるドイルを、俺は真剣な顔をして見据えた。
「ドイルには、ちゃんと私が見えてる?」
「え?見えてるけど……。どーした?」
怪訝そうな表情を浮かべたドイルに、「いや、なんでもないよ」と緩く首を振った。ドイルは不思議そうにしていたけど、追及してくる事はなかった。
これは、気付けなかった、俺も悪い。
あれ、ランキング載ってる……?




