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28 母と息子

お久しぶりです。更新期間空いて本当にすみません。


あと、この作品が別のサイト様で韓国語訳されているそうなんですが、小説家になろう系列でそんなサイトありませんよね……?

詳しい方、教えていただけるとありがたいです……!


浴びせられたのは、冷たくて酷く無機質な声だった。


その声に俺は目を見開いて目の前の人を見る。


感情がすっぽり抜け落ちたように無表情な女の人がそこにはいた。


先程まで泣いていたとは思えない位の豹変。

ただただ理知的で冷静な瞳が俺を捉える。


今まで見た事のないその姿に、俺は底知れない恐怖を感じた。


演技してるとは、分かっていた。

でもやっぱり実際に見ると、なんだか完全な別人のように見える。


「貴方が父親似だと思っていたのが私の間違いだったわ。気弱で洗脳しやすいって思ってたもの」


女はそう言って、この場に似つかわしくないくらい艶やかに微笑む。

まるで甘い蜜で虫を誘う毒花のように。


「貴方、私に似ていて中々辛抱強くて、図太かったのね」


はぁと艶かしく溜め息をついた女は少しだけ首を傾げる。

緊張感等どこにもないその仕草に、俺は自然と眉を寄せた。


「あれだけ周囲を狂った人間で囲まれて、正気でいられるとはね。ああ、別に貴方の事が嫌いな訳ではないの。むしろ他の人間に比べたら大好きよ。お腹痛めて産んだ子供だし。やっぱり特別だわ」


ふふっと今度は少女のように無邪気に笑った女は、砂糖菓子のように甘い視線を俺に向ける。


「信じられない?私の主に貴方の命までは取らないで欲しいって頼むくらい貴方の事大好きなのよ?でも、出来のいい息子を持ったのが、私にとって誤算だったわ」


一歩、一歩と俺に近づいて来る。

爛々と輝く薄紅色の瞳がゆっくりと細められて、俺を捉える。


「私の1番は主なの。それは揺らがない。だから、主の命令は聞かなきゃいけない。血の繋がった息子を殺せとの命令であってもね」


既視感。それは常に身近にいた彼らと同じ考えだったから。


そう言いながら女は自身の金色の長い横髪をさり気なく後ろに流す。


その時、女の手元が不自然に煌めいた。


ーーアンク達と同類だ。


ジェニー嬢なんかとは比べ物にならないと、咄嗟に悟る。

思わず懐に仕舞ってある短剣に手を伸ばした瞬間、女の背後に黒服の男が降り立つ。

同時に白刃が煌めいた。


「な……っ」


女が目を見開いて飛び退く。その肩から血が流れていた。きっとアンクが仕留め損なったんだろう。

アンクが頬に返り血を付けたまま、俺を守るように女と対峙する。


「すみません。とても危険だと感じたので」


肩越しに淡々と謝ったアンクと俺を見比べて、女は肩を押さえながらニヤリとしめたように笑った。


「なるほど。ちょこまかと鼠が1匹私の懐に潜り込んだと思ったら、やっぱり貴方のお仲間ね?」


セイドリックの事だろう。

囚われている、とだけは聞いたけど。


「あの鼠ちゃんも優秀だったけれど、この黒い鼠ちゃんもすごく優秀そう。貴方の元に潜り込ませてた小さな黒鼠ちゃんなんかとじゃ、比べものにならないわ。あっさり見破られてしまうわけね」


リンクの事を言っているんだろう。

本当に、いつからリンクは洗脳されていたのか。


そうして女は肺の中が空っぽになるんじゃないかって位の深い溜め息をついて、おもむろに着ていたドレスの裾を破いた。


「参ったわ。私こういうのは得意ではないのだけれど。むしろ母親だったら、優秀な部下を持った優秀な息子を誇るべきなのかしら?」


布の裂ける派手な音が響くと、女の白くて細長い脚が露わになる。

その脚には数本のナイフが括り付けられていた。


「本当、貴方が馬鹿だったら良かったのに」


そう女が寂しげに呟いた声は、ほんの小さなものだったが、不思議と俺の耳にまで届いた。

だけど、次にはもう不敵に微笑んでアンクと俺を見据える。



ーー1番はじめに動いたのはアンクだった。


初手から相手を打ち取るつもりだったのだろう。正確に首筋と心臓を狙った二本の短剣は、女のナイフによって遮られる。


俺はアンクの邪魔にならないよう、アンクが動いたと同時に短剣を抜いたまま後ろに後退りした。


結果は分かっていた。

それは女もだったのだろう。


刃同士が擦れる甲高い音が響き渡る。

二合、三合と打ち合うにつれて、元々押されていた女だったが、それが目に見えて現れた。

かわしきれなかった短剣で、女の首筋にいくつもの浅い切り傷が出来てゆく。


そして段々と動きが鈍くなった。


暗部の刃物には大体毒が塗られている。きっと女のナイフにも塗られているだろうが、最初にアンクが斬りつけた時に入った毒が回ってきたのだろう。


それからすぐに、アンクの短剣が女の首筋へと届いた。真っ赤な血が大量に視界の一部を染めた同時に、女は床に崩れ落ちた。


女が確実に息をしてない事を確認したアンクは、所々返り血を浴びた状態で俺の様子を伺う。


「大丈夫ですか?」


アンクの声に、無意識に張り詰めていた身体の力が抜けた。

そして、そのままズルズルと床にへたり込む。


「…………ああ、助かった」


アンクの言葉に対して返事を返すのに、たっぷりと数十秒掛かった。

出した声も上擦っていて、俺は自分自身を落ち着かせる為に深く深呼吸をする。


自分の母親が敵だと確信するのと、実際に目の前にして相手にするのは全然違った。


床に転がる血の繋がった母親を見る。

女はナイフを握りしめたまま、事切れていた。

そして、アンクが女の髪の中から、金色に光る細くて短い針を取り出す。


「毒針……でしょうね」


目の前の女が自分を殺そうとした事は察していた。

だから、考える間もなく身体は勝手に動いた。


ーー幼い頃、父親と実の母親に振り向いて欲しいと願った事がある。

それは、ずっと燻ったまま心の奥底に眠っていた。


セイドリックが知らせを持ってきた時、その思いは完全に無くなってしまったけど。


洗脳されていた父親に、周囲を洗脳していた母親。


振り向いて欲しいだなんて、そんなの元々から有り得なかったという訳か。


「……アンク」

「はい」

「全ての事態を全部綺麗に纏めて終わらせるぞ」


バイゼン皇国との繋がりは、どうしても見つけられなかった。

あるのは、リーゼンバイスと戦争になって得をするという事と、魅了の使い手が2人共バイゼン皇国の血を引いているであろう事。


だが、術者の1人は捕らえ、もう1人は殺した。


この狂った空間に幕を降ろす為に、最後の大仕事をこなさなければならない。


だから、無理矢理目を背けた。


ーー本当、貴方が馬鹿だったらよかったのに。


そう呟いた母親のほんの少し寂しそうな表情が本物なんじゃないかっていう、希望に。

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― 新着の感想 ―
[一言] 目を背けるということは、確信があるんだろう…。腐っても血が繋がった実の母子なんだから。 彼女もまた苦しんでたんだろうな 好きってのは本心だったんだろうな…。 息子を守りたいという母親の気…
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