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27 第一妾妃様と呼ばれた女

「ふぅ……」


執務室へ戻ると部屋には誰もいなかった。

肺が空っぽになるまで息を吐いて、俺は執務机に山積みになっている書類を見下ろす。


リーゼンバイスと戦争なんてするつもりは勿論ない。


事態は一刻を争う。


バイゼン皇国と直接的な繋がりを明らかにする事は無理だろう。

それに関しては、元々諦めてはいた。


「どうするか……」


事を上手く収める為に、ペティエット父娘を上手く利用しようか。

肝心の第一妾妃様をどうするか、だ。


それに、気掛かりな事はまだある。


死の間際に国王陛下が言ったことが、妙に頭から離れない。

俺は何か国王陛下について重大な思い違いをしていないか、と。


ーーなんで、リーゼンバイスから帰ってきた?

ーー逃げろ、アルフレッド。


リーゼンバイスから帰ってきたのなんて、エリが、王国が危なくなったからに決まっている。

何故だ。あの人は、俺が留学する前までは正気だったのか?


いつから、傀儡だったんだ?


逃げろって、何からーー?




その時執務室の扉がノックされて、俺は何気なしに返事をした。

名前すら名乗らずに扉が開く音がして、俺は反射的に身構える。


「は、母上?!」


コツコツとヒールを鳴らしながら室内に入ってきた人を見て、俺は構えを解く振りをした。

いつでも短剣(得物)を抜けるように。


「……忙しそうね」


供の侍女すら付けずに現れた第一妾妃さまはチラリと執務机に溜まった書類を見て、俺にそんな言葉を掛けてくる。

国王が崩御したと知らせを受けた時、酷く取り乱していたらしいとアンクから聞いた。


どこまでが本当で、どこまでが演技なのかはさっぱり分からないが。


「ええ。父上が崩御されたのですから」


悲しい表情を作って、少し俯く。

落ち込んでる風を装った俺に、普段騒がしい第一妾妃も俯いた。


「ねぇ、少しお話しない?私、あの人がいなくなったのがどうしても信じられなくって、いつも姿を探してしまうの!どうしても落ち着かないのよ……」


話しているうちに感極まったのか、ポロポロと第一妾妃様は涙をこぼす。

それを手で拭いながら、話し続けた。


「少しだけ、少しだけ時間を頂戴。貴方とゆっくりお茶でも飲んで、お話したいの。家族との時間が欲しいの」


第一妾妃は静かに涙をこぼし続ける。

いつもと違って、アンクから聞いた通りかなりやつれて見える。


これが演技なら、大したものだ。


「すみません。今少し立て込んでて、どうしても休憩時間は取れそうにないのです。母上、今侍女を呼びます」


申し訳なさそうに言った俺に、第一妾妃様は更に悲壮感を漂わせる。

そうして俺に一歩、詰め寄った。


「お願い。少しだけ付き合って」

「いえ、本当にそれは……」

「お願いよ」

「……すみません」


再度謝ると、第一妾妃様は顔を真っ赤にして目を見開く。

そして甲高い声で子供のようにわめいた。


「私がこんなにも頼んでいるのに聞けないのっ?!!」

「は、母上!落ち着いて下さい」


急に大きな声を上げた第一妾妃様を見て、俺は焦って宥めに掛かる。


「嫌よっ!怖いわ!また暗殺者がどこかに潜んでいたら、私も貴方も殺されてしまうわ!」

「母上、それは」

「だってそうでしょうっ?!あの人だって、呆気なく死んでしまったのよ!!」


大きく見開いた目から一筋の涙が頬を伝ったのをきっかけに、あとからあとからボロボロと涙の雫がこぼれ落ちる。

俺はその場に固まったまま、馬鹿みたいに眺めている事しか出来なかった。


「ですが……今は本当に立て込んでますので……。外交も国政も揺らいでいるのです。私がしっかりしなければ」

「貴方だけではなくて、大臣達もいるでしょう?!」

「ですが、次に上に立つ者が率先して指示を出さねばなりません」

「どうして?!!」


声がキンキンと耳に響く。

思わず顔を顰めると、第一妾妃様は流れていた涙を自身の手で拭う。

そして、真っ赤なルージュが引かれた唇を静かに動かした。


「どうして、貴方に魅了が効いていないのよ」


浴びせられたのは、冷たくて酷く無機質な声だった。


その声に俺は目を見開いて目の前の人を見る。


感情がすっぽり抜け落ちたように無表情な女の人がそこにはいた。

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